恋するマリオネット
(37)

 エアコンの風がほのかに放たれる、夏休みの学生ホール。
 自動販売機のまわりに、簡易なテーブルと椅子がたくさんおかれてある。
 そこのひとつを陣取り、真央子は、ぺろぺろとアイスをなめている。
 すぐそこの窓からは、真上から少し西へと傾いた太陽の光が、じりじりと身を焦がすように注がれてくる。
 これでは、せっかくのエアコンも、ほとんど意味がない。
「へえ。とうとう言われたか」
 椅子の前脚をあげ、後脚だけをきこきこゆらしながら、けろりと真央子がそうつぶやいた。
 それから、もう一度、ぺろりとアイスをなめる。
「え? とうとうって……?」
 カップアイスを食べていたスプーンを口にくわえたまま、萌歌は眉をひそめる。
「やっぱり、あんた、気づいていなかったのね?」
 真央子は盛大にため息をもらした。
 そして、ゆらしていた椅子をぴたりととめ、前脚も床につける。
 ずいっと、萌歌へ身をのりだす。
「ええ? 気づいていなかったって……?」
 迫る真央子に気おされるように、萌歌は眉尻をさげる。
 かわらず、スプーンは、その口にくわえられたまま。
「そういうこと。光也は、もうずっとあんたのことが好きなのよ。――あんたが行方不明になった時も、どうなるわけでもないのに、必死になってあちらこちら駆けまわっていたわ」
 そう言って、真央子はかりっとコーンを一口かじる。
 妙に、目が呆れたようにすわっている。
「そ、そうなんだ……」
 一瞬、驚きに目を見開いたけれど、すぐに戻し、萌歌はすっと視線をそらした。
 左手に持っていた食べかけアイスのカップを、じっと見つめる。
 萌歌をちらっと見て、真央子はひとつ吐息をもらす。
「で? あんたはどうするの? そこまで思われてさ……」
 瞬間、萌歌はがばっと顔をあげ、困ったように真央子を見つめる。
 そのようなことを聞かれても、萌歌にはわからない。
 まだ、答えなんて……。
 第一、光也が萌歌にそういう℃vいを抱いていたことすら、今真央子に言われるまで気づかなかったというのに。
 どうすればいいのか、萌歌にもわからない。
 そのような明らかに戸惑っている萌歌に気づき、真央子は、またかりっとコーンをかじる。
「わたしは、けしかけたりはしないけれどね。まあ、少しは考えてやってもいいのじゃない? あんただって、別に光也のことを嫌いなわけじゃないのでしょう?」
 真央子は、試すようにふっと小さく笑う。
 しかし、やはり、そう言われても、萌歌には答えなど出せない。
 一体、どう答えればいいのか……。
 たしかに、光也は嫌いじゃないけれど、むしろ、仲がいい友達だけれど……。
 でも、その、そういう……彼氏と彼女な関係になれるかというと、……話は、また別。
 頭が、ぐるぐるとまわる。
 へちょっと、萌歌はそのままテーブルに上体をたおし、頭をつけてしまった。
 ひんやりと、沸騰しかけの頭をひやしていく。


「あ! やっと帰ってきたか! このさぼり二人組み!」
 どこかうかない空気をまとい、萌歌と真央子が部室へと戻ってくると、いきなりそう声をかけられた。
 見れば、このせまい部室の床一面を使い、今度は日曜大工をはじめている。
 萌歌は詳しく聞いてはいなかったけれど、一体、このサークルは学祭で何をしようというのだろうか?
 まあ、その、必要以上に血みどろにぬられた生首を見れば、おおよそ予想はつくけれど。
 たしか、このサークルは、文化研究サークルという名の旅行サークルだったような気が、萌歌はするのだけれど……?
 つまりは、活動しているようで、していない。
 普段は、ただのお茶のみ、飲み会サークルに等しい。
 その旅行だって、全員で行くわけではなく、気が向き、気が合った者同士、勝手に行っていて……。
 嗚呼、やっぱり、実態は、皆無。
 部室は、普段は、ただのたまり場。
 ただ、こういう楽しいイベントの時だけ、何故だかみんな一致団結するけれど。
 よく、このようなサークルに、部室棟の一室を提供してくれるものである。この大学は。
 その太っ腹さ加減には、ほとほと頭が下がる。
 ……いろんな意味で。
「って、ちょっと麻紀(まき)! さぼってなんていないわよ。順番でお昼をとっているのでしょう!」
 もちろん、即座に、真央子がそう反論する。
 人を責めることは好きだけれど、責められることはこの上なく好きじゃない。
「冗談に決まっているじゃない。真央子の怒りんぼう」
 ぷうっと頬をふくらませ、麻紀はぽいっと真央子へはけを投げる。
 そして、もう一方の手では、ペンキ缶がぶらぶらゆれている。
 真っ赤な血みどろ色のペンキ缶が。
「あんたねえ……」
 その様子に、真央子はがっくりと肩をおとす。
 そして、半袖でまくる袖などないのに、腕まくりをするふりをして、そこへ……血みどろな壁を作っている最中のところへ突進していく。
 そのような真央子を、萌歌は呆れたように眺めていた。
 我が親友ながら、そのパワーにはかなわないと。
 突進していったその先では、「暴力反対ー!」と絶叫し抵抗する麻紀へと、血みどろペンキのついたはけをおしつようとする真央子がいた。
 さすがにこれには、萌歌の肩もがっくり落ちる。
 本当に、このサークルの人たちは、……子供ばかり。
 まあ、そういう子供なことろも、楽しいといえば楽しいのだけれど。
 攻防戦を繰り広げる真央子が、攻撃をしかけるはけを持つ手を麻紀にぎられ、ふと首をかしげつぶやいた。
「あれ? 光也は?」
 すると、真央子の手からするりと手をはなし、麻紀がけろりと答える。
「買出し部隊出動中ー!」
 そうして、いつの間にか、あれだけ激しかった戦いが、あっさりと幕を閉じてしまった。
 まわりに、散々被害をもたらして。
 まあ、そのおかげで、血みどろ壁が、妙にリアルに出来上がったけれど。
 ふりまわすはけについていたペンキが、まるで飛沫のように壁用のベニア板についていたから。
「ひゃっ……!」
 ようやく、激戦が終わり、作業を再開させようとした時、そのような萌歌の声が上がった。
 すると、みんな一斉に萌歌に注目する。
 そして、何故だか、その目は、ははーんと妙に納得したように細められた。
「……光也、あんた、何をしているのよ?」
 しかし、わかっていて、あえてそのように、真央子が尋ねる。
 その目を、とても楽しそうにきらきらと輝かせ。
 明らかなそのからかいに、光也は妙にさらりと答える。
 そう簡単にからかわれてなるものかと。
 ぺとりと、萌歌の頬に、ジュースのペットボトルをあてながら。
「何って、見てわからない? 萌歌にこれをやろうと思ってね」
「……萌歌だけ?」
 けろりともたらされたその返事に、真央子は不満げに顔をゆがめる。
「当たり前だろう」
 さらに、あっさりと、光也はそう答えていた。
 その会話を聞いていた学生たちは、思わず、ぽかんと口を大きく開けてしまった。
 さすがに、そこまで開き直られては、もう二の句がつげなくなってしまう。からかえなくなってしまう。
 むしろ、尊敬に値するほど清々しい。
「あ、あの……あのね……!」
 その異様な沈黙に耐え切れなくなったのか、慌てて萌歌が口を開く。
「ふーん。とうとう、そういう仲になったのか……」
 しかし、誰かがつぶやいたその言葉によって、部室中が一斉にどっと盛り上がった。
 わいわいと、やけに楽しそうな声が響き渡る。
 まわりの部室に迷惑なほど。
「ね、ねえ、何? この騒ぎ……!」
 もちろん、萌歌は、そのいきなりの変化に、ぎょっとして、慌てて真央子へ擦り寄っていく。
 今にも泣き出してしまいそうな真っ赤な顔で、真央子にすがりつく。
 だけど、真央子は、そのような萌歌をあっさり見捨てる。
 このようなことを、にっこり告げて。
「ああ、サークル中にばればれだからねえ、光也が萌歌を好きなこと。だから言ったでしょう? 萌歌がいなくなった時、光也は一生懸命探していたって。その時に、ばれちゃったのよねえ」
 わかっていて、あえて萌歌をいじめて楽しんでいるらしい。
「そ、そんなあ……」
 真央子にすがりついたまま、萌歌はずるずるとその場にくずおれていく。
 もう手の施しようがないほど、顔を真っ赤にして。
 目には、涙がうるうるにじんでいる。
 そのような萌歌を、光也は愛しそうに見つめていた。
 この喧騒の渦中にいるというのに。


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update:07/11/24