恋するマリオネット
(12)

 フィガロットですらも、ランバートのやり方は、強引すぎると思える。
 というか、むしろ、フィガロットよりも、むちゃくちゃ。それは、間違いなく脅迫。
 フィガロットは、脅迫などではなく、ゆっくりと懐柔していこうと、昨夜決めたのに。
 口づけると同時に、ふわりとやわらいだ寝顔を見たから。
 それを見てしまったら、可能性は零パーセントではないと信じられる。
 それに、よくよく考えてみれば、さすがにこれは、あまりにも萌歌の意思を無視しすぎていると気づいた。
 だからといって、萌歌をあきらめるなどできないから、だから、たっぷり時間をかけて懐柔する。
 幸い、昨夜薬を飲ませたので、タイムリミットは、一週間先にのびた。
 そして、タイムリミットが迫っても落とせなければ、また薬を飲ませる。
 飲んでくれなければ……しこむ。
 その程度の犯罪なら、フィガロットでも、ためらわずできる。
 萌歌に嫌われないことが、少しでも好意を抱いてもらうことが、とりあえず、現時点での目標だから。
 これほど拒絶をあらわにされていては、うまくいくものもうまくいかない。
 だから、まずはそこから。
 道はまだまだ長いけれど、根気よく落としていけばいい。
 あきらめる気など、さらさらないのだから。
 いつか手に入れることができれば、とりあえず今はそれでいい。
 フィガロットはそう思っているのに、その意思を無視して、ランバートはさらに調子にのる。暴走する。
「……力ずくが嫌ならば、さっさと認めてしまいなさい」
 そのように、明らかな脅迫をはじめた。
「……なっ」
 それに口をはさもうとするけれど、フィガロットにはどうにもわってはいるタイミングがつかめない。
 萌歌は、とてもにくらしそうにランバートをにらみつけている。
 無理もない。
 ただでさえむちゃくちゃな上に、ランバートはさらにむちゃくちゃなことを言っているのだから。
「あなたを従わせるなど、簡単なのですよ? そう……既成事実を作ってしまえば、もう絶対に逃げられません」
「な、な、なーっ!? さいってい!!」
 もちろん、瞬間、そのような罵声をあびせられていた。
 真っ赤に顔を染めた萌歌から。
 ――嗚呼……。とうとう言ってしまいやがった。
 よりにもよって、そのような脅しはあるか。
 き、既成事実などと、そのようなとんでもないこと……。
 さすがに、フィガロットにも、それだけはできない。
 傷つけることは、もとより、望んでいない。考えていない。
「……まあ、フィガロットさまには、そのような甲斐性はありませんから、安心してください」
 かちんっ。
 さすがに、そこには切れずにはいられない。
 フィガロットには、甲斐性がないだと!?
 ふざけるな。甲斐性なら、たっぷりとある。
 しようと思えば、そんなこと、簡単にできる。
 そして、もっとも楽な方法だろう。
 ただ、そういう手段をもって傷つけたくないから、だから……。
「おい! ランバ――」
「ふざけないでよね! これって犯罪よ!!」
 フィガロットもさすがに黙っていられず、ランバートをしかりつけようとしたけれど、それはさえぎられた。
 目の前では、ふるふると体全部をふるわせ憤る萌歌が、目に涙をため、ランバートをこの上なく憎らしくにらみつけている。
 それを見て、フィガロットの胸はぎゅっとしめつけられた。
 同時に、絶望に似た衝撃が、怒濤のように押し寄せてくる。
 これでは、どんなにフィガロットが努力したって、ランバートに全部ぶち壊される。
 おもしろければ、たとえ掟だろうがしきたりだろうが、あっさりと無視してしまうランバートだから、きっと、こうして萌歌を追い込んで、楽しんでいるのだろう。
 たしかに、萌歌を手に入れる協力はあおいだけれど、このようなことは望んでいない。
 萌歌を傷つけるようなことは。怯えさせるようなことは。
「帰る!!」
 ランバートをにらんでいたかと思うと、今度はくるりと踵を返し、萌歌はそう叫んでいた。
「帰れませんよ」 
 それにすら、ランバートはさらに怒りをあおぐようなことを、さらりと言い切る。
 妙に得心したように、まるで当たり前のように。
 もちろん、フィガロットにも、このまま帰す気などないけれど、だからといって、これ以上怒りをあおがれては、たまったものではない。
「おい、待て。ランバート。お前はさっきからやりすぎだ!」
 がたんと椅子から立ち上がり、フィガロットはランバートへと歩いていく。
 さすがに、このまま黙って見ているわけにいかない。
 このまま、これ以上、萌歌を傷つけつさせるわけにいかない。
 怒りと同時に、怯えを感じるから、今の萌歌には。
 いや、今だけではなく、はじめから、萌歌は怯えている。
 怯えつつも、必死に強がっていることもわかっている。
 ここにいる、萌歌を手に入れようとする男たちと対峙するために。
 それでは、気がもたないとわかっているから、だから、少しでもそれをやわらげようと、フィガロットはこんなに心をくだいているというのに……。
「おや? これを望んだのは、あなたですよ。フィガロットさま」
 とめに入るフィガロットに、ランバートは、さらっとそういたいところをつく。
「う……っ」 
 たしかに、はじめにこれを望んだのは、フィガロット。
 やる気なく挑んだ儀式の最中、手持ち無沙汰にのぞいていた双眼鏡のそのレンズの向こうに、萌歌を見つけてしまった。
 見つけて、見とれて、見入って、そして、気づいた。
 一瞬にして、その女性に心奪われてしまったことに。
 だから、それまでどうでもいいと思っていたその儀式でさえも、結婚でさえも、どうでもよくはなくなってしまった。
 きっと、これを逃しては、一生後悔すると思い。
 国のためになら、操り人形にでもなろうと思っていたけれど……無理。気づいてしまっては。
 それは、フィガロットにはじめてできた、ゆずれないもの。
 一瞬で、そんなに簡単に、ゆずれないものができるものだろうかと人は言うだろうけれど、できてしまったものは仕方がない。
 それが、フィガロットの事実なのだから。
 誰に何と言われようと、フィガロットにおいては、それが真実。
 この点においてだけは、操り人形になれない。
「それに、本当のことではありませんか。儀式で選ばれた∴ネ上、それを覆すことは、何人たりとも許されません」
 ランバートのその言葉に、フィガロットは、びりっと唇をかみしめる。
 ――そう。それは、フィガロット自身が、誰よりもいちばんに望んだこと。
 一目ぼれしたその女性を手に入れるために仕組んだ、インチキ。カラクリ。
 それに、ランバートものってくれた。ジョルーまでも巻き込んで。
 だから、フィガロットには、その点においては、誰も非難できない。
 非難されるべきは、フィガロット自身だから。
 しかし、大人しく、非難されておくつもりもない。
 ……萌歌以外からは。
 それにしても、こうまで思えてしまう、こうまで抗い難い感情にさいなまれるなど、いまだ、フィガロット自身にも信じがたいものがある。
 恋とは、こういうものなのだろうか?


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update:07/04/08