恋人陰謀
(2)

 姉弟による、互いを陥れるためのハロウィン大作戦は、着々と準備がすすめられていく。
 そして、月日は無情に流れるものらしく、気づけば、とうとう、その日をむかえてしまっていた。
 十月三十一日。
 ついに、わたしの人生が終わる日。
 ……もとい、空さんの高らかに愉快そうに響く笑い声を聞く日。
 そう。海の作戦は成功することなく、きっと、空さんに、めちゃめちゃに痛めつけられちゃうに違いない。
 これまでの経験から。
 すでに、わたしは、めちゃめちゃに痛めつけられちゃっているけれど。――精神的に。

 だってだってだってー、よりにもよって、空さんってば、こんなものを着せるのだもの!
 これじゃあ、どうぞわたしを召し上がってください、と言っているようなものじゃない。
 いつかのバレンタインの時じゃないけれど、とうとう、空さんが言っていた、「わ・た・し」というものを、わたしもしなくちゃならなくなっちゃったの!?
 しかも、空さんの陰謀によって。

 嗚呼ー。もう……。
 こんなのは、嫌だよー。
 そ、そりゃあ、海になら、いつかは……とは思っているけれど、だけど、誰かに陥れられて……なんて、絶対に嫌。
 こういうことは、もっとロマンチックに……そして、二人の心がGOサインを出して、はじめて、そうなってもいいと思っていたのに……。
 むー。空さん、恨むわよっ!
 海は、その点においては、信用できないのだから。
 どうして、わたし、こんな……すけすけな、ベビードールを着せられているのでしょう?
 嗚呼。空さん……。だいきらい。
 ま、まあ、でも、夕方だし、この上にローブを着ているから、まだましかもしれないけれど。
 でも、空さんの計画が実行されちゃった暁には、このローブも……。
 きゃーっ。恥ずかしいよー。

「早紀? どうしたの? 何をそんなに身悶えているの? というか、ローブ? もうお風呂入っちゃった?」
 一人、だんだんと、壁をたたいていると、後ろから、ふわりと包み込むように抱きしめられてしまった。
 耳元で、優しくそうささやかれながら。
 うわーん。海のいじわるー。
 そんなことをされたら、わたし、わたし……っ。
 瞬間、ぼんと噴火しちゃったわたしに、海ってば、不思議そうに首をかしげている。
 そ、そりゃあ、ローブを着ているから、その下に隠された、わたしの本当の格好など気づかないのだろうけれど、それを知っているわたしは、もう気が気でないというのに。
 そう平然と、いつものように、振る舞わないでよー。
 恥ずかしいよー。うーみー。

「ま、いっか。だけど、湯冷めしないでね? 実は、これから、早紀に、とってもおもしろいショーを見せようと思ってね」
 きゅむっと、もう一度抱きしめなおして、やっぱり耳元であまくささやく。
 瞬間、体中に電撃がはしったような、しびれに襲われた。
 あ、あぶないよー。
 このままじゃあ、わたし、本当に……?
 だって、今のわたし、海に抵抗しようなんて、これっぽっちも思っていないみたいだもの。
 むしろ、こうされて、心地いいとか思っているわたしがいるから……とっても危険。
「え? それって、あのハロウィンいたずら大作戦?」
 思わず、うっとりと海を見つめそうになるのを必死にこらえて、慌てて平静を装う。
 装いきれていないことなんて、もちろんわかっているけれど、そう装おうと努力するのは、いつものわたしだと海は知っている。
 だから、そうしていれば、下手に勘ぐられることはないと思うの。
「そう。よく覚えていたね」
 予想通り、海は、いつもの通りの反応を返してくれる。
 にっこりと微笑みながら、ゆっくりとわたしを解放していく。
 そして、右手をすっと差し出してくる。
「覚えているに決まっているよ。だって……」
「だって?」
 その手をとりながら、慌てて首をぶんぶんと横にふる。
「う、ううん、何でもない」 
 うん。何でもない。
 だって、海ってば、作戦が成功したことなんて、一度もないじゃない、なんて絶対に言わないわ。
 言ったら、海、すねちゃうものね。
 すねちゃった海は、かわいくて嫌いじゃないけれど……でも、今は、すねさせちゃうのは得策じゃないと思うの。

 わたし、そういう計算はできないし、都合のいい女のはずなのに、いつの間に……こういうふうに打算的に考えるようになっちゃったのかな?
 本当は、計算なんて抜きに、思い切り、海の胸へ飛び込んでいきたいのに。
 ……でも、それはとっても危険だと気づいた頃から、こういうふうになっちゃってきているのよね。
 まあ、この姉弟と二年もつき合っていれば、自然、そのような技は備わるような気がするけれど……。
 だって、この姉弟、本当に、仲がいいのか悪いのか、どっちつかずだもの。
 ううん。きっと、とっても仲がいいから、こうして、いつも、遊んでいるのかもしれない。
 そして、そんな二人を見ているのが、わたしは大好き。

「それで、どんな作戦なの?」
「ふふふ。見てのお楽しみだよ」
 きゅっと手と手をからめるように握り合い、くいっと顔をあげて、海をじっと見つめる。
 すると、海は、すっと顔を向けてきて、にっこりと楽しそうに微笑む。
 その顔に、思わず、見とれてしまいそうになる。
 ま、まずいなー。
 近頃、気づけば、いつも海を見つめている。
 こんなこと、以前のわたしなら、あり得なかったのに。
 だって、恥ずかしいじゃない。
 見つめていたことに気づかれたら。目が合っちゃったら。
「お楽しみ……?」
「そう。家中に、罠をしかけてきた。姉貴の泣き面、拝めるよ?」
 首をかしげてつぶやくと、海はやっぱり、得意げに、そうにこにこと微笑んでいた。
「そんなに上手くいくかなー……」
 本当に、そんなに上手くいくかなー?
 だって、相手は、あの空さんだよ?
 海が、悪魔と恐れる、あの空さん……。
「ほら、おいで。部屋に、モニターを用意してあるんだ。家中にしかけた隠しカメラの映像が見られるよ」
 むむっとそんなことを考えていると、からめられた手をくいっとひかれ、促される。
 海がつま先をむけるその先には、たしかに、海の寝室があって……。
 そして、そこには、ふかふかのベッドがあることを、わたしは知っている。
 ――って、わたし、一体、何を考えているの!?
 ベ、ベッドだなんて……。
 なんて、破廉恥なっ。
 少し前までのわたしは、こんなのじゃなかったのに……。
 うー。これは、絶対に、海と空さんの悪い影響を受けているに違いないわ。……と、責任転嫁。

「え? ちょ、ちょっと待って。それじゃあ、対象者は、空さんだけじゃなくて、この家の人みんなになるのじゃあ……?」
「ああ。そういえば、そうだね。盲点だったよ」
 ひかれる手をぐいっと引き戻し、確認するように、そう問いかける。
 すると、間髪をいれず、にっこりと、わざとらしいさわやかな微笑みを浮かべられた。
 ……嗚呼、もう、本当に……。
「……たぬき」
 知っていたけれど、海ってば、意地悪よね。容赦がないよね。
 復讐の相手は空さんだけのはずなのに、その作戦を成功させるためならば、多少――じゃなくて、思いっきり――の犠牲はいとわないらしい。
 これじゃあ、空さんのこと、言えないじゃない。
 だって、空さんは、海限定の悪魔だけれど、海は、わたし以外に鬼なのだもの。
「いいじゃない。楽しければ。ね? 早紀」
 ほら、そうして、あっさりとそんなことを言っちゃうの。
 にこにこ笑うその顔から、それは、口だけの強がりじゃないと、よーくわかるから、嗚呼、もうっ。
 海ってば、心の底から、そう思っているのね。
 楽しければ、人の迷惑なんて知ーらないっと。
 ……ううん。楽しければ、じゃなくて、空さんに復讐できれば、かな?
「嗚呼、もうっ。なんてたちの悪い姉弟なのっ!」
 思わず、海の手をにぎったまま、その場にすとんとしゃがみこんでしまった。
 あまりもの悪魔っぷりに、脱力してしまって。
 犬猿の仲っぷりはもう二人の自由だけれど、だけど、だからって、まわりをまきこまないで欲しいわ。
 わたしはかまわないけれど、他の人たちに迷惑がかかるもの。
「たちの悪い姉弟……?」 
 思わず叫んでしまったそのことに、海の眉が、ぴくりと反応する。
 瞬間、あれほど楽しそうににこにこ笑っていた顔も、怪訝にゆがんでいた。

 あ、あれ……?
 わたし、もしかして、言ってはならないことを、言ってしまったとか……?
 じゃなくて、言っちゃったんだ。思わず……。
 だって、それってば、つまりは、空さんも、海と同じことを考えていると、わたしは知っていると言っているも同じだから……。


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update:06/10/31