恋するマリオネット
(21)

 この景色は、はじめて足を踏み入れた時も目にした。
 この城の庭は、それはそれは美しいつくりとなっているけれど、普段は、限られた者しか見ることができない。
 しかし、何十年かに一度、たったの三日間だけ、広く一般もそれを見ることができる。
 それが、特別な儀式の期間。
 次の王となる者の伴侶を選ぶ祝典の三日間だけ。
 その祝典も、もうすでに終わってしまっている。
 それなのに、萌歌はまだこの景色を見ることができるのだから、なんだか不思議な気分。
 ……いや。不思議な気分ではなく、憂鬱気分?
 だって、その理由が……萌歌が、その伴侶に選ばれてしまったというものだから。
 しかも、その儀式、インチキ。
 三日前、友達の真央子と見た同じ景色を、萌歌は見ている。
 足はやはりまだ痛むけれど、誰かの手をかりれば、歩けないことはない。
 それに、この城の医者が用意してくれた鎮痛剤も、今はよくきいている。
 花々に触れるか触れないかのその小道を、手をかり、萌歌はここまでやってきた。
 庭園の中にある、東屋。
 そこにある椅子に腰かけている。
「……足は、大丈夫ですか? 痛みませんか?」
 隣に座るギリッシュが、心配そうに萌歌の怪我をした足をのぞきこむ。
 今日は、昨日、ランバートが用意したようなひらひらの民族衣装などではなく、いたって普通の洋服。
 今朝も同じものを用意されていたけれど、それは、大暴れして、丁重に辞退した。
 すると、さすがに夜着のままでいさせるわけにいかないと、渋々、洋服を用意された。
 萌歌が日本から持ってきた洋服を。
 どうやら、萌歌が泊まっていたホテルから、まるごと荷物を持ってきたらしい。
 さすが、小国の中枢にいる人物。
 何でもしたい放題らしい。
 それにしても、荷物を移動させることができるのならば、はじめから、そのような衣装など着せず、萌歌の荷物を渡してくれればよかったのに。
 ……そして、返された荷物の中に、帰りの飛行機のチケット――これはもう、無駄になってしまっているけれど。だって、帰国は本来なら、昨日だったはずなのだから――と、パスポートが見あたらないのは、他意を、悪意をとっても感じてならない。
 これでは、上手くこの城から逃げ出せたとしても、帰国できない。
 まあ、パスポートを失くしたと、領事館なり何なりにかけこめば、どうにかならないこともないだろうけれど……この分では、そちらにも手をまわされていそうでならない。
 ということは、結局は、ここの人間たちを説き伏せるしか、もう萌歌に道は残されていないということだろう。
 ――嗚呼。考えただけで気が重い。
「え……? うん。大丈夫です。痛み止めが効いていますので」
 ギリッシュが見る足を、萌歌は思わず、すっとひく。
 あまりそう見つめられると、なんだか恥ずかしい。
 その時だった。
 ふわりと、萌歌の前を、不思議な色をしたものが通っていった。
「蝶……?」
 そのつぶやきに、ギリッシュはさっと顔を上げる。
 そして、首をかしげて、萌歌を見る。
 ギリッシュの向こうを、萌歌は指差す。
「不思議な色ですね。七色……?」
 それにつられるように、ギリッシュも顔を動かしていく。
 そして、ぴたりと視線をとめた。
「ああ、あの蝶は、我が国にしか生息していない蝶です。名は、その姿通り、七色蝶というのですよ」
 そう説明して、ギリッシュは、ふわりと萌歌に微笑みかける。
 その微笑みに、一瞬、萌歌はたじろぎそうになってしまった。
 だって、ギリッシュが向けるその微笑みは、何故だか優しすぎるように、萌歌には感じられてしまったから。
 いくら、とりあえずは、王子の妃となることになっているとはいえ、そこまで優しくしてもらう覚えは萌歌にはない。
 しかも、会ってまだ三日とたっていない人に……。
 だけど、やはり、あの時感じたことは気のせいではないのかもしれない。
 あの場にいた四人の男性の中で、ギリッシュだけが、萌歌に優しくしてくれたような気がする。
 ジョルーという名のあのフィガロットの側近は、今でもとても恐ろしい。
 できれば、このままずっと会いたくない程度に恐ろしい。
 会えば、思いだしてしまうから。銃で撃たれたあの瞬間を。
 いくら命を狙ったわけではないと、足止めのためにそうしたのだと教えられ、理解していても、感情は別のことろにある。
 一度植えつけられた恐怖は、なかなかぬぐうことはできない。
 今、こうしておだやかな時をすごしていても、ギリッシュを含めたこの城の者たち、誰一人として信用などできない。警戒心はとけない。
「へえ……。綺麗ですね……」
 そう萌歌がつぶやいた時だった。
 目の前を飛んでいた七色蝶が、すっと寄ってきて、そのまま萌歌の髪にとまった。
 まるで、髪飾りのように。
「え……?」
 それに戸惑い、首をかしげていると、ギリッシュはくすくす笑いながら、萌歌に微笑みかけた。
「どうやら、七色蝶に気に入られたようですね? ――七色蝶に気に入られると、幸せになるという言い伝えがあります」
 瞬間、萌歌の顔が驚きの色を見せ、同時に、ふわりとゆるんだ。
 それを見て、ギリッシュも目を見開き驚き、だけどすぐに、やわらかい笑みを萌歌に落としていく。
 この時、はじめて、萌歌の笑った顔を見たから。


 ばさりと書類の山をジョルーへ押しつけ、フィガロットはきょろきょろと辺りを見まわす。
「萌歌は、今どこにいる?」
 ちょうど、フィガロットがでてきたその扉から、この国の重臣らしいおじさんたちも姿を現しはじめた。
 どうやら、会議をしていたらしい。
 おじさんたちも、手にいっぱいの書類の束をかかえているから。
 そして、ジョルー同様、会議の終了を聞きつけ、それぞれの側近たちが、その主へと歩み寄って行っている。
 よいしょっと、フィガロットに渡された書類の束を抱えなおしながら、ジョルーはさらりと答える。
 まるで、その問いがかかることを、はじめからわかっていたように。
「庭園の方かと思われます。先ほど、ギリッシュがやって来て、そちらの方へ萌歌さまをお誘いしていましたから」
「ギリッシュが萌歌を……?」
 瞬時に、フィガロットの顔が険しくゆがむ。
 それと同時に、ジョルーの肩が、ばんと乱暴に押されていた。
「ギリッシュを近づけるなと言っておいただろう!」
 フィガロットは、ジョルーの肩を、もう一度乱暴にどんと押す。
 その拍子に、抱えていた書類の束が、見事に宙を舞う。
 あたふたと慌てながら、ジョルーはフィガロットへ言葉を返す。
「し、しかし、ランバートさまが……」
「あの似非くされ悪徳神官めっ!!」
 そう叫び、舞う書類を集めようとあたふたするジョルーを押しのけ、フィガロットは廊下の向こうへと駆け出す。
「フィ、フィガロットさま!?」
 その背に向かって、ジョルーは叫んでいた。
 フィガロットを追いかけるべきだろうけれど、この舞い散る書類を放っておくわけにもいかない。
 散らばる書類に、重臣のおじさんたちは、見下すように眉をひそめている。
 それに気づき、ジョルーは慌てて書類を集めにはしる。
 本当に、この重臣たちには、いい加減、うんざりしている。
 この者たちは、自分たちの利益にしか興味がない、そういう者たちばかりだから。
 たとえ、人の命を犠牲にした上に成り立っている利権だとしても、目隠しをしてその真実をみようとしない。
 そう。この国は、人の命を犠牲にして、成り立っている。
 この国の平和は、砂上にあるも等しい。
 それに気づけないから、掟やらしきたりやらにとらわれたまま。


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update:07/07/03