恋人浪漫
(7)

「あはは。海は、もう仕様がないなぁ〜」
 海の胸の中でうなだれるわたしと、そんなわたしを抱きしめる海に、とても愉快そうな湊さんの笑い声がもたらされた。
 瞬間、海の表情が激変する。
 今までの、わたしだけを見つめて、優しく微笑んでいたその目が、獲物を狙う鷹のように、きっと険しくなる。
 ……ううん。そうじゃなくて、その視線だけで相手を殺してしまいそうなそんな眼光をはなって……。
 汚らしげに湊さんを見ている。
 だからあ、う〜み〜……。

「あ〜。はいはい。余計なことは言わないから、そんなににらむなよ」
 海のするどいにらみを受け、湊さんは降参と両手を上げて、後退していく。
 それがちょっぴり、海を馬鹿にしているようにも見えるから……。
 湊さんも、なかなかやるのかもしれない。
 そして、もうすでに興味も失せてしまったのか、ソファでくつろぐ空さんのすぐ横に腰をおろしていく。
 空さんの手には、やっぱりお決まりのアイスティー。

 空さん、本当に好きよねえ。アイスティー。
 しかも、決まってアールグレイ。
 アッサムとか、セイロンとか、ダージリンとか……そういうのもあると思うのだけれど、何故だかいつもアールグレイ。
 きっと、空さんなりのこだわりなのだろうね。

 そんな空さんと湊さんを確認し、海は再びわたしに視線を戻してくる。
 もう、邪魔されないとでも思ったのかな?
 もちろん、わたしに視線が戻ったその時には、いつものあまく優しいその目で、わたしを見つめていた。
 窓の外からは、しきりにどーんどーんという音が響いてきて……。
 色とりどりの花が咲いている。
 一瞬の美を、誇らしげに見せつけて。
 花開いて。咲き誇って。

「それより、早紀。ビーチで一緒に見物しない?」
 ふわりと頬を包まれ、少し強引にわたしの顔を海の顔へとむけさせる。
 もちろん、そこでは、この夜空に輝く大輪の花のように、きれいで、まぶしい微笑みを落としている。
 ううん。それ以上かもしれない。
 くらべられない。

「う、うん……」
 わたしはもう、何も言えなくて……。
 そうやって、海の胸にことんと頭をもたれかける。
 頬は、絶対にピンク色に染まっていると思う。
 だって、こんなに体がほてっているから。熱いから。
 それは、決して、シャワーを浴びたてだから……とか、そんな無粋な理由なんかじゃなくて。

 もう、海の好きにしていいよ。
 海の言うことなら、なんでもきくよ。
 わたしは、少し強引で、予想もできないような行動をする海が大好きだから。
 だって、海の常識外の行動のおかげで、わたしはこうやって幸せな時をすごせるのだもの。
 極端な行動も、たまにはいいかな……ってそう思う。
 うん。やっぱり、毎日極端な行動をとられると……ちょっと……ううん、思いっきり疲れるから。
 だから、たまにはね?
 こういう時だけね?

 海に身をまかせるわたしを、海はそっと抱き上げてくれる。
 まるで、そうしないと、わたしが今にも逃げ出してしまうと、その顔がいっている。
 ふふっ。
 そんなことしなくても、わたし、一人で歩けるのにね? 逃げないのにね?
 でもね、こうやって海に抱き上げられるのは、嫌いじゃない。
 こうすれば、一緒に歩くより、もっとたくさん海を感じられるから。

 夏の蒸し暑い夜なんて、関係なく。
 どんなに暑くたって、このあたたかさは、また別物。

「お前たちは、絶対についてくるなよ。ついてきたら……」
 去り際、ソファでくつろぐ空さんと湊さんに向かって、海はぎろりとにらみを入れていた。
 だけどやっぱり、さすがは空さん。
 海のそんなにらみにも、動じた様子はなく、こちらを向こうともせず、ひらひらと右手をふっていた。
 ……本当に、興味が失せちゃったのね。海いじめの。
「ああ。はいはい。今夜は、あんたにゆずるわよ。仕方がないから」
「って、それが本来、当たり前なの。邪魔ばかりしやがって!」
 空さんは、高飛車にそう言い捨てる。
 それにかちんときたのか、海はそう叫ぶと、乱暴に扉をばんと閉めていた。
 それでも、わたしに触れるその手だけは、変わらず優しくて――


 歩くビーチは、昼間と違って、ひんやりとした砂の感触を運んでくる。
 サンダルを放り出して裸足で歩いていると、海がちょっと困ったようにわたしを見つめてきて……。
 だけど、それでもかまわずに、わたしは裸足でビーチをかける。

 波打ち際を歩くと、ぱしゃんぱしゃんと、寄せてくる波のしぶきが足にかかって……。
 せっかくシャワーを浴びたのに、なんだか台無しって感じ。

 それよりも、もっと台無しなのは……きっと、この夜空に輝く花火ね。
 だって、せっかく海がわたしのために用意してくれたのに、わたしも海も、もうその花火は見ていないから。
 波にゆらめくその光を見ながら、波打ち際でもみ合っているもの。
 輝く光は、花火か、それとも月か……。

 海に押し倒そうとするわたしと、それに対抗する海。
 このままばしゃんて海を海に倒れこませたら、なんだかおもしろそうかなあ〜って、そう思っちゃって。
 いたずら心が、くすくす笑っちゃって。
 そう思ったら最後で、くすくすと笑いながら、海を懸命におしているわたしがいて。
 なんだかこれって、空さんの影響かもしれないね?
 海が嫌がることをする……。

 ……あ。
 でも、今の海。
 あまり……全然、嫌がっているようには見えないかも?
 だって、海もくすくすと笑って、わたしに対抗しているから。
 寄せてひいていく波が、一緒にわたしたちの足もさらっていこうとするけれど……二人ならば、そんなものには負けなくて。
 ただ、足元で、波がじゃれついているだけ。

 どーんと、また夜空で大きな花が輝くけれど、そんなものは、やっぱりどうでもよくて……。
 冷たい海水に足をつけて……。
 海は、ぐいっとわたしを抱き寄せて。
 そして、当たり前のように、二人の体は吸い寄せられて。
 抱き寄せられて。
 海は、光のシャワーの中、わたしにキスを降らせてきた。


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update:04/09/15