恋するマリオネット
(4)

 萌歌が通されたそこは、白亜に輝くあの神殿だった。
 ここはたしか、一般人は立ち入り禁止のはず。
 それなのに、この祝祭のイベントで、ここに通されるなんて……。
 どうにも腑に落ちない。
 イベントというのなら、もっと誰でも入れるような場所へ通されるはずなのに……。
 誰でも見ることができなければ、イベントの意味がないように思う。
 第一、この神殿は、今日は、特別な儀式に使われていると、先ほど小紅から聞いたばかり。
 だから、小紅も、不思議そうに、ぽかんと神殿の天井を見上げている。
 そこには、この国独自の宗教の神のレリーフが施されている。
 その神は、唯一神で、たしか、再生の神と言っていたはず。
 この国の人々は、昔から、その再生の神だけを信仰してきたという。
 やはり、その細かな仕事は、とうてい人のものとは思えない。
 神殿へ入ると、そこには、白く透けた天幕が下ろされていて、その中に二脚、真っ白な何の細工もされていない椅子が置かれていた。
 それを目にすると、萌歌の足は、怖気づいたようにいうことをきいてくれなくなった。
 やはり、萌歌の中の何かが、警鐘を鳴らしているように思えてならない。
 しかし、だからといって、ここまできて、やっぱりやめた……なんて言えそうになく、神官の招きに応じるように、真央子たちによって、萌歌はその天幕の中へと放り込まれてしまった。
 招き入れる神官は、椅子の一つに、すでに腰かけている。
 それに、萌歌は何かを悟ったように、だけど不思議そうに首をかしげる。
「この国最高の神官とは、実はわたしのことです」
 そのような萌歌に気づき、招き入れた神官は、さらりとにっこりとそう言った。
 瞬間、背後で、真央子が「ええ!?」と、素敵に驚きのリアクションをしていた。
 小紅から、ぽつりともらされた通訳を聞き。
 それに、目の前の神官は、少し気をよくしたよう。
 そして、真央子の横でこちらを見る小紅はというと、何かを納得したように、ぽんと一つ手を打っていた。
 どうやら、小紅は、この神官こそが、最高神官≠セと、今ようやく気づいたらしい。
 まったくもって、なんて間の抜けたガイドなのか……。
 思わず、そう悪態をつきたくなってしまう。
 そうと聞いていれば、何がなんでも、このようなところに、のこのこついてきたりなどしなかったのに……。
 真央子も小紅も、手放しで楽しんでいるようだけれど、萌歌はどうもそういう気にはなれない。
 先ほどからずっと、胸がざわざわとざわついている。
「それでは、何を占いましょうか?」
 どこかうかない顔の萌歌に気づいているはずなのに、神官はにこやかにそう問いかける。
 それが、なんだかとてもわざとらしく思えてならない。
「ええ……っと、じゃあ、今後の運せ――」
「ええ!? それじゃあつまらないじゃない。ここはやっぱり、乙女的には、運命の相手よ!」
 だから、そうして当たり障りのないものを占ってもらおうと思ったのに……どうやらそれは、この奔放な親友が許してくれないらしい。
 くるうりと振り返り、萌歌は恨めしげに真央子をみつめる。
「ちょ……っ。真央子ってば、他人事だと思って!」
 しかし、真央子はそんなものはさらっと無視する。
 わかっていたことだけれど。
「いいから、いいから」
 小紅と二人、手を取り合って、まさしく恋する乙女の目で、期待まんまんに萌歌を見つめる。
 ――嗚呼、やはり、どうにも逃げられそうにない。
 そんなに期待に満ち満ちた目で見つめられると。
 萌歌は、もう、半分なげやりにこう言うほかなかった。
「わ、わかったわよー。それじゃあ、わたしの運命の相手が、どういう人か占ってください」
「わかりました」
 神官が、したり顔でにやりと笑った……ような気がした。
 萌歌の顔から、さあっと血の気がひいていく。
 そんな萌歌にはかまわず、真央子と小紅が見守る中、神官はすっと萌歌の手をとった。
 そして、ふっと目を閉じる。
 それから、口の中でぶつぶつと呪文のようなものをとなえはじめた。
 これではまるで、占いというよりは、何かの儀式……それも、呪いの儀式のように思えてならない。
 それは、間違ってはいなかった。
 次の瞬間、神官はかっと目を見開き、叫んでいたから。
「こ、これは……!!」
 神官の額から、たらりと一筋、冷や汗が流れていく。
 それに、見守っていた真央子と小紅は驚きをあらわにし、天幕の中へと飛び込んだ。
「ど、どうかしたのですか!?」
 そんな真央子と小紅、さらに萌歌になんてかまわずに、神官は、驚いたように、だけど嬉々として叫んでいた。
「なんと素晴らしい! あなたは、この国の未来の王妃でしたか!」
「はあ!?」
 同時に、すっとんきょうな声があがっていた。
 しかも、三つも。
「……ちょ、ちょっと……。萌歌。この最高神官とかいうの、インチキ詐欺師じゃないの?」
「わ、わたしもそう思う……」
 まったく耳打ちになっていない耳打ちを、真央子が萌歌に入れる。
 すると当然、萌歌も、思いっきり顔をしかめて、そう答えていた。
 無理もない。
 何しろ、今神官の口からもたらされたその言葉は、とうてい信じるに値しないものだから。
 たちの悪い冗談は、やめてもらいたい。
 何も知らない異国の女性をからかって、何が楽しいのだろう。
 いくら祝祭のイベントの一つだからといっても、していいことと悪いことがある。
 よりにもよって、最高神官と騙って、こんなインチキな占いをするなんて……。
「インチキだなんて、とんでもない。この男は、紛うかたなく、王宮仕えの最高神官だよ」
 ぽんと萌歌の両肩に手がおかれたかと思うと、頭上からそんな言葉が降ってきた。
 その言葉にかたまっていると、すいっと萌歌の前に顔が現れた。
 金色のやわらかな髪がさらりと頬にかかり、青色の瞳を嬉しそうに細めたその顔が。
 しかも、吐息がかかりそうなほど、近い。
 金色の青年の肩から垂れる不思議な色合いの透けるように薄い布が、さらさらと、どこからか吹く風に流れていく。
「はじめまして。僕の未来の王妃さま」
 そして、そんなとんでもない言葉がもたらされた。
 瞬間、それまで流れていた、この国特有のゆったりとした時間が、ぴたっととまったような気がした。


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update:07/01/28