恋するマリオネット
(1)

 ここは、緑に囲まれた小国。
 南の海にぽっかりと浮かぶ、小さな島。
 その島ひとつだけが、この国の領土。
 もう遠い記憶の昔から、外敵におびやかされることなく、平和に、そして独自の文化をきざんできた。
 そんな島のちょうど真ん中に、外壁いっぱいにつたがからむ、緑の古城がある。
 城を覆うように、色とりどりの花々にうめつくされて。
 その中に、ひときわ目をひく建物がある。
 透き通るように白く、どこか幻想的に輝いている。
 それを、この国の者たちは、こう呼んでいる。
 運命の神殿=B
 とうてい人の仕事では無理だと思えるほどの細工が、全面にほどこされている。
 その神殿の屋上に、二つほど、人の影が見え隠れする。
 目には見えないけれど、その雰囲気から、そこがぴりぴりとした気のようなものではりめぐらされていることがわかる。
 いわば、結界≠ニいうようなものがはられているような、そのような様子。
 誰も立ち入らせないように。
 屋上の中央に、真っ白いローブ姿の男が一人。
 そして、そこからはなれて、屋上のきわ、外壁に気だるそうにもたれながら、青年が眼下一帯に広がる花々を見下ろしている。
 手に双眼鏡のようなものを持って。
 それをのぞきながら。
「ここにいる奴らみんな、何も知らず、のんきなものだよなー……」
 誰にも聞こえないように、一人、ぽつりとそうつぶやく。
 どこか不満そうに。


 赤、青、黄色、ピンク、オレンジ、白……といった、いろとりどりの花が咲き乱れている。
 そこは、南国特有の原色の世界から、ほんのちょっぴりはなれているよう。
 それが、少し不思議。
 このような、常に夏の気候に支配された土地で、淡い色の花を見ることができるなんて。
萌歌(もか)。こっちこっち。こっちにおかしな花が咲いているわよ!」
 花の中から、顔をほころばせ、手招きする女性が一人。
 その女性は、どうもこの国の者ではないらしい。
 黒髪に黒瞳をしているから。
 この国の者のほとんどは、髪は金か茶色、またはくすんだ金色をしている。
 そして、瞳は、グリーンやブルーが主流。
 ずっと昔から、このような気候の中暮らしていれば、そこに住む人々は、自然、肌はこんがりやけた色で、髪も瞳も色素が濃くなるのが普通だろう。
 しかし、この国に住む人々は、ずっと昔からここに住んでいるわけではないので、それも別段、おかしいことではないかもしれない。
 ここへ来てからの有史は、そう古くからはない。
「もう。真央子(まおこ)。そんなにさきさき行っちゃ、小紅(こべに)さんが困るじゃない」
 手招きする真央子へと、少し困ったように萌歌が近づいていく。
 足元に広がる花々を、間違って踏んでしまわないように、細心の注意を払い。
 そのような萌歌に気づき、真央子はくすりと肩をすくめる。
 なんて萌歌らしいのか、と。
「わかっているわよ。これ以上はもう、先へ行かないから」
 花の中で立ち止まり、真央子は萌歌へとすっと手をさしのべる。
 萌歌は、その手をとりつつも、疑わしそうに、じいっと真央子を見つめる。
「どうだかね? だって、真央子。ここに来るのが夢だったでしょう? そして、ようやくそれがかなった」
 だから、その言葉、信じられない。またいつ暴走することか……。
 と、そう続けようとしたけれど、それは言葉にできなかった。
「もちろんじゃない。だって、ここの庭が公開されるなんて、何十年に一度くらいのものよ?」
 萌歌が言うよりも先に、真央子がそう言っていたから。
 目をらんらんに輝かせながら。
 よほど、夢が実現し、嬉しいらしい。
 無邪気に喜ぶ真央子を見ていると、萌歌の顔も自然にゆるんでしまう。
「……この国の次の王が、その伴侶を選ぶ祝祭の時……だけだっけ?」
 そうつぶやきながら、萌歌は、ずっと遠くの方に見える、真っ白い建物へ視線を移した。
 それは、この祝祭でいちばん重要な役割を果たす、建物。――神殿。
 そこでは、この国の運命を左右する、大切な儀式が行われようとしている。


 青く晴れ渡り、入道雲が我が物顔で空を占拠するその下。
 白亜の建物の上で、こっそりとそれは行われている。
 周知のことで、けれど、その実態を知るのは、ごく一握り。
 だから、公開されている庭を見学に来た一般人や観光客が、それを知ることはあり得ない。
 不気味な方陣のようなものが描かれたほか何もない床へ向かい、妙に真剣に、普通ではないことを口にするその男の存在など。
「我は願い奉る。王となるこの男の生涯の伴侶になるべき娘を、今すぐこの場に召喚されたし――」
 まるで奇天烈な物語のワンシーンのような、そのような言葉。台詞。
 真っ白いローブ姿の男が、真面目にそう唱えている。
 その横では、青年が一人、億劫そうに片肘をつき、もう一方の手で双眼鏡を持ち、城の庭を眺めている。
 あまりにも対照的すぎる二人。
 すぐ横で、非常識な言葉がならべられているというのに、まったくもってやる気がない。
 そのような青年に気づき、ローブ姿の男は、ぴたりと言葉をとめた。
 ……いや、気づいたというよりは、もう我慢の限界がきたといった方が正しいかもしれない。
「フィガロットさま」
 くるりと青年へと顔だけを向け、目をすわらせ、ローブ姿の男はそう言った。
 やけに刺々しい口調で。
 不必要に目がすわってもいる。
 そして、相変わらず面倒くさそうに双眼鏡で眼下を眺める、フィガロットと呼ばれた青年へと、一歩歩みを進める。
 同時に、その足元から、ぶわっと小さく砂塵が舞った。
「いい加減、こちらへきて、真面目にしてくださいよ」
 しかし、フィガロットはまったく相手にしようとしない。
 変わらず、どうでもよさそうに、面倒くさそうに口を開く。
「うるさい。適当にしていろ。どちらにしろ、好きで妻を(めと)るわけではないのだし」
 八つ当たりするかのように、そうはき捨てた。
 そして、しっしっと、まるで犬でも追い払うかのように、手を振る。
 それを受け、ローブ姿の男は、これみよがしに、盛大にため息をひとつもらした。
「……はあ、もう。じゃあ、好きにしますよ。まったく……」
 そうぶつぶつとつぶやきながら、顔をもとの場所へと戻していく。
 同時に、踏み出していた足も。
 まあ、しかし、そうぶつぶつ言いながらも、ローブ姿の男も、フィガロットの気持ちがわからないわけではない。
 いくらこの国のしきたりだといっても、このような馬鹿げた掟で、生涯の伴侶を決められたくなどない。
 しかも、たったの二十年生きただけの、まだそのように若い、遊びたい盛りの年齢で。
 しかし、それがこの国の次の王になる王の子≠ノ定められた掟なのだから、仕方がない。
 そして、この儀式は、祝祭の三日の間に行わなければならない。
 その間、それを祝い、城の庭も一般公開されている。
 だから、この場のどんよりやる気のないムードなんてそっちのけで、眼下の庭園では、人々が楽しげに笑いあっている。
 それがさらに、フィガロットのやる気を喪失させているのだろう。
 フィガロットはこんなにどろどろ気分なのに、見学に来た一般の者たちは、それを知ることなく楽しんでいる。
 まったくもって、おもしろくない。
 ローブ姿の男は、そのようなフィガロットを横目に、儀式に必要な呪文のようなものを、ぶつぶつと再開しはじめる。
 その気分が滅入る儀式の言葉を背景音楽に、ほとんど自暴自棄気味に、フィガロットは庭を眺め続ける。


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update:07/01/15