恋するマリオネット
(28)

「では、わたしは、こちらを処分してまいりますね」
 そう言い置いて、ランバートは、萌歌たちの前から去っていった。
 処分って、どういうふうにするの?と聞きたいところだけれど、聞いたが最後、なんだかとっても恐ろしくなりそうだったので、それは聞かずにおいた。
 恐らく、危険なので、そのまま焼却炉にぽいっと放り込むとか何なりするのだろう。そういうことにしておこう。
 花には罪がなくかわいそうだけれど、仕方がない。
 もし間違って、その花を生けようとした侍女が毒針で指を刺しでもしたら、大変だから。
 ……それにしても、王子の妃へ贈った花束に毒針とは……。
 しかも、堂々と、仕込んだ――と思われる――本人が、手渡してくるなど……。
 あまりにも、無謀すぎる。
 いや、これは、無謀などというものではなく、はじめから、気づかれるとわかっていての所業?
 ということは、すなわち、それは……宣戦布告。もしくは、嫌がらせ?
 あのマリエルとかいう令嬢は、何やら、フィガロットをうっとりと見つめていたから。
 つまりは、そういうことだろう。
 憧れる王子を、どこの馬の骨とも知れぬ女に、もっていかれたのだから。
 知らず知らず、萌歌は、人の恨みを買ってしまっていたことになる。
 認めてもいない男のために。
 そう考えると、ぞくりと背筋が寒くなる。
「それにしても、よく平気でわたしの前に現れたものね」
 萌歌は、とんと壁に背をあずけ、両腕をくみ、そこから皮肉るような視線をフィガロットへ流す。
 本当に、一週間も姿を見せなかったと思えば、こうして平然と萌歌の前に姿を現した。
 まるで、あの日のことがなかったかのように。
 あの日のことを気にしていたのは、萌歌だけのように思えて、なんだか腹が立ってくる。
 少しくらい、気にしてくれていてもよかったのに……。
「え……?」
 いまいち言葉の意図がつかめないようで、フィガロットは首をかしげている。
 それが、さらに、萌歌の中に、おもしろくない感情を植えつけていく。
 これが、仮にも、萌歌を伴侶にと望む男の反応なのだろうか。
「だって、あんなことをしたから、それで気まずかったのでしょう?」
 すいっと視線をそらし、萌歌はぷうと頬をふくらませる。
 このようなこと、萌歌に言わせないで欲しい。
 言われなくても、気づくべき。
 だって、萌歌は、あの日のことを考えるたびに、おかしな気分になっていたのだから。
 そして、フィガロットが全然会いにきてくれないから、だから……。
 そう思うと、本当に腹が立ってくる。
「ああ、そうか……。そうだったな……」
 萌歌のその言葉に、一瞬、何のことかわからなかったようだけれど、すぐに何かに思い当たり、フィガロットはおかしそうにくすくすと笑い出す。
 そして、萌歌にふわりと微笑みかけた。
 その微笑みに、一瞬、萌歌は目を奪われそうになってしまう。
 これまで、こんなにまっすぐにフィガロットの顔を見たことがなかった。
 よくよく見ると、本当に優しく微笑んでいる。
 先ほど、庭で、重臣たちへ向けていた笑顔とは、まったく違うその笑顔。
 まるで、心の底から、微笑んでくれているような……。
 もしかして、気づかなかっただけで、最初から、フィガロットは、この微笑みを萌歌に向けていた?
 やはり、萌歌はどことなくおもしろくなくて、じろりとフィガロットを見つめる。
 だって、その反応が、どこかひっかかるから。
「……? 何……?」
「いや。ランバートは、何も伝えていなかったのかと思ってね。まあ、その方がいいかな」
 フィガロットは、くすりと笑い肩をすくめて、この話はこれでおしまいという流れを作ろうとする。
 しかし、一度気になったものをそこでやめられては、萌歌はなんだか気持ちが悪い。
 このまま、これで終わらせなどしない。
 どうやらそれは、フィガロットにとっては、ばつが悪い話のようにも感じるし……。
 ならば、なおさら気になる。
「何よ、それ」
「何でもないよ」
 むうと頬をふくらませ抗議する萌歌を、フィガロットは少し驚いたように見つめ、そして楽しそうにくすくすと笑い出してしまった。
 それが、萌歌はやっぱりおもしろくない。
 まるで、てのひらの上で転がされているような気分になる。
 それに、どうして萌歌は、今、フィガロットとの会話を、心のどこかでは、楽しいとすら感じているのだろうか。
 このような喧嘩腰の会話なのに……。
 そこが、この上なく理解不能で、腹立たしい。
 ますます難しい顔をしていく萌歌に、フィガロットはとうとう吹き出してしまった。
 あはははと声を上げて笑いながら、ぽんと萌歌の頭に手をおく。
 それはまるで、子供をあやすような仕草にすら感じる。
 だから、余計腹が立つ。
 何か一言文句を言ってやろうと、萌歌がフィガロットの顔を見上げた時だった。
 萌歌の頭におくその手に、違和感を覚えてしまった。
 だって、その手には……手首には、白いものが巻かれているから。
 長い袖で隠しているけれど、そこからちらっと見える、包帯……。
 目にした瞬間、萌歌は、思わず、がしっとそれをにぎりしめていた。
「ど、どうしたの!? この怪我……っ」
 ぎょっとフィガロットを見つめる。
 すると、フィガロットは、慌てて手を引こうとしたけれど、それは萌歌によって阻まれた。
 もとより、握る萌歌の両手を、フィガロットが払いのけられるはずがない。
「いや。何でもないよ」
 むりやりに、フィガロットはにっこりと微笑んでみせる。
 その明らかな嘘の微笑みに、萌歌の目はすわっていく。
 どうして、この期に及んで、そのようなばればれな嘘をつくのだろうか。
 これが、何でもないはずがない。
「何でもないわけないじゃない。一体……」
 じっと訴えるように見つめる萌歌に、フィガロットは苦く笑う。
 どうやら、このまま誤魔化せそうにないことを、悟ったらしい。
 しかし、本当のことを告げる気もないらしい。
 そのフィガロットの様子に、萌歌は、はっと何かに気づいた。
 さあっと色を失い、険しい顔でフィガロットを見つめる。
「もしかして……? あの毒針入りの花束と同じ理由……?」
 そして、そのような恐ろしいことを口にした。
 瞬間、心臓が飛び出しそうなほど驚いたけれど、それは悟られないように、フィガロットはただ苦く笑うにとどめる。
 しかし、萌歌には、それだけで十分だった。
「そうなのね。でも、どうして……?」
 まっすぐに、萌歌の視線がフィガロットにつきささる。
 その視線には、さすがにフィガロットも、もう降参せざるを得ない。
 そのような、まっすぐな、汚れのない視線を向けられては、もう嘘などつき通せない。
 そこまで、フィガロットの忍耐は、強靭ではない。
「世のお嬢様方は、過激で困るよね。自分たちの思い通りにならないと、すぐに癇癪を起こす。……たとえば、ハンストなどをしたりね?」
 フィガロットは肩をすくめ、大仰に困ったようなそぶりをしてみせる。
 瞬間、ぶちんと萌歌の中の何かが切れた。
「な、何よ、それ! 喧嘩を売る気!?」
 そして、フィガロットの手首をにぎったままになっていた両手に、ぎゅむうと力をこめていく。
 「痛いよ、萌歌」と、ちょっぴり非難するように、フィガロットは萌歌を見つめる。
 どうやら、上手い具合に、萌歌ははぐらかされてしまったらしい。
 しかし、フィガロットは、萌歌がいたってしまったその考えを、否定はしなかった。
 では、やはり……?
 フィガロットの伴侶に萌歌が選ばれたことを気に入らなく思っているお嬢様方が、まだまだたくさんいるということで……。
 この国は、一体、どうなっているのだろう?
 ぎゅむうっとにぎる手の力を、萌歌はふと抜いた。
 そして、フィガロットの手に両手を触れたまま、ふいっと視線をそらす。
 そらした先には、色とりどりに咲く花々がある。
 やはり、何度見ても、この城の庭園は美しい。
 萌歌が抱いていた憧れ、そのままに。
 窓から吹き込んできた風が、フィガロットの肩にかかる不思議な色合いの布をさららとゆらしていく。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:07/09/07