恋するマリオネット
(22)

 先ほどの蝶が導くかのように、ひらひらふわふわと、萌歌のまわりを、たくさんの七色蝶が飛んでいる。
 それはまるで、萌歌がこの国でいちばん、誰よりも幸せになると、そう暗示しているようにすら見える。
 たしか、この国の伝説のようなものに、代々の王妃たちは、七色蝶に気に入られているというものがある。
 そして、その数が多ければ多いほど、その王妃はたくさん幸せになれると……。
 この国においても、七色蝶は、珍しい。
 その蝶が、これほどたくさん、萌歌のまわりを飛んでいるということは……?
 ――いや。それは、きっと、たまたまだろう。
 ぶるぶると首をふり、ギリッシュは自らいたってしまったその考えを振り払う。
「どうですか? もう少しまわってみませんか? わたしが支えますので。あちらの方に、この城にだけ咲く、特別に改良された薔薇があるのですよ」
 そう言いながら、ぽやんと七色蝶の輪舞を眺める萌歌へと手を差し出す。
 それにふと気づき、萌歌は首をかしげる。
 だけど、すぐにこくんとうなずき、素直にその手に手をかさねていく。
 そうして、ギリッシュは、怪我をしている萌歌の足を気遣いながら、立ち上がらせる。
 それから、肩をかし、ゆっくりと歩き出す。
 まだ少し痛むであろう足を懸命に動かしながら、すぐ横で、触れ合う距離で、萌歌はゆっくりと歩いていく。
 ちらっと見たその横顔が、あまりにも健気に見えて仕方がない。
 どくり……と、ギリッシュの胸が、不可思議な動きをする。
「……ずっと、気になっていたのですが、どうして、わたしがおそばにいることをお許しくださったのですか?」
「え……?」
 ふと、そう問いかけると、萌歌はきょとんとギリッシュの顔を見た。
 その時、ばちんと視線が合い、ギリッシュは思わず顔をすっとそらしてしまった。
 だけどすぐにばっと戻し、また萌歌を見る。
 今度は視線が合わないように、ちょっとだけずらして。
「だって、そうでしょう?」
 首をかしげる萌歌に、ギリッシュは困ったように肩をすくめ、苦笑いを浮かべる。
 すると、意図するものにようやく気づいたのか、萌歌は「あ……」と小さくつぶやくと、すいっとギリッシュから視線をそらした。
 そして、そこから、どこか恥ずかしそうに、気まずそうに、ちらちらとギリッシュを見る。
「……あのね……。あなただけだったから……。みんながわたしを追い込む中、あなただけが味方してくれたから。だから……」
 その言葉に、今度はギリッシュがぽかんと萌歌を見つめる。
 だって、それは、期待はずれの言葉だったら。
 ギリッシュ自身も気づいていないけれど、きっとそれは、期待はずれの言葉。
 心のどこかでは、もっと違ったことを期待していたかもしれない。
「それで……?」
「うん。いちばんはじめに優しくしてくれたのが、あなただったから……」
 すいっと顔を戻し、どこかばつが悪そうに萌歌は微笑む。
 ギリッシュは、きゅっと唇をかんだ。
「でも……フィガロ――」
 思わず、そこまで言いかけて、ギリッシュは言葉を切る。
 それから、何かをふりはらうように、ぶんぶんと首をふる。
 きっとそれは、言ってはならない言葉。
 本来なら、主を思うなら、言うべき言葉のはずだけれど、ギリッシュの心のどこかが許してくれない。
 それはまるで、敵に塩を送るような言葉だから。
 自ら、可能性を打ち捨てるような言葉だから。
 ギリッシュが、知らずに萌歌に期待していた言葉は、もっと違った言葉。
 そう、例えば――
 ふと、それに気づき、ギリッシュが複雑そうに苦く笑う。
 それは、抱いてはいけない感情。
 なまじ、特別な薬のおかげで、会話ができるからいけないのだろう。
 その時だった。
 気をよそにやっていたために、油断した。
 ギリッシュの支えをかり歩いていた萌歌が、急に体勢を崩した。
「きゃ……っ」
 そして、そのまま、倒れこんでいく。
 ギリッシュは、慌てて萌歌をささえようと、その下へと体をすべりこませる。
 だけど、間に合わなかった。
 勢いのついた体は、とめられなかった。
 そのまま、ギリッシュを下敷きにし、二人はその場に倒れこんでしまった。
 気づくと、すぐ横では、黄色いかわいらしい花が、ギリッシュを嘲るように笑っている。
 さわさわと風にゆられ。
「ご、ごめんなさい」
 そして、すぐに、ギリッシュの上でみじろぐ気配がした。
 一緒に倒れた萌歌が、起き上がろうとしている。
「いえ。それよりも、大丈夫ですか?」
 あたふたと、慌てて起き上がろうとする萌歌の腕にそっとふれ、ギリッシュはそう問いかける。
 すると、萌歌は、眉尻を下げ、申し訳なさそうにギリッシュを見つめる。
 かあと顔を真っ赤にさせて。
 どうやら、ギリッシュを巻き添えに、しかも下敷きにしてこけてしまったことを、とても恥じているらしい。
 そのような足では、仕方がないことだというのに。
「う、うん。ごめんなさい。今おきるから……」
 そしてまた、おたおたと慌てはじめる。
 触れている萌歌の腕をぎゅっとにぎり、ギリッシュはふわりと微笑む。
「ゆっくりでいいですよ。まだ足が痛むでしょう?」
「え? うん……?」
 ギリッシュを、萌歌は不思議そうに見る。
 その時だった。
「何をしている!!」
 遠くのようで、だけどすぐ近くから、そのような怒声がなげかけられた。
 慌てて顔をそちらへ移すと、そこには、仁王立ちで憤るフィガロットがいた。
 今にも食い殺されるかというほど、恐ろしいにらみをギリッシュに向けている。
 それから、ずかずかとこちらへと歩いてくる。
「フィ、フィガロットさま!?」
 いつにないその剣幕に、ギリッシュはわたわたと慌てはじめる。
 何故、それほど怒っているのかはわからないけれど、とにかく、フィガロットがひどく憤っていることだけはわかる。
 そうしている間にも、フィガロットはギリッシュの頭上までやってきていた。
 乱暴に、ギリッシュの上に倒れたままの萌歌を抱き上げる。
 同時に、そのままギリッシュの頭を踏みつけそうな勢いで、フィガロットが怒鳴る。
「萌歌に近づくことは許さないと言っただろう!!」
 そして、そのまま、萌歌を抱きかかえ、ギリッシュを残し、庭園の向こうに見える建物へと歩いていく。
 その建物には、王子が普段使う私室と、萌歌に用意された部屋がある。
 つたが壁面いっぱいにからむ、緑の館。
 慌てて起き上がり、ギリッシュは、その去り行く姿を困惑気味に見つめていた。


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update:07/07/13