恋するマリオネット
(6)

「つまりは、そういうことですか」
「ええ。そういうことです」
 ジョルーのその言葉で、ランバートに笑顔が戻った。
 腹立たしいくらいの微笑みをたたえるランバートを、ジョルーは呆れつつも憎らしげににらみつける。
「まったく、最高神官ともあろうあなたが、まさかこのようなことに手を貸すなど……」
 ジョルーは、もう一度、盛大にため息をもらす。
 そして、今度は、ちらりとフィガロットへと視線を流す。
 すると、椅子にふんぞり返り、さきほどの蛙は、蛇をぺろりと食べちゃうマングースになっていた。
 そんな蛙が、ある意味、この神官よりも、さらに憎らしい。
 このむちゃくちゃな男たちは、よりにもよって、いちばんしてはいけないことをしでかしやがったから。
 それはつまりは、掟破りということで……。
 この国の掟を、特にその掟を破ると、神の逆鱗に触れかねないというのに――
「おや? ジョルーは、わたしを買いかぶっていたのですか?」
「いえ。まったく。全然。さっぱり。そうでしたね。あなたは、そういう方でした」
 ほとんどなげやりに、ジョルーはそうはき捨てる。
 この男たちに、何を言っても、もう無駄だと。
 もとから無駄だとはわかっていたけれど……まさか、このようなことまでぶっつぶしてくれるとは思っていなかった。さすがに。
 こうなれば、神の怒りでも何でもきやがれ、な心境になってしまう。
 裏切られたとばかり思っていたランバートのまさかの加勢に、フィガロットは隠すことなく嬉しそうにふんぞり返っている。
 そのようなフィガロットを、ランバートもまた、楽しそうに見ている。
 その二人を再度確認するようにちらりと見て、ジョルーは肩をすくめる。
 もうどうしようもないと。こうなってしまっては。
 この二人が、暴走をはじめては。
 そう……。この二人が暴走をはじめては、王ですらもとめられないのだから、よもや、ジョルーがとめられるはずもない。
「それで、どうするおつもりですか? もう王には……王宮中に、王子の伴侶が選ばれたと知れ渡っているのですよ? まさか、今さら……」
 ため息まじりに、ジョルーがそうもらした。
 すると、やはり、この悪徳神官は、にっこり微笑み、すっとぼけてみせる。
「おや? おかしいですね。ちゃんと儀式で選びましたよ? ねえ、フィガロットさま」
「ああ。当然じゃないか」
 フィガロットも、自信満々にそう答える。
 ランバート顔負けのにっこり笑顔のおまけつきで。
「……悪党どもめっ」
 ジョルーは、思わず、そうもらしていた。
 本当に、なんという悪党どもに、ジョルーはつかまってしまったのだろうか。
 この二人さえいなければ、きっと、ジョルーの神経は、これほどすり減ることはなかっただろうと思うと、本当に憎らしくてたまらない。
 それよりも……一体いつまで、ジョルーの首は、つながっていられるのだろうか?
 むしろ、いっそ、この場で、すっぱりと切られた方が楽かもしれない。
 ふっと、窓の外のすっかり暗くなった景色へと、視線をはせる。
 その時、楽しそうに微笑み合う王子と神官、そして、すっかりやさぐれてしまった側近へ、どこか怒気をはらんだつぶやきがもたらされた。
「……ねえ」
 そのつぶやきに気づき、三人が一斉に視線を向けると、そこには、むっつりと目をすわらせた萌歌がいた。
 そういえば……いたのだった。この娘が。すっかり忘れてしまっていたと、三人ともそういう目で萌歌を見つめる。
 すると、さらに萌歌のご機嫌は低下してしまった。
 案の定、自分の存在はすっかり忘れられていたのだと悟り。
「さっきから、すっきりきれいに人を無視してくれちゃって……。わかるように説明してくれない? なんだか、とてつもなく嫌な予感がするのだけれど……?」
 萌歌は、この三人の会話を聞いているうちに、あれほど感じていた恐ろしさはどこかへ吹き飛んで、気づけば、それが怒りへと変わっていた。
 すると、さらに怒りをあおるように、悪徳神官はにっこりと微笑む。
「おや? その予感、恐らくあたっていますよ?」
「ランバート!」
 即座に、フィガロットの怒声が響く。
 やはりと言おうか、この神官は誰の味方でもない。
 その言動は、常に、自分のため。自分の楽しみのためにしか働かない。
 今度は、一体、どのようなたちが悪い遊びを思いついたのやら……?
「怖いですねえ、フィガロットさま。本当のことではないですか。あなたが、一目ぼれをして、わがままなどを言い出すから……」
 まるでめっとしかるように、そして困ったように、ランバートはフィガロットを見つめる。
 すると、フィガロットは、ひくりと頬をひきつらせながら、ランバートをにらみつける。
「全部、俺のせいなのか?」
「当たり前ではないですか」
 もちろん、ランバートは、相手が誰であろうとおかまいなし、たとえ王子でも、さらりとこの扱いよう。
 かたく握られたフィガロットのこぶしが、殴る相手を探して、ぶるぶるとふるえている。
「……っ」
 しかし、やはり、仕える王子がどんなに憤っても、ランバートにはおかまいなし。
「まあ、おもしろいので、わたしは全然かまいませんが」
 そして、ついに――思いっきりわかっていたけれど――そう本音をぶちまける。
 そう。おもしろければ、たとえ掟でも、この悪徳神官は、さっくりと破ってしまう。
「……お前はっ」
 ぶるぶると憤るフィガロットなどどこ吹く風、ランバートは萌歌へふわりと視線を向ける。
 とてつもなく胡散臭いにっこり笑顔で。
「ええと……萌歌さんとおっしゃいましたか? あなたは、ずばり申しまして、この方……我が国の王子、フィガロットさまの伴侶に選ばれたのですよ」
 その明らかに嘘くさい微笑みに、むっすりと目をすわらせ、萌歌はじろりとランバートをにらみつける。
「……で?」
 そして、ぽつりとつぶやく。
「で?≠ニは……?」
 そのような萌歌に、ランバードは怪訝な表情を浮かべる。
 どうやら、ランバートの予想していた反応ではなかったらしい。
 ランバートの中では、もっと楽しい反応が返って来るだろうと期待していただけに、その落胆も大きいらしい。
 ……まったく、これがこの国の最高神官などとは……。
 たちが悪すぎる。
「それ、インチキなのでしょう? だって、さっきから儀式がどうのと言っているし。それに、わたしも、儀式で選ぶと聞いたわよ。小紅さんから」
 萌歌は、ランバートをじっとみつめ、その問いかけの答えを待つ。
 すると、ふと首をかしげた後、ランバートはけろりと言い放つ。
「小紅? ああ、あのガイドですか。――そうですね。ですから、儀式で、あなたが選ばれたのですよ」
「だから、その儀式がインチキなのでしょう? 聞いていれば、それくらいなんとなくわかるわよ。馬鹿にしないでよね」
 はんと鼻で笑うように、萌歌はそう言い捨てる。
 どうやら、もうすっかり、喧嘩を売る気でいるらしい。
 まあ、たしかに、これまでのこの三人の会話を聞いていては、腹立たしくもなるだろう。
 まったくもって、当事者の萌歌抜きで、散々好き放題言ってくれているのだから。
 そして、その会話の内容。
 その内容では、まるで――
「おや? 思いのほか、聡い方ですね」
 ほほうと感心するように、ランバートがさわやかに言い放つ。
 瞬間、萌歌の頬がぴくりとひきつる。
 やはり、この神官は、たちが悪い。腹立たしい。
「何か言った?」
「いえ、何も」
 もちろん、ランバートは、さらっとにこやかに微笑む。
 そして、すっと萌歌の前にひざまずき、両手をとり、清々しく言い切る。
「まあ、そういうわけですから、あきらめて、フィガロットさまと結婚しちゃってくださいね」


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update:07/02/11