恋人陰謀
(1)

「……海。何をしているの?」
 家中を、海を探してさまよっていたら、その部屋のうっすらあいた扉から、明かりがもれていることに気づき、そっとのぞいてみた。
 その部屋は、海のプライベートルーム。
 普段は、がっちりと鍵がかかっていて、わたしでもなかなか入ることができない。
 だって、そこは、愛の軌跡ルーム≠ニ、海が別名をつけちゃっているような、そんな危険な部屋だから。
 よりにもよって、愛の軌跡≠セなんて……ネーミングセンスを疑っちゃうわ。
 だって、つまりは、そこには……とっても恥ずかしいことに、海とのツーショット写真や、わたしが海に微笑みかけている写真が、普通に飾られてあるのだもの。
 ――まさか、海に、このような趣味があったなんて……わたしだって、ほんの数ヶ月前まで、知らなかったわ。

 のぞいたそこには、探し人の海がいたけれど、だけど、なんだか様子がちょっと変。
 ううん、思いっきり、変。
 だって、こちら側に背をむけて、まるですねた子供のように、背中をまるめていたから。
 手もとは、いじいじと何かをいじっているよう。
 その普通じゃない光景に、思わず、声をかけてしまっていた。
 すると、海は、くるりとふりかえり、とってもさわやかな微笑みを向けてきた。
 いつもなら、それは、わたしを見て……と理由が明白だけれど、今日の微笑みは、やっぱりちょっと変。
 わたしが理由じゃないことだけはわかる。
「え? ああ、早紀。――これはね、大作戦の準備だよ」
 だって、ほら、そんな訳がわからないことを言うのだもの。
 海に隠されて、そのいじいじとする手もとがよく見えない。
「大作戦……?」
 扉を完全にあけて、一歩部屋へと足を踏み入れ、そう聞いてみる。
 すると海は、やっぱりにっこりと微笑んだ。
「そう。ハロウィンいたずら大作戦。またの名を、怪獣悪魔復讐大作戦!」
 そして、次の瞬間には、声高に、そうきっぱりと告げていた。
 きらんと、得意げに目を輝かせて。
 その姿……やっぱり、子供。
「……ああ、また、空さんに、無駄な仕返しを考えているのね」
 そう。その通り。
 嗚呼、もう。また、ろくでもないことを……。

 海には悪いけれど、わたしが知る限り、海が空さんに勝てたためしなんてないはず。
 勝てたと思っても、結局は、それも空さんの思惑通りだった……というパターンだもの。たいてい。
 でも、それでも、見ていて楽しいから、わたしは嫌いじゃないのだけれど。
 むしろ、好きかもしれない?

 だけどやっぱり、ちょっぴり疲れを覚え、がっくりと肩を落としてみせる。
「無駄なんかじゃないよ! こんなにすばらしい作戦はないよ!」
 わたしのその言葉と様子に、海ってば、やけにむきになって、そう言ってきた。
 がばっと立ち上がり、むむーと頬をふくらませて。

 ……ふふ。海ってば、何だか、かわいい。
 空さんが、海をからかって遊びたがるのが、わかる気がするかもしれない。
 でも、これは、絶対に言えないことだけれど。
 だって、言っちゃったら、海がすねちゃうものね。
 それだけ、空さんも、海のことが好きだということなのにね?

「もう。海ってば……」
 むむむーと意地になってすねる海に、ゆっくりと近づいていく。
 そして、ふわりとその頬に触れて、なだめてあげる。
 こういう時間が、わたしは、とっても好き。
 していることは子供っぽいけれど、でもね、わたしを見つめる海の目が、とても優しいから。
 もっともっと、その目に見つめられていたくなる。
 ……ああ、やっぱり、わたし、どうしようもなく、海が好きなのかもしれない。


 翌日。
 どうやら、海は、今日も、ハロウィンいたずら大作戦とやらの準備のため、大忙しみたい。
 だから、わたしは、仕方なく、一人、こうして、リビングのソファでごろん。
 実は、本当はね、海のハロウィンいたずら大作戦が、楽しみだったりするから。
 だから、今は、大人しく、一人でいることを我慢しておいてあげるわ。
 空さんに返り討ちにあった時の海が、とっても楽しみだから。
 でも、海と一緒にいられないのは淋しいということ、それだけは、覚えておいてね? 海。

 うーん。わたしって、都合のいい女とばかり思っていたけれど、実は、海がいじめられる場面を見るのがとっても好きな、いい性格の女≠ゥもしれないわね。
 でも、すねる海を見るのは、とっても楽しいもの。どきどきするもの。
 なんだか、いつもわたしをひっぱっていってくれる海の違う一面を見られたような気がして、胸がわくわくするの。
 だから、嫌いじゃない。
 新しい海、いろんな海を、いっぱいいっぱい知りたいと、知っておきたいと思うから。
 ひとつ新しい海を知るたびに、もっともっと海に近くなったような気になれる。愛しさが募る。

 小春日和の中、うとうとしはじめた時だった。
「早紀ちゃん、ちょっといい?」
 そう言って、ひょいっと、空さんの顔が目の前に現れた。
 ソファの背にぽてんと頭をのせていたそこへ、のぞきこむようにして。
 ……なんだか、とっても嫌な予感がする。
 だって、空さんの顔……にやにやと、とっても楽しそうに笑っているもの。
 嗚呼。これは、もう、あれしかないわねえ……。
「え? 空さん、何?」
 だけど、とりあえず、嫌な予感には気づいていないふりをして、くいっと首をかしげてみる。
 こんなことをしても無駄だとわかっているけれど。
 だって、次の瞬間には、決まって、その問いの答えをもらえぬまま、問答無用で、空さんの思うがままにされてしまうもの。
「ちょっとね、早紀ちゃんに協力してもらいたいことがあるのよ。ハロウィンへ向けて」
 そう言って、ぐいっとわたしの腕をひく。
 ほら、やっぱり、こうなっちゃうのよね。
 ……でも、ちょっと待って。ハロウィンって……?
「え……? 空さんも?」
「も≠チて何?」
 思わず、つぶやいてしまうと、耳ざとく、すぐさまそう聞き返されてしまった。
 慌てて、がばっと両手で口をふさぐ。
「う、ううん。こっちの話」
 へらりと笑いつつ、適当にそう誤魔化す。
 この程度で、誤魔化されてくれるような空さんじゃないとわかっているけれど、とりあえずは、ね……?
「……? まあ、いいわ」
 誤魔化されてくれるような空さんじゃないはずだけれど、予想外に、あっさりと誤魔化されてくれたみたい。
 そこにひっかかるものはあるけれど、今はとりあえず、OKとしておこう。

 ふう。危ない危ない。
 下手に、海も、ハロウィンいたずら大作戦をたてているなんて知られたら、空さんのいたずら――嫌がらせ?――に拍車がかかってしまうわ。もっと大規模になっちゃうわ。
 そんなことになったら、さすがに、海がかわいそうだものね。
 ……拍車がかかる前から、それなりに、大規模だから。空さんの場合。

「とにかく、はい、これ」
 一人、安堵の吐息を、空さんに気づかれないように小さくもらしていると、ふいに、目の前が、びらりと、とっても恐ろしいもので覆われた。
「……へ!?」
 がばりと顔をあげ、ぎょっと、空さんを凝視する。
 だ、だって、それ……っ。
 そ、空さん、本気ですか!?
「大丈夫だとは思うけれど、試着してくれる?」
 くいっと首をかしげ、何をそんなに驚いているのよ、とでも言いたげに、さらりとそう追い討ちをかけてきてくれる。
 それってば、つまりは、問答無用で、わたしが着ることが決定しているということでしょう!?
 あ、あり得ないわ。
 だって、だって、だってー、これってばー……!
「え? で、でも……っ!」
 さすがに、このようなものを着られるわけがないので、ぶんぶんと首を左右にふって、体いっぱいで拒絶。
 だけど、そう簡単に、このお姉様が引き下がってくれるはずもないので……。
「いいから、着なさい」
 有無を言わせず、威圧的に、ずいっとその顔を近づけられる。
 瞬間、不気味に、その目がぎらりと光ったことを、わたしは見逃さなかった。

 ――嗚呼。神様ー。
 わたしが、悪かったです。
 もう、海が空さんにいじめられている場面を、楽しいなんて言いません。
 そのようなシーン、望みません。
 だから、ご慈悲をください。
 海じゃないけれど、この悪魔のようなお姉様から、わたしをお救いくださいませー。
 いーやー! これだけは、絶対に、嫌っ!!

「は、はい……」
 そう、とっても思っているはずなのに、空さんのその恐ろしい瞳には勝てず、早々に観念してしまっていた。
 がっくりと肩を落とし、身の内から、哀愁が漂い出てくる。
 だって、ここでさからったら……海よりも、もっともっと恐ろしい目にあわされそうだもの。
 嗚呼。本当に、この悪魔、どうにかしてください。海じゃないけれど。


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update:06/10/31