恋人浪漫
(10)

 ぼすんと、放り込まれる海の部屋のベッド。
 すっぽりとわたしの体をしずめる。
 包み込むように。
 そして、そんなわたしにおおいかぶさる、海の影……。
 そらすことなく、まっすぐと向けられる、海の眼差し。

 ――怖い。

 はじめて、海を怖いと思った。
 ねえ、どうして?
 なんでそんなに怒っているの? 海……。
 わたし、何かいけないことした?
 今朝は、あんなにご機嫌だったのに……。
 それに、さっき、湊さんに叫んでいた言葉は何?

 海のもの? 近づくな?

 わたしが海のものなのは、そんなことはもう当たり前で……。
 だけど、その近づくなと言う言葉は、いまいちよくわからない。
 どうして、そんなに怒っているの?
 だって、湊さんは――

「海? どうしていきなり殴ったりするの? それに、どうしてこんなことするの?」
 わたしの顔のすぐ横に海の手がぼすっとしずめられている。
 もう一方の手は、がしっとわたしの腰をつかみ、逃げられないようにおさえつけて。

 一体、海は、何をしようというの?
 何がしたいの?
 わからないよ……。

「うるさいな! 早紀は、湊の肩を持つのか!?」
 ベッドにしずめた手をすっとぬきとり、そのままわたしの頬を覆う。
 そして、すっと体を落としてきて……。
 そのまま、強引にキスをしてくる。

 ……う、海。
 本当に、どうしちゃったの?
 わからないよ。
 なんでそんなに怒っているの?
 なんでこんな乱暴なことするの?
 海はいじわるだけれど、こんな乱暴なことはしなかったじゃない。いつも。
 それなのに……どうして……?

 少し唇がはなれたすきに、ふいと顔をそらし、海のキスを回避する。
 そして、そこで、震える声でつぶやく。
 本当は、こんなのは嫌だけれど……。
 でも、今の海は本当に怖くて、勝手に声が震えちゃうんだもん。
「そうじゃなくて……。海、なんだかおかしいよ。そんなの、海じゃない」
「なんでそんなこと、早紀にわかるんだよ。俺は俺だよ。もとからこういう奴なの」
 海はそうはき捨てて、またぐいっとわたしの顔を自分の顔に引き寄せていく。
 わたしは、その海の顔……口を、慌てて両手でガードする。
「う、海……。やめてよ。どうしてそんなひどいこと言うの。ひどいことするの? 海は……海は……」
 あまりにも、悔しくて、そしてやっぱり、怖くて……。
 卑怯だとは思うけれど、泣いてしまった。
 ぼろぼろと、次から次へとなみだがあふれてくる。
 だって、今の海は、本当に怖いから。
 そして、わたしが大好きな海じゃないから。
 わたしが好きな海は、いじわるだけれど、わたしにとっても優しい。
 こんな海……嫌。

「早紀……」
 ぼろぼろと泣きはじめてしまったわたしを見て、海は苦しそうにわたしの名を呼ぶ。
 だけど、一向にわたしを解放してくれる気配なんてなくて……。
 海の口にあてたわたしの手を、ゆっくりと放していく。

 わたしの名前がつぶやかれた時、ふわっとあたたかな吐息がわたしの手に触れたけれど……。
 それが、どくんとわたしの心臓を波立たせるけれど……。
 だけど、今はそんなことに気をとられていちゃだめなような気がする。
 流されちゃだめ。

 ……ううん。
 そうじゃなくて……。
 怖いはずなのに、こんなのは嫌なはずなのに……。
 どうして、そんな海でも、わたしの心は反応してしまうの?
 こんなに、海が好きって……。

「ねえ、どうして? 海……。なんだかいつもと違うよ?」
 もう一度、そう聞いてみる。
 海ににぎられたままの手は、自由がきかないけれど……。
 海の顔は、またわたしに近づいてきているけれど……。
 わたしは、そんな海から顔をそらすことなく、そう問いかける。
 すると海は、悔しそうに唇をかみしめた。
 唇と唇が、触れるか触れないかのそこで。
 そして、つかんでいたわたしの手をはなし、一気にわたしを抱き寄せる。
 ぎゅっとぎゅっと、やっぱり強く、海の胸の中に。
「だって……早紀。格好いいって言っただろう。湊のこと」
 そして、ぎゅとわたしの顔を海の胸にしずめ、そう耳元でささやいた。
 顔を上げるなと言わんばかりに、うずめられた海の胸の中で、わたしは、きょとんと首をかしげてしまった。思わず。

 だって……それって……。

「たしかに、写真を見て、そう言った覚えはあるけれど……」
 そんなわたしのつぶやきをきいて、海の体がびくんと震える。

 って、え?
 つまりは……海……?

「もしかして海……。それで、ずっとすねていたの?」
「すねてないよ!」
 そう怒鳴り、海はまた、強引にわたしの唇を奪っていく。
 だけど、今度は強引だけれど……もうさっきみたいな恐怖はどこにもない。
 そして、強引だけれど、海のキスは今度はちゃんと優しい。
 もっともっとと求めるように、海はキスをねだってくるけれど……。
 好きという気持ちが、あふれている。

 今日だけは、今だけは、恥ずかしいけれど、それに応えてもいい。
 だって、海は、そんな恥ずかしさも我慢できちゃうほど、わたしに嬉しい気持ちをくれるから。

 だって、ねえ? 海……。
 それはね、一般的にであって……。
 ううん。そうじゃなくて、湊さんの笑った顔は、海に似ていたからで……。
 格好いいからといっても、海より湊さんのことがいいというわけでもなくて……。
 どんなに格好いい人でも、海にはかなわないのが本当で……。

 くすくすくす。
 海って、案外かわいいところがあったんだ。
 そんなことですねちゃって。
 いつもひょうひょうとしているから、全然わからなかった。
 たまには、こういう海もいいかもしれないね?

 もう。仕様がないなあ〜。海ってば。
 そんな海も……好きよ?


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update:04/10/01