恋するマリオネット
(20)

 ぼすっとソファに身を沈め、ランバートはくすくすと笑っている。
 しかも、このようなことを言いながら。
「ふふふ。楽しくなってきましたねー。萌歌さんも、次第に気を許しはじめてくれているようですし……。予想外のところで、ギリッシュの勝手な振る舞いも役に立ちましたかね?」
 目の前のソファには、フィガロットがおもしろくなさそうに腰をおろしている。
 片手にアルコールが注がれたグラスを持ち、もう一方には、肴なのか、ナッツをつまみ。
 そのナッツを、ぽいっと口へ放り込む。
「そう簡単にいくものか。――それよりも、気を抜くな。萌歌にギリッシュを近づけるな」
 まだアルコールが残っているグラスを、フィガロットはだんとテーブルにうちつけるように置く。
 ランバートの後ろにある窓には、ぽっかりと月が浮かんでいる。
 先ほど、半ばむりやり、萌歌と夕食をともにした。
 もちろん、萌歌は、むっつりと頬をふくらませ、一言もフィガロットと言葉をかわそうとはしてくれなかった。
 だけど、とりあえず、少しではあるけれど、食事をしてくれていたので、安心できた。
 このまま、何も食べずにいては、体を壊すから。
 そちらの方が、今のフィガロットには胸が痛む。
 フィガロットのその言葉に、ランバートは一瞬、目を見開いた。
 けれどすぐに、ふわりと頬をゆるめ、くすくすと笑い出す。
「はいはい。フィガロットさまは、本当に一目ぼれされたのですねー」
 そして、そのような、今さらながらのことを楽しそうに言う。
 そのようなこと、儀式を中断させ、このような強行にでた時点で、わかっていただろうに。
「ランバート! 楽しむな!」
 フィガロットはばんとテーブルをうちつけ、ランバートへぎろりと厳しいにらみを入れる。
 頬がほんのり赤く染まっていることは、恐らく、目の前で腹立たしく笑うランバートにはばれてしまっているだろう。
 この男は、必要のないところで、無意味に目ざとい。
「……おもしろくないのですか?」
 くすくすと相変わらず笑いながら、ランバートがからかいがちにフィガロットへ視線を送る。
 そのランバートの振る舞いに、フィガロットのご機嫌は、ますます低下する。
 どうにも、この男には、馬鹿にされているようで仕方がない。
「当たり前だ。……まったく、誰かさんが余計なことをしてくれたばかりに、俺は完全に嫌われてしまった。それどころか……」
 そこまで言うと、フィガロットは急に覇気を失ってしまった。
 苦しげに、ぎゅっと拳をにぎりしめる。
 ランバートは困ったようにため息をもらす。
 この王子は、どうしてこんなにかわいらしいのか。
 どうしてこんなに自信をもてないのか。
 まあ、その理由は、わかっているけれど。
 この国の王子として、そして次の王として生まれてしまったから、きっとそれがそうさせているのだろう。
 何しろ、この国の王といえば――
 まあ、今は、それは関係ない。
 そして、そのような王子だからこそ、望むそのことを、ランバートはかなえてやりたいと思う。
 あの異国の娘の思いは、まだまだ発展途上。
 これから、どのようにでも動かせる。
 フィガロット次第で。
「まあ、今は仕方がありません。ゆっくりと我々を信用させ、そして――」
「不可能だ」
 珍しく、ランバートがそう慰めようとするも、さっくりとフィガロットは否定した。
 ためしもしないうちから、すでに諦めてしまっているらしい。
 だけど、それでも、まったく諦めきれていないことくらい、ランバートにはお見通し。
 まるでそれは、不可能だと、だから、もう諦めろと、自らに言い聞かせているようにすら聞こえる。見える。
 あの時、ギリッシュが発した言葉を、フィガロットは気にしているのだろう。
 このまま萌歌を諦めて、そして国へ帰せと……。
 本来は、それがあるべきかたち。
 萌歌は、儀式で選ばれた娘ではないから。
 そして、今ならまだ間に合う。
 重臣たちにお披露目をしていない今なら……。
 こっそりと、儀式をやりなおし、そして、本来の伴侶を召喚して……。
 何よりも、萌歌自身が、フィガロットの伴侶となることを(いと)うている。
「おやおや。別にそれでもよろしいのではなかったのですか? 大切なのは、あなたのお気持ち、妃にするということだけで、あの娘の気持ちなど、関係ないのではなかったのですか?」
 にやりと、意地悪っぽく、ランバートはフィガロットの顔をのぞきこむ。
 すると、その顔は、すぐさまぷいっとそむけられた。
 そして、そむけたそこで、ぶっきらぼうにつぶやく。
「……本気で、そう思っているわけがないだろう? 生涯の伴侶となる相手だ。はじめて欲しいと思った娘だ。好かれなくても……嫌われるのだけは気に食わない」
 その言葉に、ランバートは目を見開いて驚いてみせる。
 そして、肩をすくめ、くすりと小さく笑う。
「まだまだ子供ですね……」
「うるさい。どうせ俺は、父王たちのように、割り切れない。萌歌だけはゆずれない」
 ずりっと、寝そべるようにソファに上体を倒し、そこにあったクッションを抱き上げ、ばふっと顔をうずめる。
 そして、むうとすねたように頬をふくらませ、非難するようにランバートへと視線を注ぐ。
 ランバートはくすりと笑い、肩をすくめる。
「ゆずれない……ですか。まあ、そこが、フィガロットさまのいいところですけれどね」
「お前は、さっきから、俺をからかって遊んでいるだろう?」
 フィガロットのランバートを見る目に、いっそう力がこもる。ぎらりと。
 そのフィガロットの様子に、ランバートは「おやおや」と肩をすくめる。
「……萌歌か……。やはり、どうにもならないのか……?」
 すいっとランバートから視線をそらし、フィガロットは切なそうにつぶやいた。
 ランバートはフィガロットを見つめ、ふっと表情をゆるめる。
 どこか切なそうに。
 そして、手に持つグラスの中の液体を、ぐいっと一息に飲み干した。
 すると、目の前のソファでは、クッションを抱いたまま、フィガロットがゆっくりと目をつむっていっていた。
 それを目にし、ランバートは複雑そうに微笑む。
 そして、すっと立ち上がり、月明かりが入ってくる窓辺へと、ゆっくりと歩いていく。
 ふわりと、カーテンに手を触れる。
「わたしは、嬉しく思いますよ。あなたに、ゆずれないものができて。……だからこそ、必ず手に入れてさしあげます。あなただけのゆずれないものを」
 フィガロットに聞こえないように、ぽつりとそうつぶやく。
 手に触れていたカーテンを、しゃっと、一気に引き閉じる。
 背にするソファでは、どうやら、フィガロットが不貞寝をはじめてしまったらしい。
 少し、アルコールに酔ったのだろう。
 この王子は、あまりアルコールに強くはないから。
 この王子に、唯一ゆずれないものができた。
 それは、はじめて愛した、その女性。
 彼女だけは、たとえ国を滅ぼすことになろうとも、未来の王妃として手に入れる。
 それが、同時に、ランバートにとってもゆずれないものとなる。
 そうして、萌歌をこの城に閉じ込めてから、二度目の夜が更けようとしている。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:07/06/24