恋するマリオネット
(23)

「フィガロット……さま?」
 ギリッシュが、ぽつりとそうつぶやいた時だった。
 背後からふいに声をかけられた。
「どうやら、フィガロットさまは、やきもちをやかれているようですね?」
 そう告げると、くすくすと楽しそうに笑いはじめた。
 そして、ギリッシュへとすっと手を差し出してくる。
 ギリッシュは、まだ地面に座り込んだままで起き上がれないでいる。
 先ほどのフィガロットの剣幕が、あまりにも恐ろしすぎて、もしかしたら、腰がたたなくなってしまっているかもしれない。
「ランバートさま……?」
 そのさし出された手の持ち主を見上げ、ギリッシュは不思議そうに首をかしげる。
 それから、少し遠慮がちに、その手にそっと手をかさねる。
 すると、勢いよく立ち上がらされた。
 その拍子に、ぐらりと体勢をくずし、また倒れそうになったけれど。
「一体、どういう意味ですか?」
 よろりとよろける体をどうにかたもち、そして、服についた土を、ぱんぱんとはらう。
「お前は、まだ気づいていないのか? 萌歌さんとお前の仲を、おもしろくなく思っていらっしゃるのだよ。フィガロットさまは」
 土をはらいながら、ちらっと視線を移すと、そこで、実に楽しそうにランバートがそう微笑んでいた。
 瞬間、ギリッシュの頬がひくりとゆがむものの、やはり、その言葉の意図するものがいまいちわからなかった。
 頬がひくりとなったのは、ランバートのいかにもよろしくないことを考えているような顔を見てしまったかららしい。
 その言葉の意図するものに気づいたからではない。
「え……? それは、どういう……」
「そういう意味だよ。フィガロットさまは、萌歌さんを見つけたその瞬間に、心惹かれていた。どのようなことをしてでも、手に入れたいほどにね。――そう言えば、わかるかな?」
 それから、あきらかに嘘くさい、さわやかなにっこり笑顔をギリッシュへと注ぐ。
 瞬間、ギリッシュの顔から、さあっと血の気が引いていく。
「え……?」
 そのようなギリッシュを、ランバートは、やはりとっても楽しそうに、くすくす笑い、見ている。
 それから、くるりと身を翻し、一人恐怖するギリッシュを残し、庭園の中へと消えていった。


「あ、あの! おろして……!」
 緑の館の中へ入るとすぐに、萌歌はそう叫んでいた。
 すると、フィガロットが、じっと萌歌を見つめる。
 そして、ふうと深いため息をもらし、そのまますっと萌歌をおろした。
 そのようなフィガロットを、萌歌はじいっと見つめる。
 まるで詰問するかのように。
「……何だ?」
 萌歌のその視線に気づき、フィガロットは無表情にそう問う。
 内心は、とってもどきどきばくばくで、たじろいでいるけれど。
 そんなにじっと見つめられては、心臓がもたない。
 すると、萌歌の視線が、すっとそらされた。
「……!? 何故、目をそらす!」
 そのさりげない萌歌の仕草に衝撃を受けたのか、フィガロットは瞬時にそう怒鳴っていた。
 そして、ぐいっと萌歌の腕をつかむ。
「きゃ……っ」
 フィガロットは萌歌の頬へと手をかけ、そのままぐいっと自分の方へと顔を向けさせた。
 そして、じっと見つめる。
 その瞳は、どこか苦しそうに悲しそうに、萌歌を見つめている。
「何故、目をそらす? それほど俺が嫌いなのか!?」
 苦しげに、そうはきだしていた。
 胸が、悲鳴をあげている。ひどく傷ついたように。
 ……実際、傷ついているだろう。
 どうして、ここまで嫌われなければならないのか……。
 たしかに、思い当たる節なら、とてつもなくある。
 むしろ、それしかない。
 もとより、このような強引なことをしているのだから、覚悟の上のはずなのに……。
 しかし、現実にそのような振る舞いをされると、傷つく。
 胸がえぐられそうなほど、ひどく痛む。
「……何故……何故、ギリッシュはよくて、俺は駄目なのだ……!?」
 声を荒げ迫るフィガロットに、萌歌はびくびくと体を震わせ、怯えはじめた。
 怯える萌歌を、フィガロットは苦しそうに見つめる。
 同時に、そのまま、抱き寄せていた。
 もう、どうしようもなくて。
 どうすればいいのかわからなくて。
 ただ、逃げられないように、こうして抱きしめることしかできなくて。
 怯える萌歌を、フィガロットは、その胸で、熱く激しく、力強く抱きしめる。
 まるで、捨てられそうになった子犬が、必死にご主人様にしがみついているようだった。
 神に救いを求めているようにすら見える。
 力強く、だけど優しく求めるように抱きしめるフィガロットに、萌歌はその腕の中、不思議な感覚にとらわれていた。
 思わず、すぐ横にある苦しそうな顔を、ぽうっと見つめてしまう。
 思わず、震える手で、その頬に触れそうになる。
 どうして、この王子は、こんなに苦しそうに、萌歌を抱きしめているのだろう?
 ……伴侶とする娘だから?
 いや。それだけではないような気がする。
 きっと、もっと別の……別の思いがこめられているような……。
 あまりにも苦しそうに抱きしめるから、やりきれず、萌歌も抱きしめるその腕を抱いていた。


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update:07/07/23