恋するマリオネット
(25)

 ようやく、ランバートが萌歌に追いついた時だった。
 開け放たれた窓の向こうから、フィガロットの姿が飛び込んできた。
 この一週間ほど、まったく萌歌の前に現れなかったその王子の姿が。
 幾人かのおじさんたちにかこまれている。
 ふわりとやわらかい微笑みを浮かべて。
 だけど、どこか浮かないようにも見える。
 それは、まるで無理をして笑っているようにすら見える。
 思わず、萌歌はばっと窓の横に身を隠してしまった。
 そして、そこから、そっと、窓の外をちらりと見る。
 そこには、陽光を浴び、きらきらと光る、王子様の姿があった。
「王子。一体いつになれば、お妃をご紹介くださるのですか?」
 お腹がぽっこりとでた中年のおじさんが、多少非難がましく、そうフィガロットへと迫っている。
 その一歩引いたところに控える、このおじさんの側近らしい二人の男も、これみよがしにうんうんと首を縦にふっている。
 一瞬、フィガロットの顔が曇ったように見えたけれど、それは気づかぬ間に、やけにさわやかな微笑みに変わっていた。
「ああ。まだ怪我が治っておりませんので。醜い姿を人目にさらしたくないという女心、理解してやってください」
 そして、有無を言わせぬように、にっこりと笑顔の威圧をかける。
「そ、それは、まあ……」
 たしかに、優しげな微笑みを浮かべているはずなのに、そこに感じる得も言えぬ威圧に、お腹ぽっこりのおじさんは、気おされるようにそう答えていた。
 どうやら、フィガロットは、まだ萌歌を重臣たちにお披露目する気はないらしい。
 この王子のことだから、てっきり、さっさと紹介して、重臣たちも巻き込み、萌歌が逃げられないようにでもするのかと思っていたけれど……。
 案外、この王子は、それほど嫌な奴ではないのかもしれない。
 この隣の神官ほど、意地が悪いことはしないのかもしれない。
 ふと、そのようなことが頭によぎり、萌歌は自分自身にぎょっとした。
 そして、ぶんぶんと首を大きく横にふる。
 そんなことは、あり得ない。思ってはいけない。
 萌歌は、どうにかして、国へ帰るのだから。
 もちろん、フィガロットとの結婚を認めずに。
 この王子は、いい人かもしれない……なんて、絶対に思ってはいけない。
 気を許しては、足をすくわれてしまう。
 笑顔の威圧にあたふたとしはじめた重臣たち、これ以上それに触れるなと微笑み続けるフィガトットのもとへ、すぐ近くのテラスから、声がかかった。
「フィガロット王子ー!」
 嬉しそうに微笑みながら、フィガロットたちのもとへ駆けていく女性が一人。
 ふわふわのワンピースに身をつつみ、いかにも良家の令嬢のように見える。
 その目には、たっぷりの自信がみなぎっている。
 そして、フィガロットのもとまでやってくると、ふわりとその腕に触れた。
 瞬間、萌歌の胸が、ちくりと痛む。
「これはこれは、マリエル嬢」
 フィガロットも、にっこりと微笑み返す。
 そっと、腕に触れたマリエルの手に触れながら。
 また、萌歌の胸が、おかしな動きをした。
 触れたマリエルの手が、フィガロットの腕からはなされていく。
「わたくし、悲しいですわ。フィガロット王子の伴侶は、わたくしだと信じておりましたのに」
 マリエルは、ふいっとうつむき、瞳をうるませ、上目遣いにフィガロットを見つめる。
 片手に花束を持ち、もう一方の手――さきほどフィガロットに触れたその手――を、きゅっとにぎり、口もとへとやり。
 するりと腕からはなされたその手を、いかにもフィガロットに見せつけるようにそこにおかれている。
「しかし、あなたほどの女性ならば、わたしよりも、もっとふさわしい紳士がおりますよ」
 フィガロットは、変わらずはりつけたような笑顔そのままで、にっこりと微笑み返す。
「まあっ」
 するとマリエルは、少し驚いたように目を真丸くし、ぽっと頬を赤らめてみせる。
 変わらず、その目は、上目遣いにフィガロットを見つめている。
 その仕草が、萌歌にはもわざとらしく見えてしまう。
 それから、ついっと顔をあげ、マリエルは極上の笑みをフィガロットへ向ける。
 その顔は、まるで慈悲深い女神のそれを演出するように微笑まれている。
 あまりにも完璧すぎて、逆に嘘臭い微笑み。
「それはそうと、こちらを。お妃さまへのお見舞いですわ。お怪我をされたと聞き及びましたので」
 すっと、持っていた花束をフィガロットへと差し出す。
 フィガロットは、素直にそれを受け取った。
「これは、ありがとうございます」
 そしてやはり、さわやかににっこりと微笑み返した。
 それから、まるでそこだけ別世界のように、優雅な時間が流れはじめる。
 くすくすと、談笑する声にまざり。
 お腹ぽっこりのおじさんまで、まるで完璧な令嬢を思わせるマリエルに、うっとりと見とれている。
 もちろん、その側近の男二人は、すでにマリエルに陥落してしまっている。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:07/08/11