恋するマリオネット
(3)

「もし、そこのお嬢さん」
 いくてを阻むように、ほがらかに微笑むローブ姿の男が、萌歌の目の前にいる。
 しかし、気のせいだろうと、たまたまそこにいるだけだろうと、きょろきょろとまわりを確認する。
 けれど、まわりには、これといって人の姿は見あたらない。真央子と小紅以外は。
 飲んでいた、さっき小紅に買ってもらったばかりのジュースのストローが、思わず口からぽろりとはなれる。
 まさか、こんなある種の気品を漂わせた神官に、城の中で声をかけられる覚えなどない。
 ……いや、あるわけがない。
 だって萌歌は、観光客の一人にすぎないのだから。しかも、遠い異国からの。
 ――まあ、何か粗相をしでかしてしまって、お説教をされる……というのなら理解できるけれど、そういう覚えもない。
 それに、何故だか、その話す言葉が理解できてしまっているから、不思議でならない。
 異国の言葉など、萌歌は何一つ話せないはずなのだから……。
 その証拠に、こうして、専属ガイドを一人やとっているのだし。
 運のいいことに、日本人が少ないこの国で、日本人ガイドがついてくれている。
 きょろきょろと辺りを見まわす萌歌に、目の前で微笑む神官は、駄目押しをしてくる。
「あなたですよ。きょろきょろとしている異国のお嬢さん」
 やはり、空耳だろうか?
 だって、異国の言葉が何故だかわかってしまう。
 そして、やっぱり、萌歌が声をかけられるはずがない。
 がばっと、すぐ横にいるガイドの小紅へ振り返っていた。
 そして、すがるように見つめる。
 すると小紅は、少し申し訳なさそうに微笑みながら、こくんとうなずいた。
 ――決定打。
 どうやら、本当に、萌歌らしい。
 気のせいなどでなく。意識過剰などでもなく。
 しかし、どうしても、声をかけられるその覚えはまったくない。
「……わたし……ですか?」
 おずおずと、萌歌の国の言葉でたずねてみる。
 理解できるはずはないと思いつつ。
 だってこの神官は、萌歌の国の言葉ではなく、この国の言葉を話しているのだから。
 理解はできるけれど、同時に、この国の言葉だということも確か。
「はい。あなたです」
 ――しかし、通じてしまった。
 にこりと嬉しそうに、微笑まれてしまう。
 返ってきたその言葉は、やはり異国の言葉……。
 それに、絶望がにじむ脱力感に襲われてしまう。
 ……やはり、萌歌だった。
 そして、何故だかわからないけれど、なんとなく、もうこの神官からは逃れられないような気がしてならない。
「いかがですか? 我が国最高を誇る神官が運命を占うというイベントがあるのですが、されてみませんか? もちろん、無料ですよ。この祝祭の特別イベントです。……実は、協力してくださる方を探しているのですよ」
 肩をすくめながら、ちょっぴり同情を誘うように、神官は萌歌にそう告げる。
 「あなたに断られては、わたしはまた他の人を探し、さまよわねばなりません。憐れと思うなら……」と、その目がそう脅しをかけてきているようにすら見える。
 それに、萌歌はぐっと言葉をのみこんでしまった。
 そしてまた、小紅へちらっと視線を移す。
「素晴らしいですね。最高神官に運勢をみていただけるなんて。これは、名誉なことですよ」
 と、まるで自分こそが占ってほしいとばかりに、小紅は目を輝かせてそう告げる。
 萌歌は、確かめなければよかった……と、さらにがっくりと肩を落とす。
 これでは、ますます逃げられない。
 たしかに、とてもすごいことに聞こえるけれど、だけど萌歌の中の何かが、危険信号を発しているような気がしてならない。
 この神官にかかわってはいけないといったような、そのような信号。
 それはもしかすると、本能が危険を知らせてくれているのかもしれない。
 ならば、その本能に従った方がいいだろう。
 本能は、いわば、生きるための、危険を回避するための勘だから。
 ゆっくりと口をひらこうとした時だった。
 ふいに、真央子ががっしりと萌歌の肩を抱き、迫ってきた。
「しなよ、萌歌。おもしろそうじゃない」
 小紅の通訳を聞き、目をらんらんに輝かせ、いかにもミーハーな真央子らしい言葉を告げる。
 瞬間、萌歌は気が遠くなったような気がした。
 真央子は言い出したらきかないことを、萌歌はよく知っているから。
 この旅行だって、もともとは、真央子のわがままからはじまったようなもので……。
 自由奔放すぎるこの親友には、ほとほと手をやかされているような気がする。
「え? で、でも……」
「いいから。土産話にひとつ、ね?」
 ずずいっとさらに詰め寄るから、萌歌はもう逃れることなんてできない勢い。
 軽いめまいを覚えつつ、もはや腹をくくるしかないと覚悟を決める。
「もう。真央子ってば……」
 結局、何が何かわからないうちに、そういうことになってしまった。
 それにしても、やっぱりわからないことは、どうして通訳なしに、言葉を理解できてしまっているのだろうか?
 それはまるで、脳に直接語りかけてきているようで……。
 しきりに首をかしげつつ、案内する神官の後を、真央子と小紅とともに、萌歌はついていく。
 なかば、真央子にひきずられるように。


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update:07/01/21