恋するマリオネット
(19)

「何をしにきたのよ?」
 月明かりを背に、萌歌はランバートをにらみつける。
「やれやれ。明らかに態度に差を感じるのですが?」
 萌歌のもとまでやってきて、ランバートは肩をすくめながら見下ろした。
 ランバートをにらむ萌歌の眼光が、するどくなる。
 萌歌へと、ランバートの腕がすっとのばされる。
 それに萌歌はびくりと身がまえたけれど、その腕は触れることなく、横を通り過ぎていく。
 そして、そのまま、開かれた窓を、ぱたりと閉めた。
「夜は冷えますよ」
 静かにそう言いながら。
 見下ろすランバートの目は、どこか困ったように萌歌を映している。
 それに、萌歌は、警戒の眼差しを送っている。
 しかし、その眼差しは、ふとゆるめられた。
 そうかと思うと、萌歌の手は、ランバートの服をつまんでいた。
 それに気づき、ランバートは、すいっと萌歌の前にひざまずく。
 のばされた腕がつかれないように、萌歌の視線まで自らの視線を落とすように。
 どこか優しい眼差しを萌歌へ向けている。
 その目は、「どうしたのですか?」と問いかけているよう。
 じっとランバートを見つめ、萌歌はきゅっと唇を小さくかむ。
 そして、意を決したように口を開いた。
「ねえ、本当に、わたしは自分の国へ帰れないの?」
 まるでその心の内を見透かすように、萌歌はまっすぐにランバートを見つめる。
 その汚れのない澄んだ瞳に、ランバートは一瞬、臆しそうになってしまった。
 あまりにも、無垢なその瞳に。
 その瞳は、まるで、ランバートが大切にする、この国の王子の瞳のようで……。
 その色はまったく違うけれど、黒瞳の中に、透明感を覚える。同じ光が見える。
 もしかしたら、ランバートが思っている以上に、この異国の娘はピュアなのかもしれない。
 そのまっすぐに見つめる瞳を、どこか切なそうに、ランバートは苦しげに見つめ返す。
 これでは、決心がゆらぎそうになる。
 どのようなことがあっても、たとえこの女性を犠牲にしても、守りたいと思っているはずなのに。
 萌歌が、同じような瞳で、ランバートを見つめるから。
「……あなたには、申し訳ないと思っています。ですが……お願いします。せめて、フィガロットさまを、頭から否定だけはしないでください」
 ふっと表情をやわらげ、ランバートは萌歌を見つめる。
 ふわりと、色を失いかけた萌歌の頬に触れる。
 触れると、少し冷たかった。
 きっと、この夜風に、ずっとあたっていたせいだろう。
 これでは、風邪をひいてしまう。
「え……? それ、答えになっていないわ」
 萌歌は、明らかな怪訝の色を見せた。
 たしかに、萌歌の問いの答えにはなっていない。
 しかし、ランバートにとっては、それが答え。
「あなたの国へ帰れないことはありません。しかし、それには条件があります」
「条件?」
 さらに、萌歌の顔が訝しげにゆがむ。
 ただでさえ、犯罪まがいにこの国にとどめられているのと同じなのに、その上、条件をつけてこようなど……あまりにも筋が通らない。
 虫がよすぎる。
 そのような交渉、誰も受けないだろう。
「あなたが、フィガロットさまの優しさに気づき、そして、受け入れることです」
「……」
 萌歌はこの上なく不服そうに、胡散臭げに、ランバートをにらみつける。
 ランバートは、眉尻を下げ、ふうと、一つ息を吐き出した。
「まあ、今は無理強いはしませんよ。ゆっくりと懐柔させていただきますので」
 にっこりとそう微笑み、すっと立ち上がる。
「な……っ! か、懐柔なんて絶対にされないわよ!」
 床にぺたんと座ったままの萌歌から、ランバートへ厳しいにらみが注がれる。
 本当に、ランバートが言っていることは、先ほどからむちゃくちゃなことばかり。
 いや、先ほどからなどではなく、萌歌に声をかけた時から。城の庭園で。
「そうですか。それは楽しみですね」
 見下ろすように萌歌を見て、ランバートはふふふと嫌味な笑いをもらす。
 すっと、窓の向こうに見える月へと視線をはせる。
 月は、真丸く、黄色く、平等にこの国を照らしている。
「絶対に、されないったらされないから! わたしは、日本へ帰るの!」
 悔しそうにばんばんと床をたたきながら、萌歌は必死にそう抵抗を試みる。
 そのような萌歌に月から視線を戻し、ランバートは優しげに見下ろす。
 予想以上に、この異国の娘を、気に入りはじめているらしい。
 ランバートの大切な王子の伴侶としては、とりあえず合格。
 求めるものは、身分、血筋、教養といった類のものではなく、いかにあの王子の心を癒してくれるかだから。
 それができなければ、どれほど優れた女性であろうと、王子の伴侶としては認められない。
 これまで、このように会話をしたことがなかったから気づかなかったけれど、この女性はとても楽しい反応をしてくれる。
 ……そして、この娘は気づいていない。
 抱く警戒心が、やわらぎはじめていることに。
 こうして会話を繰り返していけば、いつかは、その警戒心も取り除くことができるだろう。
 フィガロットのために、その日が早くやってくることをランバートは願う。
「我々の国の王族にはね、古来より、不思議な力が伝わっておりまして、その力を使い、次の王となる者は、二十歳になると、伴侶となるべき相手を召喚するのです。それが、我々が言っている儀式です。――今までは、この国、もしくは周辺の国から選ばれていましたが……これほど遠い異国の女性を召喚してしまったのは、はじめてです」
 ランバートはにっこりと微笑み、一気にそのようなことを語る。
 それを、萌歌は、多少気おされるように、聞いていた。
 しかし、何かひっかかるところがあったのだろう。
 むむっと眉間にしわを寄せ、見る間に顔を真っ赤にする。
「ちょっ……待って! 訳がわからないわよ! それに、仮にそれが本当だとしても、わたしは儀式ではなく……っ!」
「儀式ですよ」
 ぐいっとランバートの服をつかみ、萌歌はそのように怒鳴る。
 しかし、それを、その一言で、ランバートはさらっと否定する。
 そして、くいっと腰をまげ、萌歌のその視線に高さをあわせる。
 それから、やはりにっこりと微笑む。
「たしかに、わたしは、古来の例に倣い、儀式を行っていました。そして、その時、フィガロットさまは、あなたを見つけ、決められた。だから、儀式なのです。間違ってはいません。少なくとも、我々以外は、儀式で選ばれたと信じています」
 けろりとそのような大胆なことを言うランバートに、萌歌は思わず、ぽかんと口をあけてしまった。
 そして、ふうっと大きなため息をもらす。
「……いいの? そんなインチキで」
 ランバートは楽しそうに笑みを浮かべ、やはりけろりと言い切る。
「もちろん、大切なのは、気持ちですから」
 そのような、思ってもいない、嘘臭いことを。
 気持ちが大切だというのなら、それが本当なら……。
「じゃあ、わたしの気持ちはどうなるのよ?」
 そう。萌歌の気持ちはどうなるというのか。
 気持ちが大切ならば、このような監禁まがいのことをして、王子の伴侶となることを認めるまで、自国へ帰さないと脅迫などしないだろう。
 ……気持ちが大切ならば。
「だから、これから懐柔していって、あなたの気持ちも、フィガロットさまへ向けるのですよ」
 にっこりと、さらっと、やはり、そのようなとんでもない発言を、ランバートはする。
 まるでそれは、そうと決まっているかのように、自信たっぷりに告げられた。
 萌歌は、また口を開き、ぽかんとランバートを見つめる。
 そして、ぽてっと壁に頭をもたれかけ、ため息まじりにつぶやく。
「……あきれた」
 そのつぶやきに、ランバートは、にっこりと微笑みを返す。
 そして、まげていた腰を戻し立ち上がり、すっと萌歌へと手を差し出す。
「さあ、夕食ですよ。お迎えに上がりました」
 その行動に、萌歌はぱちくりと目をしばたたかせ、どこか苦く笑みをもらす。
 それから、多少乱暴に、その手をぱちんとたたくようにとった。
 そして、ランバートに抱かれ、萌歌は月明かりが差し込むこの部屋を出て行く。
 強引だけれど……なんだかもう、憎めない。呆れすぎて。


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update:07/06/15