恋するマリオネット
(10)

「やあ。とてもよくお似合いですね。我が国の民族衣装」
 南国特有のからっと晴れた朝。
 そのような清々しい朝に、この上なくおぞましい顔が、萌歌の前ににょろりと現れた。
 瞬間、たっぷりと目がすわる。
「……この詐欺師っ」
 そして、ぼそりとそうつぶやいていた。
 すると、くいーっと首をかしげたおぞましい顔――ランバートが、萌歌の顔をのぞきこむ。
「何かおっしゃいました?」
 にっこりとそう微笑みながら。
 萌歌の顔から、血の気がひいていきそうになった。
 しかし、それをぐっとこらえて、ぷいっと顔をそらす。
「わたしの服はどこへやったかと聞いているのよ。どうして、こんなものを着なきゃならないのよ!」
 そう叫び、萌歌は、ぐいっと自分の胸元辺りをつかむ。
 腹立たしいことに、朝目覚めると、たしかに昨日着ていた萌歌の服はどこかへいっていた。
 そのかわり、ベッドの横のサイドテーブルの上に、この服がおかれていた。
 ……先ほど、ランバートが、民族衣装とか言った、この無駄にひらひらとして軽い服が。
 南国特有の極彩色のものではなく、いたってシンプルな衣装。
 あわい紫色をしている。
 貝を染料に染めたその衣装。
 紫色は、この国では特別な意味を持っていると、萌歌は知らないけれど。
 これは一体何だろう?と首をかしげていると、いきなり押し入ってきたメイドたちに、今のように着飾られてしまった。
 そして、あれよあれよという間に……この微笑む悪魔の前に、放り出されてしまっていた。
「さわやかな朝ですね。このような日は、庭のテラスで朝食などされると、とても気持ちがいいですよ」
 にっこりと、この朝よりももっとさわやかに、ランバートは微笑む。
 それを見て、萌歌の頬がひくりとひきつる。
 気分は、楽しいくらいどんより曇り空。
「清々しいくらい、さっくり無視してくれたわね」
 がっくりと肩を落とし、萌歌はぽつりとつぶやいた。
 なんだかとっても、このランバートだとかいう最高神官には、勝てそうにない。
 だからといって、このまま屈服する気も、萌歌にはないけれど。
 本当に、訳がわからない。
 ……いや。訳はわかっている。
 この男たちのふざけた計画に、巻き込まれようとしていることだけは……。
 そして、それにより、萌歌の人生が、棒に振られることだけは。
 何よりも、その悪巧みの片棒など、担がされたくない。
 だってそれは、インチキだとすでにわかっていることだから。
 それに、好きでもない男と結婚などしたくない。
 本来なら、儀式とやらで選ばれた女性と王子は結婚するはずなのに、その儀式はせず、したふりだけをして、萌歌を……。
 と、そんなふざけたことを言っているのだから。
 どうして、何故、萌歌が巻き込まれなければならないのかということはわからないけれど、まあ、とりあえず、この危機的状況をどうにか脱しなければ、萌歌のこれからの人生はないということだけはわかる。
 だから、何がなんでも、この城から逃げ出して、帰国しなければならない。
 幸い、今日はもともと帰国予定の日で、飛行機の時間は夕方。
 これから逃げ出して、ホテルへ戻り、そしてそのまま日本へと――
 ……それ以前に、ここが城だということは、あっさりと失念しているけれど。
 まがりなりにも城なのだから、そうそう警備に穴があるはずがないのに……。
 人一人が抜け出せるほどの、穴が。
 しかし、この手の城は、入ることは難しいけれど、出ることは簡単かもしれない。
「まあまあ。よいではありませんか。二日続けて同じ服は着たくないでしょう? 昨夜は、手ぶらのまま泊まらせてしまいましたので、そのお詫びです。それは、わたしからのプレゼントですよ」
 ふふふと笑いながら、目線を萌歌に合わせ、ランバートはにっこりと微笑む。
 それが、萌歌には、どうにも腹立たしくて仕方がないのは、何故だろうか。
 ……それに、あれほど怯えていたはずなのに、この神官と話していると、なんだかそのようなものはどこかへ吹き飛んでしまう。
 だからといって、このまま流されることはできない。
 警戒心は、常に、ぴりぴりと持っていなければ、足をすくわれかねない。
「……詫びるところが、思い切り違うから。詫びるなら、この状きょ――」
「ああ。フィガロットさま。おはようございます。ちょうどお連れしようとしていたところですよ」
 呆れたように言う萌歌のその言葉が、途中できられてしまった。
 何かに気づいたように、萌歌の後ろを見るランバートによって。
 そして、同時に、ぐるんと振り返っていた。
 今言われたその名が名だけに。
「……そうか」
 振り向くと、ゆっくりとこちらへ歩いてくるフィガロットがいた。
 どことなく、昨日、萌歌の前でふんぞり返っていた男と同一人物とは思えないような、しおらしさがそこにはある。
 その違和感に、ランバートも気づいたのか、不思議そうに首をかしげる。
「おや? 元気がありませんね?」
 瞬間、フィガロットの目が、ずんとすわった。
 どうやら、この神官は、萌歌だけでなく、この国の人をも、不愉快にさせる性質を持ち合わせているらしい。
 ……昨日のあのやりとりで、わかっていたけれど。
「うるさい。それより、はやく朝食にするぞ。――君も、お腹がすいているだろう? 昨日は、ここへきてから、何も口にしていないだろう?」
 フィガロットは、おしげもなくランバートににらみをお見舞いすると、すいっと視線をそらし、萌歌にやわらかい笑みを落とした。
 その語気も、どこかやわらに変化させて。
「……え?」
 その変化に、萌歌は、思わず、きょとんとフィガロットを見つめてしまった。
 昨日の印象とは、あまりにも違いすぎる。
 まあ、たしかに、あの時は、いきなりあの部屋へ連れて行かれ、訳がわからないことを言われて、ただ不安と恐怖で仕方がなかった。
 ランバートに気が強いといわせる程度に、虚勢をはっていただけで。
 今は、不本意ながら、この神官のふざけっぷりのおかげで、それは幾分やわらいでいる。
「まあ、その……。昨日言っていたことはおいておいて、とりあえず、朝食にしよう?」
 どこか困ったように、フィガロットは萌歌にそう微笑みかける。
 とりあえず今は、萌歌に食事をとってもらいたいと。
 まるでそれは、萌歌を気遣っているようにすら見える。
 ……やはり、気のせいなのではない?
 萌歌は、昨日よりは、この王子が、怖いとは思えない。
 ――たしかに、お腹はすいている。
 どんなに怖くても、お腹はすくらしい。
 ただ、食べ物が無事にのどを通ってくれるかどうかは別として。
 不思議そうに、だけど疑わしそうに見つめる萌歌に、フィガロットは肩をすくめる。
「悪いとは思っているのだよ。いきなりだったから。だけど、その……話くらいは聞いてもらいたい」
「話……?」
 萌歌の眉間に、きゅっとしわがよる。
「そう。これからのことを、話そう」
 しかし、それに気づいているはずなのに、フィガロットはあえて気づかぬふりをして、やはり優しく目を細め、そう告げる。
 そこに、違和感を覚えてならない。
 印象が、どうにも、昨日のものとは違いすぎる。
「……」
 これからのこと……と言われても、萌歌の中では、結論はたった一つしかないのだけれど……。
 このまま、無事に日本へ帰ることだけ。それだけしか……。
 それ以外の選択肢など、もとより、必要ない。
 もともと、この男たちが、犯罪まがいのことをしているのだから。
 犯罪者に屈する必要など、皆無。
 どこか腑に落ちないながらも、フィガロットがさしだした手を、恐る恐る、萌歌はとってしまった。
 そして、そのままエスコートされるまま、開け放たれた扉から、テラスへとでていく。
 そこには、何人かのメイドがいて、すでに朝食の用意がされていた。
 そのような二人の後をついていきながら、ランバートは、どこか感心したようにフィガロットを見ていた。
 何しろ、あの王子にしては、なかなかに積極的にふるまっているから。
 ……恐らく、いっぱいいっぱい、精一杯なのだろう。
 どうにか、その女性に気に入られようと。
 いや、とりあえず今は、拒絶されぬようにと。
 自分たちがどれほどめちゃくちゃな、愚かなことをしているか、重々承知しているだけに。
 それでも、どれほど滑稽でも、きっとそれは、フィガロットにとっては、ゆずれないものなのだろう。
 それほど真剣になれるものが、この王子にもあったとは――


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update:07/03/17