恋するマリオネット
(26)

「……あれ、何? 詐欺みたい」
 とんと壁に背をもたれかけ、目をすわらせた萌歌がぽつりとつぶやいた。
 すると、その横で、萌歌と一緒に庭の様子をうかがっていたランバートが、くすりと笑い肩をすくめる。
「たしかに、そうですねえ」
 それから、楽しそうに笑い出す。
 くすくすと肩をゆらし。
 萌歌はむっと眉間にしわを寄せる。
 にらみつけるようにランバートを見る。
 そのような萌歌に気づき、ランバートは、ぴたりと笑いをやめた。
 そして、萌歌がもたれかかるすぐ横の壁へと、とんと左手をつける。
 すっと、視線を庭へと移す。
 まるで、遠くを見つめるようにそこを眺める。
「フィガロットさまは、気を許された者の前でだけ、フィガロットさま≠ナすから」
 ランバートのその言葉に、一瞬怪訝に首をかしげたものの、萌歌はすぐにふうっとため息をもらした。
 そして、気だるそうに、さらに壁へと背をもたれかける。
「やっぱり、詐欺だわ。なにいいこぶっているのよ」
 おもしろくなさそうに、萌歌がはき捨てる。
 ランバートは、また肩をすくめる。
「……仕方がないのですよ」
「え?」
 萌歌は、庭の外へと注いでいた視線を、ばっとランバートへと向ける。
 その目は、どこか怪訝にランバートを見つめている。
 その視線に気づきつつも、ランバートは、そのまま、窓の外、そこでにこやかに微笑むフィガロットを見つめたまま萌歌を見ようとしない。
「国民主権の現代、王族の権力は、無に等しいのですよ。ですから、彼らの理想の王子を演じなければならない」
 まるで憎らしげに窓の外を見つめるランバートのその顔を、萌歌はじっと見つめる。
「そのような中、その地位と尊厳だけはたもたれたままですが。……何故かわかりますか?」
 すっと視線を萌歌へと移し、ランバートは困ったように微笑みかける。
 そのランバートを、やはり訝しげに見つめ、萌歌は、ずるずるずるーと、壁に背をつけたまましゃがんでいく。
 ぺたんと、その場に座り込んでしまった。
 ランバートをじっと見つめている。先を促すように。
 萌歌には、その問いの答えがわからない。
 その無言の訴えに気づき、ランバートは眉尻をさげる。
 そして、すっと腰をまげて、床に座り込んでしまった萌歌の視線に自らのそれを合わせる。
 きっと、表情が険しくなった。
「いざという時のためです」
「いざという時?」
 萌歌の顔が、ゆがむ。
「ええ。いざという時。たとえば……そう、大災害や侵略戦争といったものでしょうか。そのような時、王族の力が必要になります」
 ランバートも、腰を低くし、萌歌に合わせる。
 そして、ふわりと萌歌の頬に触れる。
 先ほどから、萌歌は、ずっと険しい顔をしたまま。
 それは、ランバートが語るその話の内容に、気分がよくない感情を覚えているように見える。
「以前、お話しましたよね? この国の王族には、古来より、不思議な力が伝わっていると。それは、その力で、いざという時、この国を守らせるためです」
「守らせるため……? 受身?」
 萌歌は、触れるランバートの手にそっと手を重ね、眉間のしわを深くしている。
 それは、何かよくないことに気づいたように、だけど、それは信じたくないように、複雑な感情をあらわしているように見える。
 そのような萌歌に、ランバートは困ったように肩をすくめる。
 痛いところに気づかれてしまった……というように。
 まあ、このような言い方をしては、気づかれて当たり前だろうけれど。
 ……思いのほか、聡いこの女性になら。
「ですが、それは同時に、たくさんの人の人生を左右することになります。だから……その命とひきかえに。こう言えば、わかりますか?」
 萌歌の問いには答えず、だけど、脈絡がないわけでもないそれを、静かに告げる。
 きっと、思っている以上に聡いこの女性なら、それでわかってくれると思い。
 直接的でなくても、きっとわかってしまうだろう。
「ちょっと待ってよ。それってまるで……」
 触れるランバートの手を頬からぐいっと引き離し、萌歌はそのままぎゅっとにぎりしめる。
 澄んだその目は、驚愕に満ちたように、ランバートを見つめている。
 ランバートは、胸の内で、苦笑いを浮かべる。
 やはり、わかったか……と。
 まあ、もともと、わかられてもいいように、あまりにも安易すぎるヒントを出したのは、ランバートだけれど。
 だけど、それでもわからない者はわからないだろう。
 そう。たとえば……この国の中枢を担う、あの害虫……寄生虫たちのように。
 そして、それをわからせれば、少なからず、萌歌の枷になるかもしれない。
 この国にとどまらせる、王子を受け入れさせる材料になるかもしれない。
 卑怯だとわかっているけれど、だけど、可能性があるならば、どのような汚いことでもする。
 たとえ、その同情心に訴えかけ、利用してでも。
 同情を、愛情と錯覚させ、それを本物にすればいいだけのこと。
「ええ。スケープゴート、生贄です。この国の王は、国民全ての生贄なのですよ」
 凍えそうなほど冷たい目で、ランバートはきっぱりとそう告げる。
 瞬間、衝撃を受けたように、萌歌の目が見開かれた。
「不思議な力を持って生まれたがために、いざという時、自らの意志とは関係なく、国民の命を守るため、その命が差し出されるのです」
 萌歌は、ランバートの手を握っていたその手をばっとはなし、口もとへともっていく。
 両手で口を押さえ、じっとランバートを見つめる。
 がくがくと、その体が小刻みに震えだした。
 そのような萌歌に気づき、ランバートは、そっとその肩を抱き寄せる。
 どうやら、期待以上に、この女性は――
「この国の王族……王とは、もはや、傀儡(くぐつ)……操り人形なのです」
 それを告げた瞬間、苦しそうな声が萌歌の口からもれ、ランバートをじっと見つめるその目からは、つうと一筋の涙がこぼれ落ちた。
 ランバートは、さらにぎゅっと萌歌を抱き寄せる。


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update:07/08/20