恋するマリオネット
(30)

 翌朝。
 憎らしいくらいに、空はからっと晴れ渡っている。
 与えられた部屋からなかなか出てこない萌歌を不思議に思い、ランバートが迎えにやってきた。
 それでも、頭からブランケットをかぶり、萌歌はベッドから出ようとすらしない。
 いつもなら、ランバートの気配を敏感に察し、すぐさま警戒態勢に入るところなのに。どのような場合においても。
 それくらい、ランバートは、今では萌歌に天敵扱いされている。
 結局、呆れたランバートにむりやりブランケットをはぎとられ、萌歌は起こされることになってしまった。
 ランバートのされるがまま、服も着替えさせられた。
 もちろん、着替えは、ランバートの命をうけた侍女の仕事によるものだけれど。
 さすがに、主の妃になる女性の着替えに手を出すことは、このくさった神官でもできないらしい。
 ――後が、いろいろと面倒だと知っているから。
 そうして、やはり部屋からでたがらない萌歌をランバートはむりやり抱き上げ、ダイニングへとつれて来た。
 萌歌とランバートがダイニングに入った時には、すでにフィガロットが席につき、じっとこちらを見つめていた。
 妙に居心地悪く、萌歌がみじろぎする。
 それに、ランバートも気づいたけれど、さっくりと無視。
 むりやり、フィガロットの正面の席へと座らせる。
 そうして、清々しい陽光の中、朝食がはじまる。
「……これで、どのくらいだ? ジョルー……」
 ふと食事の手をとめ、フィガロットがそうぽつりとつぶやいた。
 そのつぶやきに、控えていたジョルーが気づき、すっとフィガロットへと寄る。
 そして、さらりと答える。
「今回は、まだまる一日ほどでしょうか」
「そうか。まる一日……」
 かちゃりとフォークをおき、フィガロットは何やら考えこんでしまった。
 ジョルーがさらっとつけ足す。
「ですが、まだ一日ですので、命に別状はございません」
「それはわかっている。しかし……このままでは、萌歌は食事をとらないだろう」
 じろりと横に控えるジョルーを見上げ、フィガロットはおもしろくなさそうにつぶやく。
 すると、ジョルーはふうと吐息をひとつもらした。
「それは、まあ……」
 フィガロットは、テーブルに片肘をつき、正面に座る萌歌をじっと見つめる。
 朝食がはじまってもう十分はたとうかというのに、萌歌はフォークすら手に持っていない。
 グラスにたっぷり注がれたオレンジジュースにも、手を触れていない。
 フィガロットの口からも、ふうっと大きな吐息がもれる。
「萌歌。少しは口にしろ」
 そして、とうとう業を煮やしたのか、フィガロットはそう話しかける。
 しかし、萌歌の反応はまったくない。
 うつむき、膝の上に置く自分の両手をじっと見つめている。
「……やはり……昨日の……」
 ぎりっと奥歯をかみ、フィガロットはぽつりとつぶやいた。
 そして、いきなり席から立ち上がる。
 乱暴に椅子をはらいのけ、そのままテーブルをまわり、ずかずかと萌歌へと歩みよっていく。
 そこに控えたままになっていたランバートも、そしてジョルーも、そのほか使用人たちまで、一体何事かとフィガロットの動向をうかがっている。
「まあ、いい。萌歌。今回は、むりやりにでも食べてもらう」
 そう言うと、テーブルの上から、スプーンを乱暴につかみあげた。
 そして、その横においてあったスープ皿から、スープをすくいとる。
 もう一方の手は、強引に萌歌の顔を引き上げている。
 そこへ、スープののったスプーンをおしつける。
 ぎゅっとかたく閉じられた萌歌の唇は、それをまったくうけつけようとしない。拒む。
 スプーンから、つうっとスープが流れおちる。
 それに、ぶちんと何かが切れたように顔をゆがめ、フィガロットは持っていたスプーンを乱暴に床に投げつけた。
 それから、萌歌の両肩に手を置く。
「……いい加減、何か食べないと、本当に倒れるぞ! もうハンストはやめたのだろう!」
 そう怒鳴るも、萌歌は何の反応もしめそうとしない。
 その頑ななまでの姿は、まるで、フィガロットの存在を否定しているようにすら見える。
 その存在、認めてなどやらないというように。
 それほどまでに、昨日のあのことが嫌だったのか……。
 フィガロットを拒むのか……。
 フィガロットは肩に触れる両手に力をこめ、そのまま萌歌を抱き寄せた。
「いや……っ!」
 同時に、そう叫び、萌歌が拒絶の色を示す。
 そして、はっと何かに気づいたようにフィガロットの顔を見て、がたがたと震えだした。
 そのあまりもの怯えぶりに、フィガロットは苦痛に顔をゆがめ、すっと萌歌を解放していく。
 怖がらせるつもりなどなかったのに、無意識のうちに、思いの丈が出てしまっていたのだろう。
 狂おしいまでに求めてしまう、その思いのすべてが。
 ――焦りすぎている。少し落ち着かなければ。
 フィガロットはふうと息をはき、震える萌歌の頭に手をやり、ぽんぽんと二度ほど軽くなでる。
「とにかく、食べられるものがあれば、何でもいいから食べてくれ。それでは、俺の胸がつぶれてしまう」
 そう言い置いて、フィガロットはゆっくりと自分の席へと戻っていく。
 そして、何事もなかったように、食事の続きをはじめた。
 その様子を、ランバートたちは、複雑そうに見つめていた。
 萌歌もまた、同様に、フィガロットを見つめている。
 ここまで拒絶するつもりはなかったのに、体が勝手にそう反応してしまったというように。
 一体、二人の間に何があったのか、ランバートたちにはわからない。
 だから余計、この事態に不安を抱いてしまう。
 ランバートは、たしかに見ていた。昨日の昼頃。
 窓の陰にこっそり隠れ、フィガロットを盗み見る萌歌の姿を。
 そして、その後やってきたフィガロットと、これまででいちばん、普通に会話をしていたことを。
 とてもよい傾向だと、ランバートは安心しはじめていた。
 そのはずなのに、今のこの状態は、これまででいちばんよくないだろう。


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update:07/09/22