恋するマリオネット
(40)

 次の瞬間には、どっとわきあがった。
「ええ!? りゅ、留学生!?」
「うわっ。金髪碧眼だよ!!」
「そうとも。ついに我がサークルも、異文化交流だー!」
 そのような、的を射ているのか射ていないのかわからないことを口々に叫び、大騒ぎをはじめる。別に留学生など珍しくもないだろうに。
 そう、ただの留学生なら、珍しくもないだろう。
 だけど、その留学生、ただの留学生とは思えない。
 こう……かもし出す空気が、明らかに一般人とは違う。
 どこか不遜で、だけど気品すら漂わせ……。
 みんな、目をきらきら輝かせ、興味深げにその留学生を見ている。
 それはまるで、動物園で珍獣を見るかのように。
 しかし、萌歌だけは違った。
 その顔からは色が失われ、ぎゅうっと真央子の背に顔をうずめている。
 まるで、何かから隠れるように。
「彼は、南の島国、ヴィーダガーベという国からやってきた留学生だ。さっき、学生ホールで知り合って、気があっちゃって……。ナンパしちゃった」
 てへっと、おちゃめに首をかしげて、大谷はそのようなことを言う。
 すると、「おおー!」という歓声が上がり、どこからともなくパチパチと拍手が巻き起こる。
 どうやら、一瞬にして、この留学生は学生たちの心をつかんでしまったらしい。
 まあ、ある種珍獣が仲間に加わり、無駄にはしゃいでいるだけだろうけれど。
 あと十分もすれば、すっかり落ち着きを取り戻すだろう。
 普段程度に、どたばたとうるさい落ち着きを。
 もともと、このサークルは無駄にうるさいけれど。
「それじゃあ、ジークルくん、自己紹介をしてくれるかな?」
 ちょいちょいと留学生に手招きし、大谷はえっへんと得意げにそう呼びかける。
 恐らく、予想以上のこの反応に、天狗にでもなっているのだろう。
 自らの功績でもないのに。
 さすがは、お気楽極楽、すぐに調子にのる学生たちの集まりである。
 手招きされた留学生は、にっこり微笑み、こくりとうなずく。
 そして、ゆっくり口をひらいていく。
「フィガロット・ジークルです。まだ日本語はあまり上手くありませんが、よろしくお願いします」
 ふわりとやわらかい微笑みを見せ、その留学生はそう言った。
 そう、それはまさしく、ヴィーダガーベの城で、萌歌を妃にと望んだ、あの王子で……。
 萌歌が見間違うはずがない。すべてが清々しいくらい一致する。
 萌歌は、ずるずるとその場にくずおれていく。
 ようやく取り戻した萌歌の日常が、瞬間、弾けとんだ。
 さすがに、自分の背で、萌歌がそのようなことになっていると、留学生……フィガロットに興味をひきつけられていた真央子でも気がつく。
「ちょっと、何しているのよ、萌歌ってば!」
 そう叫び、萌歌を助け起こそうと、慌ててしゃがみこむ。
 同時に、真央子の顔が険しくゆがんでいた。
 くずおれた萌歌は、そこで、顔を蒼白にしていたから。
「萌歌? ちょっと萌歌! あんた、真っ青じゃない!」
 そして、がばりと萌歌を抱き寄せる。
 真央子の腕の中で、萌歌は小さく震えている。
 真央子のその取り乱した声では、騒ぎ立てていた学生たちの注目もさすがに萌歌へ移る。
 同時に、光也が真央子に支えられる萌歌へと駆け寄っていた。
 真央子の腕の中から、ぐいっと萌歌を奪い取る。
「萌歌、大丈夫か? 医務室へ行くか?」
「う、うん……」
 まるですがるように光也の腕をにぎり、萌歌は静かにうなずいていた。
 だけど、萌歌の視線は、すがる光也ではなく、他のところへ向けられている。
 困惑した眼差しが、ただ一点に注がれている。
 この状況に静かになった学生たちが見守る中、光也に支えられ、萌歌は部室を出ようとする。
 その時、すれ違い様、ばちりと留学生――フィガロットと萌歌の視線が合ってしまった。
 フィガロットはどこか苦痛に満ちた眼差しを、萌歌へ向けている。
 だけど、それ以上、何かをしようとはしていない。
 ただじっと、光也に支えられる萌歌を見ている。
「……そんな……どうして……」
 そうつぶやいて、萌歌は部室を出て行った。
 その後を、慌てて真央子が追いかけていく。
 それにしても、一体、何故、フィガロットがここに?
 萌歌を伴侶にと求めた、あのヴィーダガーベの王子が?
 もう、諦めたのではなかったのか?
 諦めたから、萌歌を国へ帰したのでは?
 一体、何がどうなっているのだろう?
 フィガロットは、一体、どういうつもりなのか――。
 不思議なことに、あれほど感じていた萌歌の足の痛みが、すっかり消えてしまっていた。
 同時に、じわじわと、理解し難い怒りが萌歌の中にわいてくる。
 あれほど萌歌を思い煩わせていた張本人が、こうもあっさり、このような理解不能の行動にでたから。
 あの国の空港で見たあの涙は、もしかして、嘘だったとか?
 萌歌を油断させるためのもの?
 だとしたら、萌歌は腹が立って仕方がない。


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update:07/12/21