恋するマリオネット
(7)

「おい。あきらめてとは何だ!?」
「じょ、冗談じゃないわよ!!」
 萌歌とフィガロットは、同時にそう叫んでいた。
 萌歌はランバートの手をぶんとはらいのけ、フィガロットはランバートの背にげしっと蹴りをお見舞いしつつ。
 しかし、それでも、ランバートは気持ちがいいくらい気にしない。
「おやおや。気の強い方だ。これは、将来が楽しみですね。我が国は安泰です」
 さらには、そのようなことを、楽しそうに言ってのける。
 瞬間、萌歌の目が、これ以上ないというほどすわった。
「馬鹿らしい!」
 そう言い放ち、萌歌はすっくと立ち上がる。
 そして、背にフィガロットの足型を残し、ひざまずいたままのランバートをぐいっと押しのける。
 それから、フィガロットの向こうに見える扉へと、すたすたと歩き出す。
 この男たちに、いいように扱われる気など、さらさらない。
 これでは、まるで、萌歌の意思など関係なく、この三人の都合で、王子の伴侶にされかねない。
 その辺りのことはよくはわからないけれど、どうやら、インチキをして、国民を騙して、この王子とむりやり結婚させられるということだけはわかる。
 そのようなこと、絶対に許容できない。
 何より、思い通りになると思ったら、大間違い。そこがいちばん腹立たしい。
 一体、萌歌を何だと思っているのか。
 都合のいいおもちゃではないのだから。
 思い通りに操れるマリオネットでもない。
 人を馬鹿にするのも、たいがいにしてほしい。
 ちょうど、驚いたように萌歌を見つめるフィガロットが座る椅子の横へきた時だった。
 まるで前進をはばむように、目の前にすっとジョルーが現れた。
「どちらへ行かれるおつもりですか?」
 そして、妙に冷たく、萌歌にそう問いかける。
 その態度に、萌歌はぎりっと奥歯をかみしめる。
「帰るの!」
 どんとジョルーの胸をつきとばし、さらに歩みをすすめる。
 そのような萌歌を見て、少しあきれたようにランバートがつぶやいていた。
「……帰れるわけがないのに……」
 そのような問題のある言葉を。
 そのランバートの前には、衝撃を受けたように目を見開くフィガロットがいた。
 どこか苦しそうに顔をゆがめている。
 何かを言いたそうだけれど、言葉をはきだせないといったように。
 その目は、すがるように萌歌の後ろ姿を見つめている。
 そして、萌歌の手が扉に触れようとした時だった。
 四度ほど、扉がノックされた。
「誰だ?」
 肘かけに肘をつき、フィガロットが面倒くさそうにそう問いかける。
 このようなタイミングの悪い時に、邪魔をしやがって。もしつまらないことなら、その首、即刻たたききってやるといわんばかりに。
 扉の向こうで、びくりと震えたような気配がした後、おずおずと声が発せられた。
「ギ、ギリッシュです」
 そう扉の向こうで答えると、ランバートはふむとうなずき、すっと萌歌へと歩み寄った。
 そして、扉の前で所作を奪われてしまっていた萌歌を、するりと抱き寄せる。
「ああ、ギリッシュか。入れ」
 そのランバートの振る舞いに、ぴくりと眉をゆがめながら、フィガロットが不機嫌に答える。
 ランバートのその振る舞いの理由はわかっているけれど、だけど、腹立たしく思わないことなどできない。
 いくら、開けられた扉によって、萌歌があぶない目にあう恐れがあるといっても……。それから守るためといっても……。
 しかし、ここで取り乱しては、なんだか格好が悪い。
 だから、仕方なく、眉をゆがめるだけで、我慢するほかない。
 本当は、それは、フィガロットがしたかったのに。
「失礼します」
 そう言って、扉はゆっくりと開かれた。
 そして、そこから現れた人物は、その瞬間、ぎょっと目を見開いていた。
 何しろ、すぐ目の前に現れたのは、異国の女性を抱き寄せる、この国の最高神官だったのだから。
 異国の女性は、抗うことなく、ただぼんやりとギリッシュを見ていた。
 どうやら、このとんでもない状況に、その女性もついていけていないらしい。
 意識が飛んでしまっているらしい。
「ラ、ランバートさま、例のものをお持ちしました」
 慌ててランバートから目をそらし、ギリッシュは戸惑いながらそう告げる。
 するとランバートは、何かピンとひらめいたように、にっこりと微笑む。
 それから、萌歌を抱き寄せたまま、フィガロットが座る正面の椅子へとすたすたと連れて行き、座らせる。
 萌歌はやはり、まだ思考がどこか遠くへいってしまっているのか、これといって抗うような様子はない。
 帰ると言っていたはずなのに、どうやら、すっかり失念してしまっているらしい。
 まあ、たしかに、このころころ変わる状況に、ついていける方が難しいだろう。
 本当に、この一時間にも満たない間に、状況がとてつもない方向へと動いている。
「ギリッシュ、早速だけれど、例のものを、こちらの女性へ」
「はい」
 ランバートにそう言われ、ギリッシュは慌てて駆け寄る。
 もちろん、律儀に、フィガロットにぺこりと一礼をしてから。
 それに、フィガロットは、ふんと鼻で笑って無視をする。
 そのようなフィガロットの様子に、ギリッシュは傷ついたように顔をゆがめる。
 しかし、目の前で急かすようにギリッシュを見るランバートに気づき、あたふたと萌歌の前へひざまずいた。
 そして、両手にのせた小瓶を、萌歌へと差し出す。
「こちらを……お飲みください」
「え……?」
 突然のその言葉に、萌歌は怪訝に顔をゆがめる。
 これまで、めまぐるしい状況の変化に思考をぽんと飛ばしてしまっていたけれど、さすがに、身の危険を感じるまでになると、そうもいっていられない。
 恐らく、命までは奪うようなことはないとなんとなくはわかるけれど、だからといって、それが保証されているわけでもない。
 だから、こういう場合、疑ってしまう。
 このさし出された小瓶は……もしや、毒?
 水差しを小さくしたような、細やかな細工が施されたこの透明の小瓶の中には、何かいかがわしい色をした液体が入っている。
 本当に、いかがわしくて仕方がない。どうして、この液体は、ピンク色をしているのだろうか。
 小瓶に入っている……というのが、また胡散臭さを増幅させる。
 何しろ、この小瓶が差し出されるまで、お茶が用意されるとかそういうことすらなかったのだから。
 まるで人払いをしたかのように、ギリッシュがやって来るまで、この胡散臭い男三人だけで、他の者を寄せつけようとしていなかった。


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update:07/02/18