恋人浪漫
(6)

 えへへと、甘えるように微笑んでみる。
 すると空さんは、やっぱり、「仕方がないからね〜。早紀ちゃんじゃ」なんてつぶやきながら、微笑みかえしてくれた。

 っていうか、ねえ、それって、一体どういう意味なのでしょう?
 たしかに、濡れた髪をふくことを忘れていたのはわたしだけれどお〜……。
 その言いようは、やっぱりちょっと傷つく。

「あの男は、することなすこと、どこか極端なのよ」
 けっとはき捨てるように、空さんはそう返してきた。
 まるで苦虫を噛み潰したようなその顔。
 空さん。そこまで海のことを……?
 そして、テーブルの上においていたオレンジジュースがはいったグラスを、わたしにわたしてくれる。
 「のど、渇いているでしょ?」と、首をかしげて。

 ……空さんて……なんだかんだ言って、気づかいやさんなのかもしれない。
 きっと、このオレンジジュースだって、わたしがシャワーから帰ってくるのを見計らって、用意してくれていたのだと思う。
 だって、まだ氷はとけていないから。
 きーんと冷たい、オレンジジュース。
 ふふふ。
 空さんて、なんだかんだと言って、やっぱり優しいんだわ。
 ――まあ、海には、あんなのだけれど。

 空さんにもらったオレンジジュースを、一口口にふくんだ時だった。
 ばあーんと、大音響がとどろいた。
 それはまるで、近くで飛行機が飛ぶの音をきくような……雷鳴をきくような、そんな音。
 お祭りの太鼓の音のようにも聞こえる。
 お腹の底に響くような……。
 ねえ、これって……?

 その音に、少し恐怖を覚えて、空さんをじっと見つめてみると……。
「そ〜ら、きた」
 あきれたように、そう言い捨てていた。
 もちろん、その顔も呆れ顔。
 だけど、その目は、どこか楽しそうに微笑んでいて……。

 ねえ。空さん。
 どうして、そんなに落ち着いているの?
 わたしは、落ち着いてなんていられないよ。
 だって、今日は、雨なんて降るような天気じゃないし……。
 この近くに、空港があるわけじゃないし……。
 ましてや、太鼓の練習をしているなんて、そんなことがあるはずないし……。
 この音の原因を探るため、ぐるぐると頭がまわる。

「ははは。海らしいね」
 湊さんまで、空さんにあわせ、そう楽しそうに笑っている。
 ねえ。本当に、なんで?
 わたし、わからないよ。
 ますますわからない。
 何が海らしくって、何がそんなに楽しそうなの?
 そうやって、空さんを訴えるように見つめる。
 するとまた、どーんという大音響が……。
 地響きさえ感じるようなそんな音。
「ひゃっ」
 だから、わたしは思わず、そんな声をもらしてしまった。
 びくんと、体がはねあがっていたかもしれない。
 この音の原因がわからなくて、そんなびくびくとしたわたしから、空さんはオレンジジュースがはいったグラスを奪い取る。
 そして、さっきまでの呆れ顔はもうどこへやら、くすくすと笑っている。
「いいから。早紀ちゃん、窓の外を見てごらんなさい」
 そんなことを言いながら、半ば強引にわたしを窓際まで連れて行く。
 それから、しゃっとカーテンを開く。
 そこからのぞいた窓のその向こうには――

 夜空に輝く、大輪の花。
 色とりどりの花。

 ……って。え?

「ええ!? 打ち上げ花火!?」
 岬の向こう側に、夜空いっぱいに咲く花。
 きっと、その辺りから打ち上げられているのだろうとは思うけれど……。
 灯台にかぶったその花火が、なんともよい雰囲気を演出してくれている。

 って、そういうことじゃなくて……。
 なんで、打ち上げ花火!?
 何が何だか……。

「そういうこと」
 上げた声のすぐ後に、そんな言葉がわたしの耳元でささやかれた。
 そして、何故だかわたしの体は、あたたかなものに包まれている。
 それは、もちろん……海。
 いつの間にやってきたのか、わたしを後ろからぎゅっと抱きしめて、優しく微笑んでいる。
「急だったから、あまりたくさんは用意できなかったけれど……。百発くらいは上げられると思うよ?」
 そして、にっこりと微笑み、そんなとんでもないことをさらっと言ってのけてくれる。

 くらいは……って、海ぃ〜。
 打ち上げ花火、一発でも十分にすごいことなのだけれど?
 一体、一発、いくらすると思っているの?
 それを、百発って、簡単に言ってのけないでください。
 ――そうじゃなくて。
 こともなげに、打ち上げ花火なんて、短時間の内に用意しないでください。
 ううん。そういう発想からして、一体どこからわいてくるの?
 ……極端。
 今の海の口ぶりからすると、つまりはそういうことでしょう?
 わたしが花火をしたいって言ったから……。
 するのじゃなくて、見せてくれている。

 海の意表をつく行動にも、そろそろ慣れてきたと思っていたけれど……。
 さすがに、これは、ちょっと無理……かもしれない。
 海〜……。
 やっぱり海って、空さんじゃないけれど……極端すぎる。

「う、海〜。そんなにさらっと、とんでもないこと言わないでよお〜」
「どうして? どこがとんでもないの?」
 半分泣きかけで、海にそう抗議してみると、けろっとそんな言葉が返ってきて……。
 なんだか、脱力……。
 わが道をいっているとは思っていたけれど、まさかここまでとは。
「……もう、いい」
 わたしは海の胸の中、げんなりとそう肩を落としてしまった。
 心から、脱力して。
 本当に、なんだか疲れるわ。
 海の相手をまともにしようと思うと。


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update:04/09/09