恋するマリオネット
(16)

「それにしても、ギリッシュに手当てをさせたのですか?」
 多少非難するようにフィガロットを見ながら、ランバートはすぐ横にあった椅子をすっと引く。
 すると、そこへ、フィガロットが当たり前のように腰をおろす。
「悪いか?」
 ちょうど、萌歌と隣り合うようにして椅子に座るフィガロットが、まるで喧嘩を売るようにランバートをにらみつける。
 さすがに、フィガロットでさえも警戒しているのだろう。
 フィガロットのためだとわかっているけれど、それでも、ランバートは萌歌にひどいことばかりを言っている。
 フィガロットとしては、これ以上、萌歌を傷つけるような、怯えさせるようなことは言ってほしくない。
 フィガロットはフィガロットのやり方で、ゆっくりと懐柔していこうと決めているのだから。
 ことを急いては、仕損じる。
「……いえ。まあ、悪くはありませんが……彼は、医者ではなく、薬師(くすし)ですよ?」
「それがどうした」
 はき捨てるように、フィガロットはあっさりとそう言い放つ。
 もちろん、椅子にふんぞりかえり、不遜に両腕を組んで。
 それはまるで、これ以上、ランバートとは話したくないと言っているようでもあって……。
 どうやら、萌歌の一件では、ランバートは、フィガロットの敵とみなされつつあるらしい。信用はがた落ち。――まあ、もとから、そのようなものは、これっぽっちもないけれど。
 それまでは、一緒になっていたずらをする、いい仲間だったはずなのに。
 まあ、それはそれで仕方がないと、さっくりと受け入れてしまえるのが、この神官だけれど。
 ……何しろ、そのような態度をとられることをわかっていて、あえてこのように振る舞っているのだから。
「うわっ。さすがはフィガロットさま。横暴ですねー」
「ふんっ」
 くすくすと楽しそうに、ランバートはそう言ってのける。
 相手は、自分が仕えるこの国の王子なのに。
 もちろん、フィガロットは、おもしろくなさそうに、ランバートから顔をそむける。
「さて……と……」
 ランバートが、ちらっと萌歌に視線を移した。
 その瞬間、萌歌の体は、明らかに警戒の色を見せる。
 微苦笑を浮かべ、ランバートは萌歌に歩み寄ろうとする。
 同時に、それを阻むように、ランバートの腕はフィガロットに握られていた。
 一瞬、ランバートの顔が、おもしろくなくゆがむ。
「そう怖がらないでください。わたしは……わたしたちは、あなたに危害を加えるつもりはありませんので」
 するりと、ランバートはつかむフィガロットの手から腕を抜き取る。
 それと同時に、がたんと音を鳴らせ、萌歌が立ち上がっていた。
 そして、痛む足をかばいながら、じりじりと後退していこうとする。
 その様子を見て、ランバートはふうっと細い息を吐き出した。
 萌歌の足が、一歩後ろへとすすむ。
 瞬間、がくんと、倒れこみそうになる。
 それに気づいたランバートが、とっさに萌歌を支えた。
 そのすぐ横には、のばされたフィガロットの腕が見えた。
 けれど、それはすぐに、悔しそうに引き戻された。
 その様子を、ランバートは意味ありげに横目で見ている。
「……フィガロットさま……。これでは、どうにもならないかと思われます。――儀式のことはうかがいましたが……いかがでしょう? 何も知らない、しかも、このように怯えてしまっている女性に、これ以上の無理強いは……。ここは諦めて……」
 おずおずと、ためらいがちに、ギリッシュがそのようなことを言った。
 一瞬、驚いたように目を見開いたけれど、すっと目をそらし、フィガロットは何も語ろうとはしない。
 悔しそうに、苦しそうに、床に視線を落とす。
「……」
 どうやら、フィガロットはフィガロットなりに、思うところができてしまったらしい。
 気づきたくないことに気づいてしまったらしい。
 ギリッシュのその進言により。
「それは不可能です。一度儀式で選ばれた娘は、何があろうと、王子の妃になっていただきます」
 そこへ、いきなり扉を開き、そう言ってジョルーが現れた。
 ばっと振り返り、ギリッシュはジョルーを見つめる。
「ジョ、ジョルーさま……!」
 蒼白になり、まるでジョルーを責めるように叫ぶ。
 それから、ばっと駆けだし、萌歌のもとまで走りよった。
 そして、まるでジョルーから萌歌を守るように、その前にたちはだかる。
 ギリッシュは、萌歌のこの傷がジョルーによるものだと知っているから、これ以上、危害を加えられないようにと、瞬時にそう行動したらしい。
 そのギリッシュに、フィガロットもランバートもジョルーも、そして萌歌さえも驚きの色を見せている。
 萌歌は、ランバートの腕に支えられながら、椅子へと再び座らされていく。
 萌歌の前には、やはり守るようにギリッシュがやってくる。
 すると、そのようなギリッシュに、おずおずとのばされる手があった。
 そして、それは、そっと、ギリッシュの服のそでをつかんでいた。
 それに気づき、誰もが注目する。
「え……?」
 自らの服のそでをにぎるその手の持ち主に気づき、ギリッシュは明らかな戸惑いの色を見せる。
 何しろ、それは、あってはならないことだから。
 これが、握られているのがフィガロットならば、それは大歓迎するところだけれど。
 だって、今、ギリッシュの服のそでを握るその手は……儀式で選ばれた、未来の王妃のもの。
 フィガロットなどは、明らかに衝撃を受けたように、そこを、その手を注視している。
 そのような事態に、ランバートは慌てることなく、むしろ、「ほほう。そうきましたか」と、感心するように、おもしろそうに、この後の成り行きを観察しはじめてしまった。
 しかし、まわりのそのような驚きを気にするふうもなく、萌歌はうつむき、ぽつりとつぶやく。
 ぎゅうと、ギリッシュの服のそでをつかんだまま。
「帰りたい……」
 それはまるで、ギリッシュに哀願するように見えた。
 そして、唯一、この中で、ギリッシュだけを、萌歌は受け入れたようにも見えていた。
 瞬間、フィガロットはだんと椅子を蹴散らし、扉へを歩き出す。
 そして、扉までくると、すぐ横の壁をばんと打ちつけ、そのまま部屋を出て行ってしまった。
 その後を、ジョルーが慌てて追いかけていく。
 ランバートは、変わらずそこにとどまり、にやにやと笑い続けている。
 ギリッシュは、何が何やらわからず、ただ狼狽するのみ。
 萌歌の手を、自らのそでにつけたまま。
 一体、何がどのようになって、このような事態になってしまったのだろうか。
 ランバートとジョルーがやってくるまで、この部屋の空気は、ここまで悪くはなかったはずなのに。


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update:07/05/18