恋人陰謀
(3)

「――早紀。さっきから気になっていたのだけれど、このローブ、何? お風呂に入ったわけじゃないでしょう?」
 急に真剣みを帯びた眼差しを向けてきて、しゃがみこむわたしのローブの襟元を、くいっとつかむ。
 それと同時に、わたしの腰にすっと手をまわしてきて、そのまま一気に立ち上がらされてしまった。
 襟に触れていたその手が、気づいた時には、ふわりと、わたしの頬を包んでいた。
 ぼわっと、頬に熱が帯びる。
「え? ど、どうして?」
「だって、早紀の髪、全然ぬれていないから」
「……うっ」
 触れる手で、頬にわずかにかかる髪を、さらっとすいていく。
 妙に艶かしい眼差しを向けながら。
 その目が、暗に言っているような気がしてならない。
 早紀のことなら、何でもお見通しと……。

 うう……っ。とっても嫌な予感がするわ。
 さらに、色気を帯びた熱い眼差しを、海は向けてくる。
 うううー……っ。これじゃあ、逆らえないっ。
 がくんと、今度は砕けてしまった腰を、海は瞬時に支える。
 そして、ぐいっと、その胸の中へと包まれてしまった。
「何を隠しているの?」
「そ、それは……」
 吐息がかかるほど近いそこで、ちょっと責めるように、確信めいて、ふわりとささやかれる。
 瞬間、よりにもよって、ローブをはぎとられてしまっていた。
 目にもとまらぬ早業で。
 ぱさりと、床に、はぎとられたローブが広がっていく。
「……なっ!?」
 そして、同時に、少しうろたえたような、海の驚きの声があがった。
 だってだって、そこに現れたのは……今にもすけて見えてしまいそうな、めろめろにあまいベビードールだったから。
 ……しかも、色は、淡いピンクで……。
 あたかも、誘って≠「るかのよう。……に海の目には見えているに違いない。
 あうう……。
 これは、わたしの趣味じゃないのよー!?
 それだけは、誤解しないでね!?

「やーん。だから、駄目だって言ったのにー!」
 わたしを抱いてくる海の手を、ぐいぐいとひきはなしながら、そうして非難をあびせる。
「言っていないよ」
 そのようなわたしに、妙に冷静に、的を射たその言葉が降ってきた。
「え……?」
 思わず、ぽかんと海を見上げる。
 抵抗することを忘れて。
 ……そういえば、たしかに、駄目だとは言っていなかったわ……。
 じゃなくてっ!
 慌てて、抵抗を再開させると、今度は、完全に、海の両腕に包み込まれてしまった。ぎゅっと。
「どうせ、これ、姉貴の差し金でしょう?」
 そして、どこか落ち着いて、そう告げてくる。
 一応は、疑問形で聞かれているけれど、何だかそれは、答えは求められていないようにも思えて……。
「す、するどいっ」
 思わず、素直に、そう答えてしまっていた。
 あわわっ。どうしよう。
 これが、空さんにばれた時のことを考えると……嗚呼、恐ろしい。
 わたし、一体、どんなお仕置きをされちゃうのだろう?

「それで、これで、一体、何をしようという魂胆だったのかなー?」
「あ、あの、それは……」
 どこか黒いものを感じるにっこりとした海の笑顔に、やっぱりうろたえてしまう。
 ううん。そんなことがなくたって、この状況で、うろたえないわけがない。
 だって、わたし、こんな無防備な姿で、海の腕の中に抱かれてしまっているのだから。
「さしずめ、俺がおおかみになっちゃった瞬間を見計らって、乱入して、いじめようという作戦かなー?」
「う、海……?」
 やっぱり、はらはらと恐ろしいものを感じる、さわやかすぎるくらいさわやかな微笑みで、そう告げられる。
 語尾は相変わらず疑問形だけれど、それ、絶対に、疑問なんかじゃない。しっかりきっかり肯定している。確信している。
「題して、オオカミさんが来たぞー¢蜊戦?」
 くいっと首をかしげ、にっこりと、かわいらしい笑顔を浮かべる。

 あうう……っ。
 これってば、海、とっても、お怒りですかー?
 こ、怖いよ。
 そのはりついたような笑顔が、さらに怖さをひきたてる。
 うわーん。わたし、これから、一体、どうなっちゃうのでしょう?
 海ってば、本気で怒らせると、こんなに怖かったんだ。

「そう簡単に罠にはまってやるものか」
 そうにっこりと微笑んだかと思うと、同時に、ひょいっと海に抱き上げられてしまっていた。
 お姫様だっこで。
 そして、くるりと踵を返す。
「う、海? どこへ行くの!?」
 ぎょっと目を見開き、海を凝視する。
「悪魔が絶対にこないところ」
 見つめるわたしのおでこに、ちゅっと軽い口づけを落としてきて、海は妙に黒い微笑みを浮かべた。
 ぎらりと、獲物を捕らえた鷹のように、その目が輝く。
「そこって、どこ……?」
 恐る恐る、問いかけてみる。
 なんだか、もう、頭が正常に働いてくれなくなりつつあるような気がするけれど、とりあえず、確認しなければならないことだけは確認してみる。
 確認したところで、この窮地から、逃れることはできそうにない気もするけれど……。
「父さんと母さんの部屋っ」
「う、海ーっ!?」
 すっと黒いものをひっこめて、くすくすと楽しそうに笑いだす。
 おろおろと目を白黒させるわたしになど、おかまいなしに。
 あうう……。
 知っていたけれど、海って、こんなに性格が悪かったのねっ!
 じゃなくて、怒らせると……本当に、恐ろしい。
「早紀、覚悟してね? 姉貴と一緒になって、俺を陥れようとした罪、償ってもらうから」
 そして、やっぱり、にっこりとそう微笑み、くすくすと笑う。

 う、うわーん。神様仏様、空さまー!
 この危険な海から、わたしを助けてください!
 そう、無駄だとわかっていても、助けを求めた時だった。
 遠くの方で、空さんのものに似た悲鳴が聞こえた……ような気がした。
 それは、今、あまくあまく見つめてくる海に邪魔されて、かき消されて、定かではないけれど……。
 嗚呼。これってば、つまりは……わたしには、助かる見込みがないということでしょうか?
 いつもなら、悪魔な空さんが、助けてくれるのだけれど……。
 ……海〜。一体、何をしでかしたの?
 ついに、復讐を成し遂げてしまった……ということなの?

 空さんに脅されて海をはめようとしたけれど、結局、わたしがはめられちゃったみたい。
 まあ、海ほどの腹黒い人をはめようなど、はじめから無理だったのかもしれないけれど。思っていなかったけれど。
 だって、脅されたって、最後は、わたしは、海の味方をしちゃうのだもの。
 ……はめるふりをして、はめられることを、本当は望んでしまっているもの。
 海の罠は、わたしの心をとってもあたたかくしてくれるから、嫌いじゃない。

「海、気づいているくせにー! わたしが、好きでこんなことをしているのじゃないことくらい!」
 でも、ここで諦めちゃったら、本当に終わっちゃうから、どうにかそう食い下がってみる。
 海の罠は嫌いじゃないけれど、だけど、そこまでは、まだ勇気がないから。
 胸がばくばくといっている。
 だけど、次の瞬間、それは、こっぱみじんにくだかれてしまった。
「もちろん、姉貴に脅されてとわかっているよ。だけど、こんなチャンス、逃せるはずがないじゃない」
 ほくほくと嬉しそうに、きっぱりとそう言い切る海がそこにいたから。
 わたしの顔のすぐ近くに。
 ふわりと、吐息がかかる距離に……。
 さあと、顔から血の気がひいていく。
「俺だって、たまには、姉貴の裏をかくことだってあるよ」
 そして、そんな恐ろしいことをささやきながら、海は、わたしの唇をうばっていく。
 同時に、何故だか、わたしの胸は、とろんととろけてしまった。
 だって、海は、あまく熱く、わたしを見つめているから。

 それにしても、もしかしたら、海って、いつもは、わざと、空さんに負けてあげているとか……?
 嗚呼。こんな恐ろしいこと、気づきたくもなかったわ。
 これから、とうとう、わたしは、おおかみさんに食べられちゃうのかな?
 でも、それでもいいかな。
 空さんにはめられた海じゃなければ……。
 だって、わたしも……。
 もう。本当、とんだ策士だわ。海ってば。
 そして、この世で、最もたちが悪くて、あまい陰謀。誘惑――


恋人陰謀 おわり

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update:06/10/31