恋人時間


 トゥルルルル、トゥルルルル……。
 都心に建つビル。
 名の知れた企業の自社ビル。
 そこの社長室に、電話の呼び出し音が無粋に響き渡る。
 せっかく、早紀と二人きりのロマンチックなクリスマスの計画を立てていた最中だというのに。
 すべて、ぶち壊し。
 まったく、こんな時に、一体誰だよ!?
 つまらない奴からのつまらない電話だったら、即座にクビにしてやる。
 そして、末代まで祟ってやる。


 携帯のディスプレイを見ると、そこでは……悪魔が手招きしていた。
 そう。それは、まさしく悪魔。
 しかも、悪魔の中の悪魔。魔王。
 携帯を見た瞬間、顔色が変わったので、今ともにいる親父や祖父さんが、少し驚いたような顔をしている。
 普段の俺は、ごく一部の者を除き……早紀以外の人間の前では、仮面をかぶっているようなものだから。
 つまりは、無表情。冷血漢。
 ――そんなつもりはないけれど、まわりの人間に言わせると、そうらしい――
 だけど、そんなものにかまっていられるか。
 だって、相手は悪魔だぞ? あ・く・まっ!

 なんだってこんな時に、姉貴という名の悪魔から電話がかかってくるんだよ。まったく。
 しかし、ここででないと、後で死んだ方がましという嫌がらせ――早紀をまるまる一日、奪われるという嫌がらせ――をされるから、仕方なく、今はでてやろう。
 二人に目配せをし、電話にでる許可をとる。
「なに!?」
 ぶちっと通話ボタンを押し、すぐさまそう言い放つ。
 もちろん、語気はわざととげとげしく。
 電話には出てやるけれど、好意的にとは言っていない。
 本当に、なんてタイミングの悪い時に電話をしてくるんだよ。
 ……まあ、あの姉貴なら、どんな時でも、かかってきた瞬間、タイミング悪くなるけれど。
 その電話、ろくなためしなんて、一度もない。

「う、海……?」
 すると、電話の向こうから、そんなおどおどと俺の名前を呼ぶ、かわいらしく心地のいい声が……。
 って、ちょっと待って。この声って――
「さ、早紀!? どうして!?」
 そう。まさしく、この心をあたたかくする声は、早紀の声。
 この俺が、聞き間違うはずなんてない!
「え? あ、あのね……。わたしの携帯、充電がなくなっちゃって、そしたら空さんが……」
 瞬時に声のとげを抜き、さらには愛情をこめて名を呼ぶと、早紀はほっと胸をなでおろすように、そうやって説明をしてくる。
 なんてかわいいのだろう。

 ……いや。今は、そうではなくて。
 ああ、まったくもう。またかっ。
 あの女、また勝手に、俺の早紀を連れ出してっ。
 今日は、一人で楽しくショッピング、とか言っていなかったか!?
 朝、早紀のベッドにもぐりこみ、ぬくぬくとそのぬくもりを感じているところに乱入してきて。
 電話の向こうでは、早紀の横で、にやにやと、してやったりと微笑む姉貴の幻まで見えてきて……。
 嗚呼、もうおしまいだ。
 俺の人生、呪われているのかもしれない。
 姉貴という名の悪霊に。

 ――だからなんだよ。だからっ!
 だから俺は、どうにかして、早紀と二人きりのらぶらぶクリスマスを過ごせないかと、いろいろと考えているというのに。
 ここにいる、親父と祖父さんまでも利用して。ひっぱりこんで。
 だけど、それらすべて、ことごとく、この性悪姉貴に邪魔されているような気がする。
 ……いや。気がするのじゃなくて、絶対にそうだ。
 早紀も早紀で、姉貴にいいようにつき合わされて……。
 まあ、そんなところが早紀らしくて、かわいいのだけれど。

 いやいや。だから、今はそうではなくて。
「早紀? どうしたの? 何か用があるの?」
 少しの気後れすら感じさせてはいけないと、つとめて優しくそう尋ねる。
 すると、電話の向こうの早紀が、嬉しそうに微笑んだ……ような気がした。
「う、うん。あのね、海、今日は何時くらいに帰ってくるのかと思って……」
 ぼそぼそっと、言いにくそうに早紀はそう聞いてくる。
 きっと、電話の向こうの早紀は、抱きしめてしまいたいほどに恥じらっているに違いない。

 …………ああ、もうっ!
 なんて早紀ってば、かわいいのだろう。
 俺の帰宅の時間を知りたがるなんて。
 なんかこれって、俺って愛されているって感じ?
 まあ、こんなことがなくたって、愛されていないわけがないけれどね。
 近頃の早紀は、遠慮がちな早紀にしては、積極的に愛情を表に出してくれるようになったと思う。
 そして、それがさらに、俺の早紀への思いを大きくしていく。
 この上がないというほどに。

 そんなもの、今すぐにでもだよ。
 今すぐにでも飛んで帰りたい。
 もちろん、家に、ではなくて、早紀という帰るべき場所≠ノ。
 ……しかし、今日はできない。
 そう。早紀と俺の、二人きりのらぶらぶクリスマスのためには。
 親父と祖父さんの協力が、絶対だから。
 まあ、その仕事も、すでにすんでいるようなものだけれど。

「できるだけ早く帰るよ。早紀は、帰り、何時くらいになるの?」
「え? あのね、もうすぐ帰るよ。空さんとね、いっぱいお買い物したのよ」
 くすくすっと嬉しそうに笑いながら、そう言ってくる。
 ……ムカつくなっ。
 俺だって、この面倒な仕事さえなければ、たっぷりと早紀と二人きりでわくわくショッピングをできるのに。
 早紀が欲しいといったもの全てを買ってあげて、そして俺がその荷物を持つ。
 あまりの多さによろけそうになったら、早紀が心配そうに俺の顔をのぞきこんでくる。
 そして、そこで、「大丈夫だよ」とにっこり微笑み、早紀も嬉しそうに微笑む。
 その笑顔が、とてもかわいらしくて、俺はどうにかなりそうで……。
 なんだか、それらすべての役得、姉貴にもっていかれているような気がする。
 そもそも、すべての元凶は、姉貴なのだけれど。

 そう。そうなんだよっ!
 あの女、面倒くさいことすべて俺におしつけて、今は早紀をたっぷり堪能しているっ。
 最初から気に食わなかったんだよな。
 早紀を、家族に紹介した時から。
 俺には早紀はもったいないとか言って、邪魔ばかりしてくれて。
 そんなもの知るか。
 俺は早紀が好き。だから、独り占めしたい。
 誰にもやらない。
 それのどこが悪い?

 それから、一言二言早紀と言葉をかわし、名残惜しく電話を切った。
 そして、ふうっと一つため息をもらす。
 それはもちろん、満足からくるため息。
 少しの時間でも、早紀の声を聞けたのだから、気分が高揚しないわけがない。
 そうやって、携帯から視線を上げてくると……目の前では、オヤジが二人、にやにやと笑っていた。
 ――嗚呼。そうだった。ここにも、早紀を気に入っている奴らがいたのだった。
 俺のまわりには、敵しかいないのか?

「とにかく、親父たちは、何が何でも姉貴の足止めをしてくれよ! 二人とも、早く孫の顔を見たいのだろう!? だったら協力してくれよ!」
 にやにやと笑うオヤジ二人にびしっと指をさし、社長室をずかずかと出て行く。
 本当に、孫の顔やひ孫の顔を早く見たいなら、ちゃんと協力してくれよ。
 クリスマスの日。あの悪魔が邪魔しないよう、見張っていてくれよ。
 そのために、わざわざクリスマスに合わせ、姉貴の見合いをセッティングしたのだから。
 ……しかし、いくら急だったからといって、相手をあいつにしたのは、ちょっと無理があったかな……?
 まあ、いい。
 とにかく、姉貴に邪魔さえされなければ。


 荒々しく波の打ちつける、冬の日本海。
 海辺のレストラン。
 そこを貸しきって、姉貴封じ込め作戦決行。
 なんて、姉貴にぴったりの場所なのだろう。
 我ながら、素晴らしい選択だね。
 荒れ狂う波は、まるで姉貴でも見ているかのようだよ。

 もうすぐ、親父たちもやってくる予定だから、どうにか足止めをしてくれるだろう。
 できるだけ早く、孫やひ孫の顔を見るためにも。
 あのオヤジ二人の弱点くらい、容易に握っている。

「……ねえ、海。これは何の冗談かしら?」
 岩に打ちつけ、そして割れる波を眼下に見るその窓際のテーブルの前で、姉貴はひくひくと頬をひきつらせている。
 その目は、今にも稲妻か何かが飛び出してきそうなほどぎらぎらと輝き、俺をにらみつけている。
 しかし、そんなものは、今の俺にはききやしない。
 そう。早紀と二人きりのクリスマスをすごすとかたく決意した俺には、ききやしない。
 さらりと視線を受け流す。
「さあ? 冗談じゃないと思うけれど? 姉貴も、そろそろ身をかためないとな? そのままだと、いき遅れるよ?」
 しかも、くすりと嫌みっぽい笑いもそえてやろう。
 普段、散々いたぶられているのだから、これくらいの仕返し、したって罰はあたるまい。
 むしろ、釣りがめいっぱいくる勢いだよ。
「あんたになんて、心配してもらわなくて、けっこうよ」
 ちっと舌打ちし、忌々しげにそうはき捨てる。

 ……いい気味。
 その反応こそが欲しかったんだ。
 再び、ふふんと鼻で笑ってやる。
 すると姉貴は、今度はぎりりと奥歯をかみしめた。
 そして、何故だか、ぐるりんと勢いよく首をまわした。
 姉貴が振り返ったそこにいたのは……湊。
「それで、湊? どうしてあんたも、引き受けたのかしら? 見合い相手の役!」
 憎らしげに湊をにらみつける。

 やはり、相手が湊というのは、不満らしい。
 さすがに俺だって、湊では不足だと思っていたけれど。
 何しろ、怪獣女を相手にするのだから、湊では頼りない。とって喰われかねない。
 湊には、姉貴は少しもったいない。
 しかし、短い時間で、姉貴につりあうような男をさがすのは、並大抵のことではない。
 だから、渋々、湊で妥協することにした。
 まあ、湊は、俺たちのいとこというだけあり、肩書きだけなら申し分ない……はず。

「ああ、それは……。さすがに、祖父さんに頼まれたら、俺だって断れないし……」
 ぽりぽりと頭をかき、目は明後日の方向を泳がせる。
 湊には、とんだ災難かもしれないけれど、そうでもないことを俺は知っている。
 これは、湊にとっては、千載一遇の大チャンスだと思うのだけれど?
 湊を姉貴の見合い相手に選んだのは、姉貴に見合う相手はそう簡単にはいない、というだけではなく、そこもそれなりに考慮にいれたつもりだから。
「へー。ふーん。そう。どの口が、そんなことを言っているのかな?」
 湊のその心ない……しかし、心の底からの言葉に、姉貴の頬は、さらにぴくぴくとひきつる。
 口の端を上げながら、湊の両頬をつかみ、勢いよく横にひきのばす。
 びよーんと。
 すると、ただでさえ十人並みのその顔が、それ以下になる。

「まったく、役に立たない男ね! 気づかなかったの? これは、海の策略よ! わたしが、早紀ちゃんとのクリスマスを邪魔する妨害をしているのよ!」
「わかっているなら、するなよ! 最初から!!」
 忌々しげにそうはき捨てる姉貴に、俺は即座に叫んでいた。

 ――嗚呼、もう。本当に……。
 わかっているなら、はじめからするなよな。
 本気で、疲れる。
 そして、頭が痛い。
 どうしてこの女は、こんなのなんだ?
 我が姉貴ながら、さっぱりわからない。

「あら? だって、海いじめは、わたしの趣味だもの。――あれ? 日課だったかしら?」
「……しかも、さらっと言い切るし」
 くいっと首をかしげ、けろりと言い切る。
 もちろん、そんな姉貴に、俺が肩をがっくりと落とさないわけがない。

 わかっていたこととはいえ、本当にもう、こんなのが姉貴だなんて……。
 これじゃあ、俺の人生、全部この女に潰されかねない。
 たった一つの小さな望み、早紀と幸せに暮らすことさえ、この女にひっかきまわされそうな気が……。
 ――いや。これは、ある意味、確信かもしれない。
 そして、すでに、半分くらいは実行されている。

 姉貴からすいっと視線をはずし、うつろな眼差しで湊に移してみる。
「なあ、湊。いつも姉貴に好きなように使われているけれど、嫌じゃないのか?」
 ぽんと湊の肩に手をおき、真摯に尋ねてみる。
 そう。常々、それは疑問に思っていた。
 これだけ散々な扱いをされてなお、どうしてこの男は、姉貴のそばにいられるんだ?
 その理由に心当たりがないわけではないけれど、だからといって、それだけで、こうも辛抱強くそばにいつづけられるものなのか?
 何しろこの男は、俺の記憶が正しければ、もう二十年以上もずっと、姉貴とともにいる。
 なんともまあ、尊敬に値する忍耐力の持ち主だろう。
 ……いや。そういう趣味の持ち主か?

「あは、あはははは……」
 しかも、そうやって、笑って誤魔化すし。
 これもまた、いつものこと。
 まあ、笑って誤魔化す以外、できないような気もするけれど。
 何しろ、相手はこの姉貴なのだから。
 下手なことを言えば、息の根をとめられかねない。

 それにしても……この男、本当に、俺が気づいていないとでも思っているのか?
 湊、お前、姉貴に惚れているだろう?
 姉貴はどうだか知らないけれど。
 こんなケダモノみたいな女に、よく惚れられるものだよな。
 俺なら、大金をつまれたってごめんだよ。
 やっぱり、恋人にするなら、早紀みたいに、ちょっと抜けていて、騙されやすくて、そして、誰よりもかわいい女性だよね。
 ……んん? そう思うと、俺ってもしかしなくても、純粋な早紀を騙す、悪い男?
 まあ、いいか。なんでも。
 早紀が手に入るなら、どんな悪にでもなってやろう。
 それこそ、姉貴よりも。

 ――ああ、本当に、こんなことをしている暇があれば、今すぐにでも、早紀を抱きしめに飛んで行きたいのになあ……。

「……湊。ねえ、さっき言ったこと、本当?」
「え……?」
 くいっと湊のスーツの襟をつかみ、姉貴はずいっと身をよせていく。
 その目が、妙にぎらりと輝いているようにも見える。
 まるで、獲物を狩る時の黒豹のように。
「おじいさまの頼みだからって……。じゃあ、おじいさまの頼みなら、わたし以外の女性とも、お見合いするの?」
 襟をつかむ手にさらに力をこめ、湊をにらみつける。
 その目が妙に真剣で、そしてどこか憂いを含んでいるような気がする。
「そ、空……?」
 姉貴のその言葉に、湊は明らかな動揺の色を見せる。
 動揺――それはつまりは……図星だから?
 そんな湊を見て、姉貴は衝撃を受けたように目を見開いた。
 そして、力なく、襟をつかむその手をはなしていく。
「……ひどい」
 それから、湊からすいっと視線をそらし、そうぽつりとつぶやいた。
 かと思うと、次には、つうっと頬を伝い、その目から涙が――

 鬼の目にも涙。
 ……じゃなくて。
 な、何やっているんだよ! 湊の奴!
 よりにもよって、あの姉貴を泣かせるなんて!
 男なんて簡単に、そのヒールの下に踏みつけてしまうような女なんだぞ!? 姉貴は!
 その姉貴を、姉貴を――

「湊! お前でも、姉貴を泣かせるのは許さない!!」
 気づいた時には、湊の胸倉をつかみ、そう怒鳴っていた。
 そして、ぎちぎちとしめあげていく。
「海〜っ!!」
 すると、ほぼ同時に、背にどしんとすごい勢いで抱きついてくるものがあった。
 そう言いながら。
 それにふと視線を落とすと……。
「ちょ……っ!? あ、姉貴!?」
 俺の背に、ぎゅっと抱きつく姉貴の姿があった。
 そして、くすぐったそうに、つぶやく。
「そこまで、わたしのことを……」

 ……って、ちょっと待て。
 これは、一体……?
 そんな姉貴に毒気をすっかり抜かれ、視線を彷徨わせてしまう。
 ひと通りみまわしたかと思うそこで、ぴたっと視線をとめた。
 同時に、思考もとまったような気がした。
 何しろ、抱きつく姉貴の向こうに、店の入り口に、ぽけらっとこちらを見ている早紀の姿が……。

 ――嗚呼。もう、最悪だ。
 そして、すべてが終わった。
 よりにもよって、姉貴に抱きつかれている、こんな場面を見られるなんて……。

「さ、早紀? こ、これは誤解だよ! 俺は、決してそんないかがわしい趣味じゃない! はなれろよ、姉貴!!」
 懸命にそう弁解しつつ、すっぽんみたいに抱きつく姉貴をひきはなしにかかる。
 しかし、姉貴はびくともしない。
 何しろ、すっぽんだから。
「くすくすくす……」
 俺の背に顔をうずめ、そんな憎らしい笑い声までさせて……。
 しかも、なんだそれは! その手に持っているものは!
 これ見よがしに、俺に見せつけるように、持っているそれは!
 目薬じゃないかっ!!
 こ、こ、この女〜、またしてもか!?

「悪魔だ……」
 もう姉貴には抵抗しても、果てしなく無駄のような気がして、諦めたように俺はそうぽつりとこぼしていた。
 すると、ようやく、そんな俺から、湊が呆れたように姉貴をひきはなしていく。
 た、助かった……。
 じゃなくて、遅いよ、湊。
 本当、役に立たない男だな。
 とりあえず、今は、姉貴の見合い相手だろう。
 そして、姉貴に惚れているのだろう?
 だったら、いくら弟とはいえ、好きなように姉貴に抱きつかせているなよ。

 しかし、まだまだ安心などできない。
 何しろ、こんなことなんかより、もっともっと大問題が残っているから。
 それは、早紀!
 早紀に、こんな場面を見られてしまうなんて。
 早く誤解を解かなければ!
 単純な早紀は、絶対に信じてしまうっ!
 それだけは、何が何でもさけなければならない。

 ぐるんと早紀へと振り返る。
 そして、すがるように見つめてしまう。
 しかし、そんな俺に、早紀は無情にも、にっこり笑って、さらっと言い切ってしまった。
「やっぱり、海と空さんて、仲良しね?」

 ――瞬間、彗星が地球に衝突したような衝撃に襲われた。
 お、終わった……。
 すべてが。

 嗚呼、もう。
 誤解だ! 誤解なんだ!
 あんな姉貴と仲良しだなんて、そんな屈辱的なこと、天地がひっくり返ったって思われたくない。
 姉貴は、ただ、俺をいじめて遊ぶのが、この上なく好きなだけなんだよっ!
 そして、俺は、そんな姉貴が、この上なく憎いだけなんだ!

 嗚呼ーと、声にならない叫びをあげながら、くずおれていく俺に、早紀はきょとんと首をかしげながら歩み寄ってくる。
 そして、俺の前までくると、すっとしゃがみこみ、やはり不思議そうに顔をのぞきこんでくる。
 そんなあどけない仕草が、なんともかわいらしくて……。
 思わず、ぐいっと抱き寄せてしまった。
 そして、すがるように早紀をぎゅうっと抱きしめる。
 すると、そんな俺に、情け容赦のない言葉を、姉貴が頭上からあびせてきた。
「今日は、早紀ちゃんに免じて、あんたに早紀ちゃんを貸してあげる。だから、クリスマスでも何でも、好きなだけ堪能しなさい」
 高らかにそう笑うと、くいっと湊の手をとり、実に楽しそうに店から出て行った。
 そんな二人を、俺は憎々しげに見送ることしかできない。
 だって、あんな二人よりも、俺にはこちらの方が大切だから。
 早紀を、この胸の中に包み込んでいることの方が。

 ……それにしても、嗚呼、もう。本当に。
 早紀と俺との恋人の時間、いつになったら味わえる?
 なんだかとっても、いつまでたっても無理なような気がする。
 あの悪魔が飽きないうちは。

 まあ、それはそれでいいか。
 こうやって、今は、早紀を独り占めしていられるのだから。
 何だかんだと言いつつ、クリスマスのこの日、早紀と二人だけの時間を過ごせそうだから。
 かたちは違えど、作戦は成功したことになる。
 ――姉貴の言葉を信じるなら。
 果てしなく、妥協しまくっているような気もするけれど。
 結局、親父や祖父さんを巻き込んだ俺の計画も、さっくりと壊されてしまったし。
 ……まあ、それは、いきなりこの場に現れた早紀にだから、それもやっぱり、諦めよう。
 早紀に邪魔されたって、ちっとも悔しくない。

 そうやって、一人、むりやり自らを納得させようと頑張る俺の胸の中で、早紀がぽつりとつぶやいた。
 ふわりとあまい香りをさせ、きょとんと首をかしげて。
「そういえば、空さん、どうしてわたしをここに呼んだのかな?」

 ………………え?


恋人時間 おわり

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update:05/12/23