恋するマリオネット
(2)

 これはもう、フィガロットに課せられた義務だと思い、あきらめなければならない。
 そうは思うけれど、やはり、ふざけた儀式で決められた、愛してもいない女を(めと)るなど……考えただけでおぞましい。
 しかも、そのような相手と、生涯ずっとともに生きていかなければならないなんて……。
 それではまるで、生き地獄。拷問。
 王にだって、別になりたいからなるわけではない。
 第一子継承制のこの国で、王の長子として生まれてきてしまったから、なんだかもうなし崩しでそうなっているだけ。
 できるものならば、継承権を放棄したいくらい。
 ――しかし、それはまわりが許してくれない。決して。
 逃げようものなら、縄でぐるぐるの簀巻きにしてでも連れ戻され、そして次は逃げ出せないように監禁されるだろう。
 何しろ、王の子は、フィガロット一人しかいないから。
 四方全てを有刺鉄線で囲まれた檻の中へ放り込まれているようなもの。
 逃げ道など、ない。
 これではもう、やさぐれたくもなる。
 哀愁を漂わせ、そして世界の絶望のような面持ちで、フィガロットは再び視線を庭へと移していく。
 やはりそこでは、憎らしいくらいに、色とりどりの花々が咲き乱れている。
 そして、フィガロットの不幸などよそに、みんな楽しげに笑い合ってくれている。
 ――なんだかとっても、むしょうに腹が立ってくる。
 その笑い合う中に、爆弾の一つでもお見舞いしたくなる程度に。
 そんな黒い思いが、ふとフィガロットの頭をよぎった時だった。
 一点に、視線が釘付けになってしまった。
 それと同時に、叫んでいた。
「待て! ランバート!」
 それから、双眼鏡をぽいっと放り捨て、すたすたとローブ姿の男……ランバートへと歩み寄っていく。
 それに気づいたランバートは、遠慮なく不審げな眼差しをフィガロットへと送る。
 瞬間、ランバートの胸倉は、フィガロットによって乱暴につかみあげられていた。
 しかも、両手で。
 そして、ぐいっと、鬼気迫ったような顔が近づいていく。
「お前、召喚なんて高度なもの、すごく疲れるから、本当はしたくないと言っていたよな!? 外野がうるさいから仕方なくすると、愚痴っていたよな!?」
「え?」
 一気にそうまくしたてるフィガロットに、ランバートはぽけらっと首をかしげる。
 一体何を言おうとしているのか、いまいちよくわからないらしい。
 首をかしげるランバートに、フィガロットはいらだたしげに、さらに迫る。
「言っていたよな!?」
 有無を言わせぬ勢いで、にらみを入れる。
 それに、ランバートはやはり怪訝に眉を寄せつつも、何かに気づきはじめたように口の端を少し上げた。
 そして、戸惑いを装いながらも、試すように言葉をつむぐ。
「はい。たしかに言いましたけれど……?」
 口の端が、不気味ににやりと笑っている。
 しかし、進退きわまっているフィガロットが、そのような変化に気づくはずがない。
「そうだな。じゃあ、やめろ。中止だ。今すぐ中止しろ!」
 なんて、そんなむちゃなことを言う。
 何しろ、ランバートがしているその儀式といえば、フィガロットの……次の王の伴侶を選ぶ、大切な儀式なのだから。
 これをしなければ、次の王が誕生しなくなる。
 ……いや。それ以前に、この儀式が失敗したら、ランバートの首が危ない。
 危ないなんてものじゃない。間違いなく、飛ぶ。首が、ぽーんと。
 そんな危険なことを、フィガロットは言っている。
 これでは、ランバートに、死ねと言っているようなもの。
「え? しかし、これは王家のしきたりで……」
 まさしく、自分の身に危険が迫っているというのに、ランバートはどこか楽しげに、そうしてすっとぼけてみせる。
 フィガロットが何を言いたいのか、もうわかりきっているのに。
 次の王が伴侶を決める時、それを祝して城の庭が一般公開されているこの期間に、何があろうと、フィガロットの伴侶を決めなければならない。
 それは、フィガロットとて、百も承知している。
「だから、召喚したことにすればいいんだよ」
 フィガロットは、いらだたしげに、つかむ胸倉を、今度はしめあげていく。
 どうしてこの男は、そんな簡単なことに気づかないのか、というように。
 普段は、どうでもいいようなことにも、迷惑なくらい気づくのに。
 むしろ、自ら、他人の迷惑を引き起こし、楽しんでいる節すらある。
 そのような男が、フィガロットが言おうとしていることを、理解できていないはずがない。
「はあ、ですが、肝心の乙女が……」
 しかし、ランバートは、まるでフィガロットを焦らすように、変わらずとぼけ続ける。
 これでは、そろそろフィガロットの我慢も限界に達する。
「だーかーらー、召喚したことにして、あの娘を連れて来い。そうすれば、お前は疲れなくてすむし、俺は嫌な結婚を素直にできる」
 そう言い放つと同時に、ぴしっと、神殿の下、花で埋めつくされた庭を指差した。
「……は!?」
 さすがに、その展開は、ランバートも予想していなかったらしく、ぽかんと大きな口をあけた。
 いいところで、「この儀式をやめないと、この場で首を掻っ切って死んでやる」程度だと思っていたのに……。
 それを、程度≠ニ言ってしまえる辺りは、さすがランバートと言えよう。
「よし。決まりだ。行け、ランバート!」
 間髪をいれず、フィガロットの容赦ない命令が下る。
 同時に、するりと、つかんでいた胸倉から手をはなしていく。
 にらみつけるフィガロットの目には、もう決して逆らえないような光がこめられていた。
 本当に、進退きわまっているらしい。
 ――知っていたけれど。
 ランバートは、そのような自分の境遇を呪いつつ、やれやれと肩をすくめる。
「……仕方がありませんね」
 口ではそう言いつつ、目では楽しそうに微笑みながら。
 どこか、何故か、足取りかろやかに、階下へとつながる階段へと歩いていく。
 大切であるはずの儀式など、さらっと放り出して。
 描かれた方陣が、悲しげにランバートを見送っている。
 ひゅるりと、一陣の風が(くう)を切る。
 結局、ランバートは、王になる男の伴侶よりも、自分の楽しみを選んでしまったらしい。
 まあ、もとから、迷う余地などないけれど。
 何しろ、ランバートは、楽しければ何でもいいという男だから。
 そして、本当は、自分の首も、どうでもいい。
 もともと、なりたくてなった神官でもないし。
 仕えたくて、神に仕えているわけでもない。……あんな神になど……。
 ただ、神官になっていれば、何かと、自分に都合よく人を動かすことができるから、だからなっているだけ。
 そして、誰にも知られてはいけない、自らの願いをかなえるために……。
 それを、フィガロットはよく知っている。
 フィガロットが指差したそこには、花々の中、友人にからかわれる女性の姿があった。
 この国では見慣れぬ髪色と瞳色を持つ女性の姿が――


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update:07/01/15