恋するマリオネット
(39)

 気づけば、夏休みも終わっていた。
 光也とは、あの日から、平行線をたどったまま。
 ああいうことになったのに、光也は以前とさほど変わりなく萌歌に接する。
 きっと、それが、光也なりの優しさなのだろう。
 光也には申し訳ないけれど、まだもう少し、萌歌はその優しさにあまえていたいと望んでしまっている。
 萌歌とて、あのまま光也とぎこちなくなどなりたくない。
 だって、光也はやっぱり、萌歌の大切な友達だから。
 二コマだけだった講義を終え、真央子に引っ張られるようにして、萌歌は部室へやってきた。
 すると、そこには何人かの先客がいて、お菓子とジュースで宴会をはじめていた。
 どうやら、学祭の準備にすでにあきてしまっているらしい。
 まあ、もう三分の一ほどは終わっているので、あとは学祭前に修羅場ればそれですむだろう。
 本当に、このサークルのメンバーは、危ない橋をわたってばかりいる。
 もちろん、その宴会の中に、萌歌と真央子もまざっていく。
 楽しそうにはしゃぐ真央子に、萌歌はぐいぐいと腕をひかれながら。
 すると、萌歌の背に、どんと衝撃がきた。
「萌歌ー! すっごいの、聞いて聞いて!」
 そのようなはずんだ声とともに。
 びっくりしてふりむくと、背で、麻紀が子泣きじじいと化していた。
 今度の学祭のお化け屋敷で、その役でもすれば成功しそうなほどの、見事な子泣きじじいっぷり。
「っていうか、みんな聞けー!」
 そして、ぽいっと萌歌を放り捨て、麻紀はそのままずかずか部室の中へ入っていく。
 聞いてと言われたばかりで、萌歌は早々にふられてしまったらしい。
 まあ、萌歌もそれはそれでかまわないけれど。
 宴会の中へ乱入していく麻紀へ向かって、萌歌が声をかける。
「どうしたの? 一体……」
 すると、くるんと振り返り、麻紀はにやりと笑う。
 だけど、すぐに何かに気づいたように、またくるりと体をまわし、萌歌に背を向けた。
 ひらひらと、その右手がやる気なくふられている。
「やっぱり、あんたはいいや」
「え? ちょ、ちょっと……?」
 訳がわからず、萌歌はおろおろしはじめてしまった。
 やっぱりいいやと言われても、そこまでされてからだと、とっても気になってしまう。
 萌歌がむうと頬をふくらませ、麻紀へ歩み寄ろうとした時だった。
 ふいに後ろからのびてきた腕に胸の辺りを抱かれ、ぐいっと引き寄せられた。
 それと同時に、おもしろくなさそうな声が萌歌に降ってくる。
「そうそう。萌歌は聞かなくていいの」
 さすがに、それにはぎょっとして、萌歌はがばりと振り向いた。
 すると、きゅっと萌歌を抱き寄せる光也がいた。
「なんだ、光也。あんたも知っているの?」
 そのような光也に気づき、麻紀はおもしろくない顔をする。
 真央子も他の学生も、光也と麻紀が何を言おうとしているのかと、不思議そうに様子をうかがっている。
 ただ、萌歌だけが、光也の腕の中で、あたふたと慌てている。
 たしかに、光也は、あれ以降も、それまでとさして変わらず萌歌に接する。
 だけど、そのはずなのに、こう……その……ス、スキンシップが激しくなったような気もする。
 遠慮がなくなったような気もする。
 たとえば、今みたいに……。
 それなのに、萌歌は光也をふりはらうことができない。
 そうしようとすると、胸が罪悪感に痛むから。
「ああ。俺も、さっき学生ホールで見て驚いた」
「ふーん……」
 けろりと答える光也に、麻紀はあきらかに不機嫌になっていく。
「それで、一体何なの?」
 今度は、いつの間にやってきていたのか、光也の後ろから、にょろりと数人の女子学生が顔をのぞかせた。
 すると、麻紀は、不機嫌だったその顔をにっこりと上機嫌に変えていく。
 なんとまあ、変わり身のはやいことか。
「うふふ。あのね、実は……このサークルに――」
 その時だった。
「ほら、無駄話はやめて、一堂注目ー! ビッグニュースだぞ!」
 どんと光也の背を押して、このサークルの代表、大谷(おおたに)が入ってきた。
 背をおされた拍子に、萌歌は、光也の腕の中から解放されていた。
 そして、慌てて、真央子の背へと逃げ込む。
 これ以上、光也に抱き寄せられているのは、恥ずかしすぎるから。困るから。
「げ……っ! もう来たー!」
 大谷の闖入に、麻紀は悔しそうにじだんだを踏む。
 どうやら、何がどうあっても、ビッグニュース≠ニやらを自分の口から告げたいらしい。
 だけど、そのおいしい台詞を、あっさり大谷に奪われそうになっている。
 これが、悔しがらずにいられるものか。
 慌てずにいられるものか。
「こーら。その台詞は何だ? 麻紀。俺様は、代表様だぞ。もっと敬うように。そうでないと、いいことを教えてやらんぞ!」
 うらうらと学生たちを部室の中へ追い込みながら、大谷は楽しそうに叫ぶ。
「っていうか、わたし、知っているもーん」
 しかし、すぐに、麻紀がそうブーイングをだす。
 ぶうぶうと、とっても大きく頬をふくらませて。口をとがらせて。
 どうやら、本当に悔しいらしい。
「麻紀。お前は、いちいち話の腰をおるなよな〜」
 ふうっとまるで哀れむような視線を麻紀へ向け、大谷は肩をすくめる。
 そして、すっと表情をひきしめた。
 まるでそれは、得意げに何かを語るように。
 むしろ、無駄に格好をつけようとして、失敗してしまっているようにしか見えないけれど。
「実はな、今日は新しい仲間がやって来た。――入って、ジークルくん」
 そう日本人ではありえないような名を呼び、大谷はくるりと後ろを振り返る。
 すると、開け放たれたままになっていた扉の陰から、見慣れぬ異国人がすっと入ってきた。
 瞬間、その場は、まるで大波にのまれた後のように静まりかえる。
 その異国人を見て、誰もが息をのんでいた。


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update:07/12/12