恋人浪漫
(11)

「海? わたしはね、海がいちばん好きよ」
 キスの合間に、そうささやいてあげる。
 ぎゅうっと海の首に腕をからめて。
 海に抱きついて。

 すると、海ってば、キスをすることを忘れちゃったのか、そのままぴたっと動きをとめて、じっとわたしを見つめてきた。
 だけどすぐに、その顔は、いつものどこか得意げに微笑む海の顔にもどっていて……。
 あまいあまい微笑みを降らせてきた。

「俺は、早紀をいちばん愛しているけれどね」
 それから、また、海の甘いキスは再開される。

 きっと、今日はキスで終わっちゃうような、そんな気がする。
 なんとなく。
 海の頭には、もうわたししかないのがわかるから。

 嗚呼。
 なんだか、今から疲れを覚えるわ。
 でも、こんな強引な海だけれど、やっぱり嫌いになんてなれない。
 そんなのは、あり得ないわ。


 だって、俺はね、空の恋人だから――

 あの時、耳元で湊さんにささやかれた言葉はそれ。


 夕暮れ時。
 一泊二日の旅は、終わりを告げようとしている。
 波はきらきらと茜色に輝いて。
 おだやかにゆれている。

 迎えに来た車二台に分乗し、わたしたちはこれから、この海の見える別荘を後にしようとしている。
 行きは空さんと湊さんがやってくるなんて知らなかったから、当然海と二人きりで車に乗って。
 帰りは、一緒に帰ってもいいのだけれど……それじゃあ、また海がすねちゃうから、二人で。
 湊さんの車に、空さんが同乗することになった。

 だから、今、わたしたちは、ひとまずはお別れの挨拶をかわす。
 きっと、帰ってからは、あまり湊さんとは会えそうにないし。
 海が相変わらず、こんなのだから。
 湊さんを見ると、牙をむいちゃう。

 空さんを車に乗せ、扉を閉めようとしている湊さんに、わたしはおずおずと話しかける。
 こんなところ、海にみつかっちゃったらまた殴りかねないから、もちろん海の目を盗んで。
「ごめんなさい。海が……」

 ぷっくりとはれた湊さんの左頬が、とても痛々しい。
 あれからもちろん、ひやしてはいたらしいけれど……。
 あまりにも海の拳の威力がすごくて、はれは全然ひかないみたい。
 海〜。やっぱり、やりすぎ。

 だけど、湊さんってば、寛大なのか、それとも楽天家なのか……。
 まったく気にした様子なく、にっこりと微笑む。
「くすっ。どうして、早紀ちゃんが謝るのかな?」
「だって……」

 だって……それは……。
 半分くらいは、わたしのせいでもあるから……。
 あとの半分は、勝手に海がやきもちをやいたせいだけれど……。
 それでも、やきもちをやかせる一言を言ったのはわたしで……。
 ん〜。
 やっぱり、湊さんには、とっても悪いことをしたのよね。
 とんだとばっちり?

「いいよ。気にしていないから。海はね、昔からああなんだ」
 ぐりっとわたしの頭をひとなでして、湊さんはお兄さんのような優しい微笑みを向けてくれる。
 それで、ちょっとは……救われた気分になれるけれど……。
「……ああ=H」
 そのことに、気をとられてしまった。
 思わず。
 だって、ああ≠チて、何?

 問い返すわたしに、湊さんは言葉は返さずに、ただにこっと微笑み、うなずくだけだった。
 そして、やっぱり優しい瞳で、わたしを見てくる。
「海は、もう君が愛しくて愛しくて仕方がないようだね。あんな男にあんなに愛されては、これから何かと大変だと思うけれど……頑張ってね」
 そう言うと、くすくすと、なんだか意地の悪い笑いをもらした。

 ますます、わからない。
 っていうか、湊さんもそんな笑いをする人だったのね……。
 やっぱり、血は争えないってこと?
 だって、湊さんてば、海と空さんのいとこさんだから……。

 きょとんと湊さんを見つめるわたしに、湊さんはそっと耳打ちしてくる。
「君は、きっと、誰よりも幸せなお嫁さんになれるよ」
 そして、すっと顔をはなしていき……やっぱりそこでも、にこっと微笑んで。
 わたしは、何も言えなくて、ただ真っ赤になって、湊さんを見つめているだけだった。
 口は、忙しなく、ぱくぱくと動いているけれど。
 言葉は、全然でてこない。
 だって、だって、だって、湊さん。
 それって……!?

 その時だった。
 急に背筋に嫌な寒気を感じて振り返ると、そこには、不機嫌なオーラをおしみなく発する海が立っていた。
 目を盗んできたはずなのに……。
 あっさり、見つかってしまったようね。

 ぎろりと、やっぱり湊さんをにらみつけていて。
 だけど、今度は、すぐさま殴りにかかる……ということはないようで、ひとまずは安心。
 そして、それ以上、海がおかしな行動に出ないうちに、海に駆け寄り、その胸に飛び込んでみる。
 すると……瞬時に、海のご機嫌はすこぶるよくなってしまった。
 きゅっとわたしを抱きしめて、かすめるようなキスを落として。
 幸せそうな微笑みを浮かべ、わたしを熱く見つめてくる。
 そんな微笑みに、わたしの胸は、きゅんと鳴く。


 ……ああ。
 きっと、こういうことなんだ。
 さっき、湊さんが言ったことは。
 くすくす。
 本当に、わたしはきっと、世界でいちばん幸せなお嫁さんになれるわね。
 海が、わたしの横にいてくれるだけで。
 海の幸せが、わたしの幸せだから。

 これから、千夜、あなただけを思って眠る。
 千夜を、大好きという思いに染めて。
 あなたのぬくもりを感じ、わたしは幸福に酔いしれる。
 だって海は、無期限の、わたしのたった一人の人だから。
 そう契約したから。
 桜舞う、あの春の日に――


恋人浪漫 おわり

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update:04/10/01