恋するマリオネット
(15)

 ぱたんとクローゼットの扉を開き、そこから、ギリッシュはきれいにたたまれたストールをとりだす。
 淡いピンクの、向こうが透けて見える、さらさらのストール。
 もともと、この部屋は、儀式によって現れた女性のために用意されていた部屋なので、そのようなものが置かれていても、何ら不思議はない。
 ギリッシュはそれを手にしたまま、クローゼットの扉をしめ、ゆっくりとフィガロットへと歩いていく。
 どこか困ったように微笑みながら。
 それにしても、まさか、この王子が、ここまで人を思いやれるとは、ギリッシュは思っていなかった。
 たしかに、理想通りの王子だけれど、その目の奥に、いつも冷たいものを感じていたから。
 人並みに、あたたかみというものがあったらしい。
 そして、人の痛みがわかる……。
 ちゃんと、人間らしい部分も、優しさも、備わっていたらしい。
 ただ、そのことに、ギリッシュが気づけないだけで。
 なんだか、わかったような気がする。
 あの神官が、あの側近が、こうもこの王子を大切にするその理由が。
 恐らく、この王子の優しさは、紙一重なのだろう。
 一歩間違えば、人の心を切り刻む鋭利な刃物になってしまう、そのように危うい優しさなのだろう。
 フィガロットのもとまで歩いていくと、ギリッシュはストールを多少強引に手渡した。
 フィガロットは、隠すことなく不審げにギリッシュを見ながらも、素直にそれを受け取る。
 ギリッシュがにっこりと微笑むと、瞬間、フィガロットは何かに気づいたように、ばつが悪そうに舌打ちした。
 それから、ゆっくりと、萌歌のもとまで歩いていく。
 そして、そのまま、怯える萌歌の肩へ、そっとそれをかける。
 そのようなフィガロットを、萌歌は、怯える目で、不思議そうに見つめている。
 ギリッシュは、やはり複雑に微笑みながら、その様子を見ていた。
 その時だった。
 ちょうど後ろの扉が、ノックされた。
 それと同時に、誰何の声を待たず、当たり前のように扉が開かれた。
「失礼しますよ」
 間一髪、間に合わず、開かれた扉によって、ギリッシュはばしんと攻撃を受けていた。
 どしゃっと、その場へ前のめりに倒れこむ。
 すると、ちょうど扉をあけて入ってきたランバートは、床に突っ伏すギリッシュを、まるで馬鹿にするように、蔑むようにちらっと見て、そのまま無視をする。
 何事もなかったように、ギリッシュなど、取るに足らないとばかりに。
「何の用だ?」
 もちろん、そのようなかいわそうなギリッシュにあわれみの欠片すらくれることなく、フィガロットは冷たく言い放つ。
「まあまあ、フィガロットさま。落ち着いてください。――朗報ですよ。お披露目は流れました」
「は!?」
 萌歌の座る椅子の背に両手をおき、フィガロットは思い切りすっとんきょうな声を上げる。
 そして、ぎょっと、入ってきたばかりのランバートを見つめる。
 ……いや、まあ、たしかに、それはある意味、朗報であることはあるけれど……。
 だからといって、一度言い出したお披露目が、そう簡単に流れるなど思えない。
 何しろ、相手は、あの頑固じじいの重臣たちなのだから。 
 誰よりも、次の王の伴侶となる娘を、楽しみに待っていたはず。
 それが、この一時間と満たない短時間で、流れてしまう……?
「肝心の姫君が怪我をしてしまったのですから、それを理由にねじ伏せてきましたよ。怪我が治るまで、大人しくしていなさいと」
 驚きの色を見せるフィガロットに、ランバートは肩をすくめてみせる。
 だけど、その目は、あきらかに楽しんでいる。
 瞬間、フィガロットとギリッシュの顔が、いびつにゆがんだ。
 やはり、この神官はやってくれたと。
 たしかに、このままお披露目などをすれば、この神官の楽しみが減ってしまう。
 結局は、そこにつきる。
「……嗚呼。もう、お前は……っ」
 がくんと体から力がぬけ、フィガロットはそのまま椅子の背に額をこつんとうちつけた。
「それはそうと、萌歌さんは……?」
 そのようなフィガロットなどさらっと無視して、ランバートは、すたすたと歩み寄っていく。
 それに、萌歌は、先ほどフィガロットにかけてもらったストールに顔をうずめるようにして、警戒をあらわにする。
 その反応は、当たり前だろう。
 フィガロットやギリッシュならまだしも、この神官は、ジョルーのように怪我を負わせてはいないが、同じようなことをしたと言っても過言ではない。
 その減らない口で、ちくちくじわじわと、萌歌を追い込んでいっていたのだから。
 もう逃げられないと。この国の未来の王妃から。
「ああ。とりあえず、応急処置は終わった。宮廷医は呼んでいるのだろうな?」
 額をぶつけていた椅子の背から顔をあげ、フィガロットは、ぎろりと目の前までやってきたランバートをにらみつける。
 それと同時に、すっと、萌歌とランバートの間に、自らをすべりこませた。
 萌歌のすぐ目の前には、フィガロットの背がある。
 まるで、ランバートから萌歌を守るように。
 その背を見て、萌歌は、さらにきゅっとストールに顔をうずめる。
 だけど、その目は、フィガロットの背からそらされることはない。
「もちろんですよ。こちらへ来るまでに呼ばせておきました」
「そうか……」
 ほっと、胸を撫で下ろすように、フィガロットは肩を下げる。


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update:07/05/08