恋するマリオネット
(24)

 何日たっただろうか。
 あのことを気にしているのか、あれから、フィガロットは萌歌の前に姿を現そうとしない。
 だけど、そのかわりとばかりに、むかつく神官はしつこいくらいに顔を出す。
 どうして、来てくれないのだろう?
 あれほど、萌歌を求めていたのに……。
 そして、あの神官がくるくらいなら、フィガロットの方がはるかにまし。
 ベッドに突っ伏し、萌歌がそうぼんやりと考えていると、部屋の外が急に騒がしくなった。
「ラ、ランバートさま! どうにかしてください。萌歌さまが〜……」
 そのように、泣きすがるような侍女の声がする。
 萌歌付きにされた侍女も、仕事に支障がないようあの薬を飲まされているようで、その言葉を理解できる。
 そうかと思えば、あの腹立たしい神官の声も聞こえてきた。
「どうしたのです?」
 どうやら、むかつく神官がやってきたらしい。
 そこで、部屋の外へと追い払っていた侍女が、神官に助けを求めにはしったのだろう。
 まったく、情けない。
 それでも、王室に仕える侍女なのだろうか。
 これくらいのことで、取り乱すなど。
「とにかく、お部屋の中へ入れてください。わたくしたちだけでは、入れませんので……」
 侍女が神官にそうすがったかと思えば、ばんと大きな音を鳴らせ、問答無用でこの部屋の扉が開かれていた。
 ベッドから飛び起き、萌歌はぎょっと扉を見つめる。
 たしかに、扉には、椅子やらテーブルやら、萌歌が動かせる範囲で動かした調度品で、バリケードをつくっていたはずなのに……。
 それなのに、簡単にそれは破られてしまった。
 なんと恐ろしい神官なのだろうか。
 その口だけでなく、力までも。
 ぎょっと目を見開き、ベッドの上でぺちょんと座り込む萌歌に気づき、ランバートは、はあとあてつけがましく大きなため息をつく。
 そして、ぺいぺいっと、バリケードに使っていた椅子やら何やらを放り投げ、蹴散らしながら、萌歌へと歩み寄っていく。
 それに従い、萌歌の体もびくびくと反応し、じりじりと後退していく。
 だけど、それはベッドの上でのこと。
 すぐに、逃げ場は失われてしまった。
 もうすぐ後ろは、がけ。
 このまますすめば、ベッドから落ちてしまう。
 そのような萌歌に、すっと陰がかかる。
 見上げると……呆れたように見下ろすランバートの顔がある。
 萌歌の顔から、さっと血の気がひいていく。
「ハンガーストライキですか? もう二日も何も口にしていないのだってね?」
 ランバートは腰をまげ、萌歌へとぐいっと上体を近づける。
 その目は、無表情にとっても怒りを秘めている。
 それに、びくびくと体をふるわせながらも、萌歌は必死に抗う。
「だって、普通にしていても、いうことをきいてくれないじゃない。それに、ちゃんと水分はとっているわよ!」
 そうして、ふいっと視線をそらす。
 するとやっぱり、頭のすぐ上で、大きくため息をもらす音がした。
「まったく、減らず口ですね。このようなことをしたところで、どうにもならないものはどうにもなりませんけれどね」
「……くっ」
 まるで馬鹿にするようにそう言うランバートに、萌歌は思わず言葉をつまらせる。
 たしかに、萌歌もわかっていた。
 このようなことをしても、無駄だということくらい。無駄な抵抗だということくらい。
 だけど、何かせずにはいられない。
 このままだと、無抵抗のまま、本当にこの国にとどめられて、そして……。
 あの日、抱かれたように、あの王子の腕の中に抱かれることになる。
 あの時は、不思議と抵抗することを忘れていたけれど……。
 そして、あれから、フィガロットは、萌歌の前に現れていない。
 まるで、何かをとても恐れているように。
 どうして、現れなくなったのだろう?
 あのことを、ひどく気にして、後悔しているとか?
 それが、少し、気にかかる。
 だって、フィガロットは、一目ぼれをして、そして掟をやぶり、萌歌を選んだはずなのに……?
 そのことは、この理不尽な中で、唯一、ちょっぴり胸をあたたかくしてくれたことだったのに……。
 それさえも奪われては、萌歌はもう耐えられない。この状況を。
「それほど国へ帰りたいのであれば、さっさとフィガロットさまとの結婚を認めてください。そうすれば、里帰りとして認められますよ」
 ぽんと萌歌の頭に手をのせ、ランバートはにっこりと微笑む。
 それはまるで、子供をあやすような態度にすら見えて、腹が立つ。
「だから、それが嫌だから、さっさと帰せといっているのよ」
 ばしんとのせられた手をはらい、萌歌はランバートをぎろりとにらみつける。
 あまりにも勝手きわまりない言い分で、本当に腹が立つ。
 犯罪をおかしているのは、そちらの方なのだから、もう少し悪びれるべきだろう。
 まるでそれが当たり前のように、にっこりと微笑み、威圧をかけてくるのだから。
「あなたも、しつこいですね」
「しつこいのは、そっちよ!」
 そして、今日もまた、こうして、無駄な言い争いをしてしまう。
 これでは、らちがあかない。
 どうしてこの人たちは、こうも萌歌をフィガロットと結婚させたがるのだろうか。
 別に、儀式で選んでいないのなら、萌歌でなくても、誰でもいいだろうに。
 萌歌としては、むしろ、その儀式とやらをして、しっかりと本当の伴侶を選んでもらいたい。
 萌歌にとっては、いい迷惑。
 余裕たっぷりに微笑む神官を、ぎりぎりぎりと歯をくいしばり、萌歌は憎らしげににらみつける。
 すると、それに気づいたのか、くすりと笑い、悪徳神官は萌歌に微笑みかける。
「とにかく、お腹がすいたでしょう。無駄なことはやめて、食事をしてください。この国のものが嫌ならば、できる限り、あなたの国のものを用意させますから」
 そうして、萌歌へとすっと腕をのばす。
 それはまるで、そのまま、萌歌を抱き上げようとのばされているようで……。
 だから、萌歌はそれをばしんと乱暴にたたきはらってやる。
「好き嫌いで食べないのじゃないわよ!」
「だったら、食べてください。無駄ですよ。あなたが辛いだけです。別の手段を考えた方が、よほど建設的ですよ」
 ランバートは、にやりと余裕たっぷりに微笑み、そのまま一気に、ぐいっと萌歌を抱き上げる。
 その腕の中で、萌歌は、悔しそうにランバートをにらみつける。
 そして、勝ち誇ったように得意げに、先ほど蹴散らした椅子やらテーブルやらを踏みつけて、ランバートは廊下へと出て行く。
 中の様子をうかがっていた侍女たちに、この惨状の片づけを無慈悲に命じて。
 南の島特有のからっとした陽光をあびながら、萌歌はとてつもなく不服そうに、ランバートに抱かれ、ダイニングへと進んでいく。
「……ねえ、その……王子様だけれど、どうかしたの?」
 ふと何かに気づいたように、ぽつりと萌歌がつぶやいた。
「はい?」
 あまりにも萌歌の口から出るには信じがたいその言葉に、ランバートは思わず足をとめ、まじまじと見つめる。
 すると、萌歌は悔しそうにすいっと視線をはずし、不服そうにもらす。
「だって、ここのところ、見ていないから……」
「ああ!」
 その言葉に弾かれるように、ランバートはそう声をもらすと、不気味ににやりと微笑んだ。
 瞬間、萌歌に、怒濤のような後悔が押し寄せる。
 もしかしなくても、これは……墓穴を掘った?
「な、何よ!?」
 しかし、そうとは気づきつつも、変わらず敵意むき出しに、萌歌はランバートをにらみつける。
 とりあえず、どうにかして誤魔化すために。
 しかし、そのような小手先だけの芸当が、ランバートに通用するはずがない。
「大丈夫ですよ。フィガロットさまは、ここのところお忙しくていらっしゃるだけです。今夜にでも、またやってこられますよ」
 くすくすくすと、実に楽しそうに、ランバートはそう説明する。
 やはり、それにとっても不服そうに、悔しそうに、萌歌は唇をかみしめた。
 間違いなく、墓穴を掘ってしまった。
 別に、あの王子のことを心配しているわけじゃない。
 ただ、このようなことまでして萌歌を求めているのに、会いにこないというそのことが、不思議に思うだけで……。おもしろくないだけで……。
 別に、会いにきて欲しいわけじゃない。
 ただ、不思議に思っているだけ。おもしろくないだけ。
 絶対に、それだけ。
「な、なんだ、そうだったの……」
 だけど、どこか安心したように、萌歌はそうつぶやいてしまっていた。
 てっきり、もう会いにはこないかもしれない……なんて、そんなことも、どこかでは思っていたから。
 だって、あの時、抱きしめられた時、なんだかそういう気がしてしまったから。
 あの時覚えた違和感が、萌歌にそう思わせてしまっていた。
「くすくす。どうしたのです? 気にしていたのですか?」
 それを見透かしたように、この憎らしい神官は、わざとそのようなことを言う。
 本当に、腹立たしい。
 出会った時から、ずっとこの調子なのだから。
「ち、違うわよ!」
 萌歌は、力いっぱい、そう叫んでいた。
 同時に、思わず、その頬をべちっとたたいてしまっていた。
 ……だって、図星をつかれてしまったから。
 このようなことは認められないのに、それなのに、そうと悟られては、悔しすぎる。
 そして、萌歌はランバートの腕の中で暴れ、そのまま腕をはなさせる。
 すとんと腕の中からおりた萌歌は、一人すたすたと先にダイニングへと歩いていく。
 もう、足の傷は、歩けるまでに癒えている。
 ……癒えてしまっている。
 まだ、懐柔しきれていないというのに。
 その期間だけ、フィガロットは萌歌に会いにきていない。
 ぷんぷんと憤りながら歩いていく萌歌の後ろ姿を、くすくすと笑いながら、ランバートは見ている。
 そして、ぴたりと笑いをやめた。
 すっと視線をずらすと、窓の外では、太陽がぎらぎらと輝いていた。
 容赦なくじりじりと身を焦がすように。
「本当に、とてもお忙しくていらっしゃるのですよ……。だから、はやくフィガロットさまの心の支えになってください、萌歌さん。このままでは……フィガロットさまは、また倒れられてしまいます」
 ランバートはそうぽつりとつぶやき、視線を戻してくる。
 そして、一人先に行ってしまった萌歌を追って、再び歩きはじめる。


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update:07/08/02