恋人浪漫
(8)

 ねえ、海。
 このまま一緒に、海の泡になってもいいね?
 童話の、人魚姫のように――

 でも、そうすると、もう二度と海と触れ合うことなんてできないから……やっぱり、それはやめておく。
 それにわたしは、恋に破れたお姫様なんかじゃないもの。
 破れたくても、きっと海がそれを許してくれないしね?
 ねえ? そうでしょう? 海。

 気づけば二人、びしょぬれになっていた。
 二人の体をなでていく波に身を沈めて。
 海もわたしも、波の中に座りこみ。
 そして、二人、抱き合う。
 この花火が、終わるまで。
 せめてそれまでは、こうやっていて。
 わたしだけを見つめて、わたしだけを抱きしめて。
 わたしだけを、感じていて――


 朝起きると、すぐ目の前には海の顔がある。
 一体、これを何度繰り返しただろう。
 そして、そうなることがわかっているから、それを予想し眠る夜。
 だけど、眠れない夜。

 一体、どれだけ、そうやって眠れぬ夜を過ごしただろう。
 きっと、数なんて関係ないと思うけれど……。
 数なんてわからないけれど……。
 そうやって、繰り返す毎日がとても好き。
 幸せだと感じる時だから――


 昨夜、結局、わたしたちは、花火が終わっても、しばらく抱き合ったままだった。
 冷たい夜の海に身をつけて。
 くしゅんというわたしがしたくしゃみで、それが打ち切られるまで、ずっと。
 その後、我に返った海が、慌ててわたしを別荘まで連れ帰って……。
 強引に、熱いシャワーを浴びさせられた。
 ちょっと慌てたような海のその姿が新鮮で、思わずくすくすと笑っていると、海ってば、こつんとおでこをくっつけて……。

「おしおき」

 なんて言って、そのままこのベッドにさらってしまった。

 いつもは……わたしが寝ている間に、海が忍び込んでくるのだけれど……。
 そして、朝目覚めて、横で眠る海に気づき、わたしがふうとため息をもらす。
 それが、日常の風景なのだけれど……。

 昨夜だけは違った。
 はじめから、海はわたしの横に寝て……。
 呼吸を一緒にして、眠った。
 眠れない夜をすごしていたはずなのに……。
 昨日は、不思議と眠れていた。

 それは、つまりは、どういうこと?
 そんなことは、口がさけたって言えない。
 だって、恥ずかしいじゃない?

 夜、眠れなくなってしまっていたのは、すぐ横に海のぬくもりを感じていないから。
 海のぬくもりがないと、もう眠れないから。
 そんな自分になってしまっていたのだもの……。

 どんな夜をすごしたって、きっと、海がいない夜なんて考えられないのね。
 これからは。


 ダイニングに行くと、そこには、不機嫌な空さんの姿があった。
 がしっとクロワッサンをつかみ、それをぶちっと半分にちぎって、ぽいっと口の中に放り込む。
 ……かなり強引に。
 どことなく、優雅に振る舞う空さんにしては、あり得ないその行動……。

 そして、その不機嫌の理由が、わたしには思いっきりわかってしまうから……。
 嗚呼。ごめんなさい。空さん。

「うわっ。下品だね。姉貴」
 くすっと鼻で笑うようにそう言って、海は、わたしの前の椅子をひく。
 つまりは、そこに座れということで……。
 自分もちゃっかり、その横に椅子をキープしていて……。

 っていうか、海〜。
 これは、さりげなく恥ずかしいよ。
 別に、椅子をひいてくれなくたって、わたしは座れるのに。
 そうやって、じっと海を見つめると……「ん? どうしたの? お姫様。さあ、どうぞ」と、強引に座らされてしまった。

 お、お姫様って、海ー!
 どうしちゃったの!?
 今日の海は、昨日の海とは違った意味でまたおかしいよ!?
 昨日は、この上なく不機嫌で、今日はこの上なくご機嫌。
 まるで、空さんと入れかわったみたいで……。

「早紀を抱いて眠れるなんて、最高だね」
 頬をそめ、首をかしげていると、ふわっとそう耳打ちされてしまった。

 って、って、って、海〜っ!?
 それ、問題発言です!!
 ぼんと顔を真っ赤にして、ぎょっと見つめると、海はそこで、くすくすと意地悪く笑っていた。
 んもう。海、さいってい〜。

「あんたほど下品じゃないわよ。昨夜、一体何をしたのだかね。何を!」
 ベーコンにずぶしっとフォークをさし、ぐりぐりとねじくりまわす空さん。
 だから、空さん。それはちょっと……。
 それよりも何よりも、その含みのある言い方は……?
 もしかして、空さん。勘違いしちゃっているとか?
 だって、それは――
「何って? そんなの、決まっているじゃないか。早紀にキスして、早紀を抱いて寝――」
 べしょっ……。
 海はそこまで言いかけて、言葉を発することが不可能になってしまっていた。
 今空さんが投げつけた、パンが入った籠が、みごと命中してしまって……。
 海の頭にのった籠の中から、ばらばらばらとパンがこぼれ落ちてくる。

 う〜わ〜。
 空さん、ご立腹。

 それにしても、海……。
 そんな誤解を招くようなこと、言わないで。
 思いっきり、恥ずかしいから。

「この上なく、不愉快! 朝食はもういいわっ!」
 そう言い放ち、ぐいっとアイスティーを流しこみ、空さんは、どすどすとダイニングから出て行ってしまった。
 乱暴にしめられた扉は……それがいかにすごい力でしめられたかを物語るように、ばあ〜ん……という余韻を残している。
 びくびくと、ふるえを残してもいるし……。

 そんな空さんを、海は頭にのったままの籠をとりながら、妙に勝ち誇ったように見送っていた。
 そんな格好で誇らしげに笑っても、全然様になっていないというのに。

 な、なんだか、とっても頭がいたくなってきたような気がする……。
 本当に、この姉弟、どうにかならないかな?
 これはちょっと……度をこしすぎ?
 どうして、こんなことくらいで、こんな大喧嘩ができるのかなあ?
 やっぱり、犬猿の仲だから?

 そんなひと悶着が起こっている同じテーブルで、すっと窓の外に視線をやりながら、湊さんは優雅に朝食をすすめていた。
 さわやかに、アイスカフェ・オ・レをのどに流し込む。

 なんだか、この人も、ある意味、すごい人かもしれない。
 というか、きっと慣れっこなのね。
 この姉弟のバトル……。


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update:04/09/22