恋人浪漫
(9)

 さわさわと、頬をなでていく海風。
 潮をふくんだその風は、ちょっとべたべたするけれど。
 だけど、からっと晴れ渡った今日は、あまりそれを感じない。

 空さんは、相変わらず、すねて部屋にこもってしまったままだし……。
 海は、さっきかかってきた電話の対応に追われているし……。

 やっぱり海、忙しいのじゃない。
 学生と役員の二足のわらじ。
 ……役員……といっても、まだちゃんとした肩書きはないけれど……つまりは、そういうことでしょう?
 社長であるお父様のお手伝いをしているのだから。

 今年にはいってから、こうやって海によく電話がかかってくるようになった。
 それに胸を痛めたこともあったけれど……。
 だけど、それは誤解なのだとわかって、今ではこの電話も静かな気持ちで待つことができる。

 本当は、電話なんて放り出して、ずっと一緒にいてほしいと思うけれど……。
 でもね、海は海なりに、わたしを気遣ってくれていることがよくわかるから、だからそんなわがままは言わないの。
 きっと……今回のこの旅行だって……。
 夏休みで退屈していたわたしのために、計画してくれたのだと思う。
 まあ……多少……思いっきり、海の思惑もからんでいそうだけれど。

「おや? 早紀ちゃん。退屈そうだね」
 テラスでぼんやりと海を眺めていると、ふいにそうやって声をかけられた。
「湊さん?」
 振り向くと、そこには湊さんが立っていた。
 湊さんはわたしのつぶやきにうなずき、ゆっくりとわたしの横に歩いてくる。

 そういえば、湊さんとはまだ、ゆっくり話したことがなかった。
 まあ、昨日はじめて会ったばかりの人だから、それも仕方ないのかもしれないけれど……。
 なんだか、湊さんには、空さんと同じ空気を感じる。
 きっと、優しいお兄さんなのだろうなって。

 写真ではじめてみた時、湊さんを格好いいと思った。
 そしてすぐに、そう思った理由に気づいた。
 きっとそれは……こうやって微笑む顔が、海に似ているから。
 あの写真の湊さんも、今のように微笑んでいた。
 わたしは……きっと、こういう顔に弱いのだと思う。
 だって、はじめて会った時の海も、桜のように微笑んでいたから。
 その微笑みに丸め込まれて、一年間の期間限定の恋人にされてしまった。

「湊さんって、海や空さんと仲がいいのですか?」
 さあっとかけぬける風に髪をあそばせて、わたしは湊さんにそうたずねてみた。
 だってそれは、昨日からずっと気になっていたこと。
 湊さんは、いつも、まるでお兄さんのような目で、海と空さんを見ているから。
 それが、気になって仕方がなかった。
 どうしてそんな目で見るのか……。
 問いかけるように湊さんを見つめると、湊さんはふっと優しい微笑みを見せる。
 そして、「海には内緒だよ。このこと、海はまだ知らないから」と、念をおしてから、わたしの耳元でこうささやいた。
「だって、俺はね――」

 告げられたそのことに、思わず湊さんを見つめてしまう。
 だって、だって、それって……。

 そんなわたしを、湊さんはおかしそうに見ていて……。
 だって、聞けば、簡単なことだったのだもん。
 そうか。そうなんだ。
 だから湊さんは、あんなに優しい目で……。
 そして、今回も、この場にいるんだ。

 思わず二人、くすっと笑い合ってしまっていた。

 その時だった。
 がたんと、背後で物音がしたような気がした。
 そこで、湊さんと二人、同時に振り返ると……そこには、すごい剣幕で湊さんをにらみつける海がいた。

「え? 海? どうしてそんな……」
 湊さんからはなれ、急いで海にかけよろうとすると、海はすっとわたしをよけ、そのまま前進していく。
 湊さんに向かって。

 ……え?
 どうして?
 なんで!?
 どうして、わたしをよけるの!?
 その事実に、ぎゅっと、胸がしめつけられる。

 ばっと振り返ると……そこでは、ばきっという大きな音とともに、床に倒れこむ湊さんの姿があった。
 その左頬は、真っ赤にはれている。
 そして、そんな湊さんを憎らしげに見下ろす海。
 ぶるぶるとふるえる右拳を、ぎゅっと左手で握り締めて。

「早紀は俺のものだ! 近づくな!!」

 そう叫び、ぐるんとわたしの方へ振り返る。
 そして、ずんずんとわたしに歩み寄ってきて……ぐいっと抱き寄せられてしまった。
 強く強く、激しく……。
 すごい力で抱き寄せられる。
 これは、俺のものだと――


 それから、強引に抱き上げられ、わたしはそのまま海の部屋に連れて行かれてしまった。


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update:04/09/26