恋するマリオネット
(13)

 一人もんもんと思い悩んでいると、その横を、萌歌がすっと通り過ぎていく。
 それにはっと我に返り、フィガロットはがばりと振り返る。
 そして、萌歌をとめようと腕をのばそうとするけれど、どうにも腕はいうことをきいてくれなかった。
 それは、どこかでまだ、迷っているからだろうか?
 このままこの茶番を続ければ、萌歌を不幸にすると。
 襲い来る罪悪感が、フィガロットの腕をにぶらせる。
 苦しげに、萌歌の背を見つめた時だった。
 この陽光がさす清々しい朝の庭に、青空を突き抜けるような銃声がとどろいた。
 瞬間、萌歌は膝を折るようにして、その場にがくんと倒れこんだ。
 フィガロットは、目を見開く。
 同時に、その顔からは、色が失われていた。
 ランバートもまた、驚いたように目を見開いている。
 すぐに萌歌のもとへ行きたいと思うのに、まるでそこに根がはったように、フィガロットの足は動いてくれない。
 ――もどかしいっ。
「う……っ」
 倒れこんだ萌歌は、苦しそうに左足のふくらはぎ辺りを両手で抱いていた。
 その手、指の間からは、にじみでる赤いもの。
 その赤が、緑の絨毯に、ぽたりぽたりと、染みをつくっていく。
 それを目にしたフィガロットの中で、何かがぷつりと音を立てて切れた。
「ジョルー! お前、一体何をする!!」
 そう叫ぶと同時に、だあんという音が響いた。
 はあはあと荒い息をするフィガロットの足元には、妙に冷めた目をしたジョルーが倒れていた。
 そして、倒れたジョルーの手には、煙をはくひとつの銃が握られていた。
 それをみとめた瞬間、フィガロットの右足が、すっと持ち上げられた。
 その地面に転がる銃を持つ手へと向けて、振り下ろされる。
 それに気づいたジョルーは、思わずぎゅっと目をつむった。
 同時に、だんというにぶい音が、再びこの庭に響き渡る。
「……かすっただけです。……フィガロットさま、あのままでは、その娘に逃げられているところでしたよ?」
 どこかかすれた声で、ジョルーは静かにそう告げる。
 激痛を感じるはずだったその手に持つ銃を、すっと懐にしまいながら。
 地面から手をはなす時、さわりと、ぶるぶる震える踏みつけられたフィガロットの足に触れた。
 その足は、ジョルーの右手からわずかにずれた床を、踏みつけていた。
 恐らく、あの瞬間は、本気だっただろう。
 本気で、ジョルーの手を砕くつもりだっただろう。
 何しろ、ジョルーの額から、これほど冷や汗が流れているのだから。
 冷や汗がでるほどの形相を、あの時のフィガロットはしていた。
 目は、恐ろしく鈍い光を発していた。
 その憎しみがこもった目で、ジョルーをにらみつけている。
 痛む左頬にすっとふれながら、ジョルーはすいっと立ち上がる。
 ちょうど目線の位置にきたフィガロットは、血がでてしまいそうなほどきつく、唇を噛んでいた。
 それに、ジョルーはきゅっと顔をゆがめる。
「それよりも、早く止血をしましょう」
 両手をきつくにぎりしめ、ふるふるとふるえるフィガロットの肩をぽんとたたき、ランバートが萌歌へと歩み寄っていく。
 すれ違い様、「やりすぎです」と、非難するような視線をジョルーへと向けて。
 同時に、ジョルーは顔をゆがめ、ぎりっと奥歯をかみしめた。
 その顔は、そのようなことはわかっている。しかし、こうすることがこの場合、最善だった。
 そして、フィガロットに手を砕かれる覚悟もあった。
 それを覚悟して、このような凶行にでたのだから……。
 と、まるでそう告げているようだった。
「萌歌さん。大丈夫ですよ。すぐに止血をしますので……」
 萌歌のもとまできたランバートが、静かにそう語りかける。
 しかし、同時に、萌歌はびくびくと体を震わせ、左足を抱いたまま、ずりずりとランバートから遠ざかろうとする。
 ランバートを見るその目は、すっかり怯えきっている。
 先ほどまでの威勢のよさがまるで嘘のように。
 ……無理もない。
 どんなに強がっていたところで、友人と引き離され、無理やりここへとつれてこられて、不安を抱いていたことくらい、わかっていた。不安を覚えないわけがない。
 ただでさえ、いきなり王妃云々と言われ、怖かっただろうに、追い討ちとばかりに、このような仕打ち。
 これでは、怯えられても……憎まれても仕方がない。
 どうにもそれ以上触れることができなくて、ランバートは、のばしていた腕を、思わずすっとひいてしまった。
 すると、その横から、入れ違うように、萌歌へとすっと腕がのびていく。
「フィガロットさま……?」
 その腕の持ち主を見て、ランバートは思わずそうつぶやいていた。
 しかし、フィガロットはそれを無視して、さらに萌歌へと腕をのばしていく。
 同時に、萌歌もふるえる体で、必死にその腕から逃れようともがく。
「いや、触らないで!!」
 フィガロットの手が、萌歌に触れようとした時だった。
 大きく体をふるわせ、萌歌が叫んだ。
 それに弾かれるように、のばしていたフィガロットの腕も、すいっとひかれる。
「大丈夫ですよ。フィガロットさまは、あなたの手当てをされるだけです」
 それに気づいたランバートが、優しくそう語りかける。
 これまで散々ふざけて楽しんでいたようなその目は、そこにはなかった。
 しかし、それでも、萌歌は、弾がかすり焼けるように痛いであろうその足をかばい、必死に逃れようとする。
 涙が流れる目を、恐怖と怒りにそめて。
「……フィガロットさま。これでは、無理ですね。完全に我々を警戒しています」
 とうとう、困り果てたように、ランバートがそうつぶやいた。
 すると、フィガロットは、ふうっとため息をひとつ吐き出す。
「では、仕方がない。力ずくで……」
 そう言うと、にじりにじりと逃げようとする萌歌を無理やり抱き寄せた。
 そして、そのまますっと立ち上がる。
 それに気づいたランバートが、慌てて進路をゆずる。
「宮廷医を呼んでこい」
 そう言い置いて、フィガロットはテラスから城の中へすっと入っていく。
「……はい」
 腕の中で抵抗を試みる萌歌を抱き、廊下の向こうへと消えていくフィガロットへ、ランバートは静かに答える。
 そして、次の瞬間、くりんと首をまわし、無表情でたたずむジョルーへと顔を向けた。
 どこか険しい、だけど困ったような表情を浮かべ。
「……あなたも無茶なことをしますね。もともと警戒されていたのに、これで完全に我々は敵とみなされましたよ?」
 ジョルーもまた、ゆっくりとランバートへと顔を向けていく。
「……しかし、逃げられては困るので。それに、命に別状はありません。あの程度なら、傷も残らないでしょう」
 そして、たわいないとばかりに、けろりとそう言い切る。
 それから、ゆっくりとランバートへと歩いていく。
「あのね、そういう問題ではなく……」
 ランバートは、すぐ横までやってきたジョルーの腕をつかみ、ひきとめる。
 それに、ジョルーは非難するような眼差しをランバートへと向ける。
 しかし、それはすぐにおさめられ、ふうとひとつ吐息をはきだした。
 そして、すいっと視線をそらす。
「逃げられない間、傷が治るまでの間……これで、時間に猶予ができましたでしょう? あとは、フィガロットさま次第です」
 複雑そうに、切なそうに微笑み、静かにそう告げる。
「ジョルー……。あなたという人は。どうしてそう、不器用なのでしょうねえ」
 そのようなジョルーに、困ったようにランバートは肩をすくめる。
 どうやら、ランバートには、ジョルーが本当は何をしたかったのか、本心が、わかってしまったらしい。
「放っておいてください」
 だから、ジョルーも、すげなくそう返す。
 腕をつかむ手を、ぶんとふりはらう。
 本当に、なんと不器用なのだろうか。
 それではまるで、フィガロットのためになることならば、自分が悪者になってもかまわないと言っているようなもの。
 まあ、しかし、ジョルーなら、当たり前のようにそう思っているに違いない。
 普段、散々ふりまわされているように見えるけれど、それは違うから。
 そして、散々、王子へ説教をしているように見えるけれど、それも違うから。
 フィガロットとジョルーの関係は、そのようなところにはないから。
 ジョルーがフィガロットへ寄せる信頼は、忠誠は、その程度ではないから。
「やれやれ……。それじゃあ、あの王子には伝わりませんよ。ああ見えて、誰よりもまっすぐで純粋なのですから。そして、それがため、鈍い」
 ふうっと呆れたようなあてつけがましいため息をもらし、ランバートは開けられたテラスへつづく扉に背をもたれかける。
 そして、そこから、困ったような笑みをジョルーへ向ける。
 本来は、あの娘を認めてなどいないはずなのに、ならばどうしてこのようなことをしたのか……?
 そう見られるだろうが、それは、本当ではない。
 あの時、フィガロットが本気だとわかったから、だからジョルーも……。
 あの娘が、儀式で選ばれたとか選ばれなかったとか、そういうものは、本当はどうでもいい。もとからどうでもいい。
 ジョルーが最も大切にしていることは――
「それくらい、わたしがいちばんよく知っています。フィガロットさまがお幸せなら、わたしはそれでいいのです」
 ついっとランバートから顔をそむけ、ジョルーは一歩歩みをすすめる。
 どんなに口うるさくしても、どんなにやっかいな王子だと思っても、結局は、ジョルーは、あの王子が嫌いではないから。
 むしろ、あの王子でなければ、仕える気などない。
 たとえ、嫌われても、憎まれても、主さえ幸せならば、主の幸せのためならば、ジョルーはきっとどんなことでもしてしまうだろう。
 主のためになることならば、どのような汚いことにも手を染める覚悟がある。
 ……そう。たとえ、人殺しでも辞さない。
 そのような自信が、ジョルーにはある。
 そして、それだけの価値が、あの王子にはある。
「たとえ、一人の女性の自由を奪っても、不幸にしても?」
 内なるジョルーの真面目すぎるために融通がきかないその忠誠に気づいてしまったのか、険しい顔でランバートは問いかける。
 すると、ジョルーは、ゆらぐことのない瞳で、きっぱりと言い切る。
「ええ。不幸にしても」
「……悪魔だね」
 すっと扉から背をはなし、ランバートは肩をすくめる。
 そして、廊下の向こうへと消えていく。
 それを、ジョルーはどこか苦しそうに見つめていた。
 何かを言いたそうに。何かを訴えたそうに。
 恐らく、操り人形を演じるあの王子の幸せを、思いを、最も大切にしているのは、ジョルーだろう。
 そう、ジョルーは信じている。


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update:07/04/18