恋人浪漫
(4)

「姉貴。何だよ、それ」
 あからさまに怪訝に顔をゆがめ、海が首を左右にふってみせる。
 ってそれ、海ー。だから、空さんに喧嘩を売っちゃだめだってば。
 どうせ、海が負けるのだから。
「だから、こういうことよ」
 ふっと海を鼻で笑いながら、空さんは、一枚の写真をわたしの前に差し出してきた。
 それにつられるように、わたしもすっと視線を写真に落とす。
「うわあ。格好いい人」
 瞬間、そんな言葉がわたしの口からもれていた。
 同時に、空さんの顔が、とっても楽しそうににやりと笑みを浮かべ……。
 わたしを抱く海の腕に、さらに力がこめられた。
「やっぱり、早紀ちゃんもそう思うでしょう? ねえ、どう? 一度会ってみない? この男、お買い得よ? 海なんて相手にならないくらい」
「え?」
 にっこりと微笑み、わたしの両手をきゅっと握ってくる空さん。
 だから、やっぱりわたしはまた、きょとんと空さんを見つめることしかできなくて……。
 空さんに握られた両手は、次の瞬間には、海にまたしても奪還されていたけれど。
 そうやって、海の顔をちらっと見てみると――

 あれ? 海?
 どうしたの?
 なんだかとっても、不機嫌なのだけれど?
 どうしてそんなに、怒ったような顔をしているの?
 ……わかんない。

 でも、うん。きっとそうね。
 また、空さんにいじめられちゃったから、すねているのね。
 空さんて、この手のことで海をいじめるの、とっても大好きみたいだから。
 それでもわたしは、もう海以外は考えられないのだけれどね? 
 海の思惑通り。


 今の海のご機嫌を、例えるとしたら……雷雲? 雷雨?
 竜神さまがお怒りじゃあ〜?
 そんなところかなあ〜……。

 だって、見てよ〜。この顔。
 あからさまに、不機嫌、不本意って顔。
 ん〜、でもまあ、それも仕方がないような気がしてならないけれど。
 だって――

「こら、海! なあ〜に、しけた顔しているのよ。空気が暗くなるからやめてよね」
 げしっと海を一蹴して、ふうとため息をもらす空さん。
 って、ちょっと待って。

 目の前に広がる、青い海原。
 立つここは、白い砂浜。
 向こうの岬には、灯台が見える。
 そして、すぐ後ろには……真っ白いロッジ風の建物。
 これは、海によれば、桜木家が所有する、別荘と、そのプライベートビーチ……らしい。

 そう。わたしは今、この間海が言っていた、旅行しよう?という、その言葉を実行しにきているはずなのだけれど……。
 ねえ、それって、わたし、「海とわたしの二人きりで」ととっていたのだけれど……。
 だから、あんなに動揺しちゃったのだけれど……。
 それって、わたしの勘違いだったの?
 だって、ここには、わたしと海の他に……空さんがいちゃったりするんだもん。
 それに、空さんだけじゃなくて、この間、空さんに見せられた写真の男の人。
 どうして!?

 空さんだけなら、まだ納得できるよ。
 ああ。いつもの、空さんの海いじめなんだなあ〜って。
 ――そこで納得するのも、どうかとは思うけれど――
 だから、わたしは、この状況の意味するところがわからない。

 さりげなくわたしの腰を抱き、やっぱり不機嫌オーラをおしげもなく漂わせる海。
 こんなにあからさまにその気分を表に出す海って、はじめて見るような気がする。
 いつも、やわらかい空気をまとい、わたしの横にいるから。
 そして、空さんにいじめられた時だって、すねているふりをしているだけ。
 あとは、げんなりとしたり、げっそりとしたり……。
 本気で不快感をあらわしている海は、はじめて見る。

「だから、俺はやめておこうって言ったのだよ。空。こうなった時の海は、手に負えないのだから」
 写真の男の人が、空さんにそう言う。
 ちょっと呆れたように。
 だけど空さんってば、やっぱり空さんらしく、そんなものはたいしたことないと、さらっと流しちゃって……。
「何言っているのよ。こういうところは、大勢できた方が楽しいに決まっているじゃない!」
 けろっとそう言い放ってくれました。思いっきり。

 ……たしかに、そうかもしれないけれど〜……。
 こういう場合は、そうじゃない可能性もあるわけで……。
 空さん。それは、海をいじめすぎじゃないかな?
 と、わたしでも思ってしまいます。うん。
 でも、だからって、海と二人きりがよかった……。
 なんて、そんなとんでもないことは言わないけれどね。

 ……でも、そうかもしれないけれど。
 あ。違う違う。やっぱり違う。
 そんな大胆なこと、わたしは全然考えていませんっ。

「でも、どうして空さんは、今日、海とわたしがここに来ることを知っていたの? こうなることを恐れて、海は緘口令(かんこうれい)をしいていたはずなのに……」
 怒る海の胸をなだめるようにぽんぽんとたたきながら、空さんにそう聞いてみる。
 少しでもこのぎすぎすした空気をなんとかしたい。
 わたしは、そう思うから。
 もうこうなってしまったものは仕方がないから、後は海にご機嫌をなおしてもらわなきゃ……。
 だって、やっぱり、来たら楽しまなきゃ損じゃない?
「あら? 早紀ちゃん。やっぱり早紀ちゃんて、ちょろくてかわいいわねえ。そんなの、わたしには無意味なことよ?」
 にっこりと、とっても不敵に微笑む空さん……。

 って、空さん。
 今、さりげなく、わたし、暴言をはかれたのでしょうか?
 ちょろいって……ちょろいって……。
 それは……ちょっと、ううん、すっごく傷つく。

 ――嗚呼。なんか、ようやくわかったような気がする。
 契約恋人なんてそんなだまし討ちをして、わたしを手に入れちゃったあの海が、こうもあっさりやられちゃうのが……。
 さすがの海だって、空さんにはかなわないわよね。これじゃあ……。
 空さんは、きっと宇宙でいちばん強いと思う。
 海をも、手のひらの上で転がしちゃえるような人だから。


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update:04/08/26