恋するマリオネット
(41)

「ねえ、南の海に浮かぶ島国なのでしょう? ヴィーダガーベとかいう国って。なのにどうして、フィガロットくんはそういう髪と目の色をしているの?」
 表情がない顔で萌歌をじっと見送るフィガロットに、ふいにそう声がかかった。
 ぐいっと、その腕が、抱かれるようにひかれる。
 それに、一瞬、怪訝に眉をひそめるけれど、フィガロットはすぐににっこりと微笑みに変える。同時に、さりげなく、抱かれるその腕を抜き取りながら。
 日本の女性とは、こういうものなのだろうか?
 簡単に、男の腕を抱けてしまえるなど……。
 だけど、フィガロットの記憶では、萌歌はそうではなかったような気がする。
 こんなにあっさり男を受け入れるのではなく、むしろ、頑ななほど……。
 まあ、しかし、萌歌の場合は、状況が特殊だったから……。
 ふと、そのような思いが、フィガロットの脳裏をかすめる。
 同時に、萌歌が連れ去られたばかりのそちらへ、ちらっと視線をやった。
 あのシチュエーションは許しがたいものだけれど、しかし、今は我慢しておかなければならない。
 今すぐにでも、後を追いかけ、フィガロット以外の男の腕の中から、萌歌を奪い返したいところだけれど――。
「もともと、僕の国の者は皆、北欧の人間なのだよ。二千年ほど前に、今の地へ移り住んできて、国を興したのだよ」
 フィガロットはすいっと視線を戻し、とってつけたような微笑みを浮かべる。
 すると、その場が、何故だかどっとわき起こる。
 どうも、このサークルの学生たちは、ノリがいいらしい。
 たわいないことでも、楽しめてしまえるらしい。
「へえ、すごーい。だから、そんな色なんだね」
 ノリがいいというか、女性たちの、フィガロットを見るこのきらきら――ぎらぎらした眼差しは、一体何なのだろうか?
 まあ、たしかに、珍しいのかもしれないけれど。金髪碧眼は。
 だからといって、留学生がそう珍しいわけでも、外国人が珍しいわけでもないだろうに……。
 フィガロットは、思わず首をかしげそうになった。
「それにしても、上手いよね、日本語。どのくらい勉強したの?」
 先ほど腕をはなしたというのに、今度は別の女子学生がフィガロットの腕へ手をのばそうとしている。
 だけど、それも、フィガロットは、気づかれないようにさっとよける。
 よくはわからないけれど、触れられたくなかったから。
 ……そう。萌歌以外の女性には。
 きっと、それは、あれだろう。あれ……。
 ――嗚呼。そう思うと、萌歌がフィガロットを避けていた気持ちが、わかるような気がする。
 恐らく、今のフィガロットと同じ思いだったのだろう。
 ずきりと、フィガロットの胸が痛む。
「……二ヶ月……かな?」
 ほにゃっと、ちょっぴり困ったような不謹慎な笑みを、フィガロットは浮かべる。
 すると、また、その場は色めくように盛り上がる。
「す、すごい……! たったの二ヶ月でここまで……!?」
 そのような叫びとともに、横にいた大谷に、フィガロットはがばりと肩を抱かれていた。
 「どうだ、まいったか!」と、さも自分が誉められたかのように。
 先ほど、学生ホールでフィガロットをナンパした時もそうだったけれど、どうやら、この代表は、ちょっぴりお調子者らしい。
 だけど、そのおかげで、フィガロットの計画は、今のところ順調に進んでいる。
 フィガロットはもともと、自然を装って、このサークルには入るつもりだったから。
 事前に調べて、萌歌が入っていると知っていたから。
 ただ、想定外だったのは、あの男の存在だけれど。
 当たり前のように萌歌を支え、連れ去っていったあの男。
 思い出すだけでも、フィガロットの胸はむかむかする。憎らしい。
 だけど、同じ思い出すでも、萌歌のその姿を思い出すと……。
「ああ、だって、愛しい人の国の言葉だから……」
 自然、頬の筋肉がゆるみ、フィガロットはやはり不謹慎にそう微笑んでしまっていた。
 瞬間、その場が、かちーんとかたまってしまったことなど気づかずに、フィガロットは一人、にこにこ笑っている。
 どれほど爆弾な発言をしたか、さっぱり気づいていないらしい。
 女子学生たちの顔が、一瞬、般若へと変化したことすらも。


 その頃。
 こちら医務室では、光也に支えられやってきた萌歌が、ベッドに寝かされていた。
 そこまでする必要はないと言ったにもかかわらず、光也に強引にそうされてしまった。
 気分が優れなくなったのは本当だけれど、萌歌はただ、あの場――フィガロットから逃げる口実が欲しかっただけなのに。
 あのままあそこにいては、フィガロットのこと、絶対に、危険なことを口走りかねない。
 ――結局は、萌歌がいなくても、すでに口走っているようだけれど。
 だけど、それは、萌歌は知らないので、ひとまずは安心できる。
 知らぬが仏とは、まさしくこのことだろう。
「本当に大丈夫? 萌歌、今日は帰った方がよくない?」
 萌歌をベッドに寝かせたばかりの光也をぐいっとおしのけ、真央子が心配そうに萌歌の顔をのぞきこむ。
 真央子におされた光也は、どこかあきれたように、やれやれと肩をすくめている。
「うん、もう大丈夫。……ちょっと驚いただけだから……」
「驚いた? ……何に?」
 萌歌のその言葉に、真央子と光也は顔を見合わせ、不思議そうに首をかしげる。
 たしかに、驚いただけで、これほど顔色が悪くなるとは思えない。
 それに、それほど驚くようなことが、果たして、あの状況であっただろうか?
 あの時は、大谷が留学生を連れてきただけで……。
 たしかに、あの見事なまでの金髪碧眼には驚いたけれど。日本人ではなかったことには驚いたけれど。
 だけど、やはりそれだけ。
 このように驚く要素などない。
 他の学生たちのように、騒ぐ要素はあるけれど。


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update:08/01/01