恋するマリオネット
(17)

 空は、茜色にそまりはじめている。
 萌歌がこの城にとらわれて、二度目の夜がやってこようとしている。
 たったの二日間で、萌歌の人生はぶち壊され、幸せが奪われたような気がする。
 あの平凡な日常は、もう戻ってはこないのだろうか。
 一体、何がどうなって、このような事態になってしまっているのか、まだ理解ができない。
 ただわかることは、萌歌は、今までに感じたことがないほど、恐怖を感じているというだけ。
 告げられたあのことから、危害を加えられることはないだろうと思っていたのに、それは裏切られ、このように、足に傷を負わされてしまっている。
 それで、気づいたこと。
 これは、本当に、力ずくで、それこそ、多少の怪我は許容の範囲とばかりに、どのようなことをしても、この国にとどめられることになるかもしれない。
 それこそ、萌歌の意思など無視して、あの王子と……?
 儀式とは、一体どのようなものか詳しくはわからないけれど、その儀式を無視してまで、どうしてこうも萌歌にこだわる必要があるのだろうか。
 この国にも、他に、もっと美しくて教養があり、それこそ、王妃にふさわしい女性がたくさんいるだろうに。
 一体、何がよくて、あの王子は、萌歌を妃にと望む……?
 たしか、あのくさった神官は、王子は一目ぼれをして……とか言っていたけれど、だけど、あの占いの時が、王子と会ったはじめての時で……。
 ――わからない。
 あの王子も。
 ほんの少し優しさを感じたかと思えば、あのように、乱暴にどこかへいってしまったりして。
 はじめから、あの王子には、違和感を覚えていた。
 その違和感の正体はわからないけれど……。
 どうして、ここまでして、萌歌をとどめたがる?
 儀式が大切だということはなんとなくわかったけれど、ならば、儀式で選ばれていない萌歌を、ここまでしばっておく必要もないだろうに……。
 それ以前に、これは、その大切な儀式を愚弄しているのでは?
 赤い赤い光が窓の外から差し込んでくるその部屋で、景色をながめながら、萌歌は、ぼんやりとそのようなことを考えていた。
 弾がかすった足は、相変わらず痛い。
 痛み止めの薬を飲んだけれど、変わらず痛い。
 どうして、この足は、こんなにずきずきと痛むのだろうか。うずくのだろうか。
 ぽろりと……萌歌の目から、涙の粒が流れ落ちた。
 どんなに強がっても、虚勢をはってみても、怖いもは怖い。不安で仕方がない。
 この先が、見えなくなってくる。


 そのような萌歌と時を同じくして、背に断崖を持つ建物の一室に、件の男たちがいた。
 両肘をテーブルにつき、組んだ手の上に顔をのせて、重苦しそうに、先ほどから一点だけを見つめるフィガロット。
 その横には、アルコールが注がれたグラスがあるけれど、それにはまったく口をつけていないらしい。
「どうやら、萌歌さんは、ギリッシュは認めたようですね?」
 そのようなフィガロットに、ランバートが容赦なくそう言い放つ。
 開けられた窓から、眼下に広がる赤くそまった青い海を眺めながら。
 時折、風に吹かれたカーテンがランバートへとまとわりつき、それを邪魔そうにはらいのける。
 そのようなランバートのひとりごとのような言葉を、フィガロットとジョルーは静かに聞いている。
「しかし、困りましたね……」
「……わたしが悪いとでも? しかし、ああでもしないと、本当に逃げられますよ? これで、しばらくは安心でしょう? 何しろ、歩けないのですから」
 ランバートのその言葉にむっとしたように、ジョルーが刺々しくそう言い放つ。
 瞬間、フィガロットのきっとしたにらみが入るものの、それはすぐにそらされた。
 どうやら、とりあえずは、ジョルーはお役ごめんにはならなかったらしい。
 目の前に置かれたアルコールのグラスを、フィガロットはじっと見つめる。
 とても苦しそうに顔をゆがめ。
 ジョルーは、まるで開き直ったかのように、ふてくされたような顔をして、フィガロットのすぐ後ろに控えている。
 そのような二人を、ランバートは、複雑そうに見つめていた。
 くすり……と、舞いこんでくる風にとけこませるように小さく声をもらして。
 一体、これから、どのようになるのだろうか。
 このままでは、らちがあかないことはわかっている。
 そして、好転も望めない。
 まずは、かたくなにとざされてしまった萌歌の心を、ひらくところからはじめなければならないけれど……果たして、うまくいくものだろうか?
 この二日間で気づいたけれど、あの女性は、ランバートたちが思っていた以上に、意思が強いのかもしれない。
 どうにかして、せめて、フィガロットにだけでも、心をひらいて欲しい。ひらいてもらわねば困る。
 すべてをあきらめ操り人形を演じるこの王子が、ただ一度言った、わがままだから。
 そのわがまま、望みくらい、叶えたいと、ランバートは誰にも気づかれぬように願っている。


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update:07/05/28