恋するマリオネット
(45)

 大学の中央棟ポーチにまわされた車に乗り込み、萌歌は都市部にあるホテルの一室へつれられてきていた。
 最上階。
 その部屋の窓からは、眼下に、きらきら光るこの街の夜景を見ることができる。
 リビングにおかれたソファーに、萌歌はどすんと体をしずめている。
 先ほどまでの、夕陽の廊下の時とは、様子がまるで違う。
 そう、萌歌はソファーにふんぞり返っているように見えるのだけれど……?
「それで? どういうことか、微に入り細を穿ち(びにいりさいをうがち)、説明してもらおうじゃない?」
 もう、開き直ったとでも、肝を据えたとでも、なげやりになったとでもいうのだろうか? 目を危険にすわらせ、萌歌はそう言い放っていた。
 つれてこられる車の中で、萌歌はこれまでのことすべてが、なんだかどうでもよくなってしまっていた。
 フィガロットの隣で、触れ合うように座っていたその時から。
 そこから伝わるぬくもりが、何故だか心地よかったその時から。
 それに、別に、恐れることはない。
 だって、ここは、日本。
 いわば、萌歌のホームグラウンド。
 そこで、まさか、監禁などといったことはされないだろう。
 いや、この男たちならしかねないかもしれないけれど、異国の地でそのような危険なことをしても、うまく隠蔽(いんぺい)することは難しいだろう。
 彼らが国でしていたように、この国ではさすがに思い通りに操作などできないだろう。
 危険なことは、しないにこしたことはない。
 下手な騒動は、起こさないにこしたことはない。
 まあ、フィガロットが留学生というのが、萌歌としてはちょっと……思い切りひっかかるけれど。
 今は、そこは気にしないでおくことにする。
「うわっ。素晴らしく強気な態度ですね。別人みたいですよ。まあ、それくらいでなければ、王妃は務まりませんが」
 にっこりと、さわやかにランバートが微笑む。
 無意味に嫌味っぽく見えてしまうのは、どうしてだろう?
 ――アンサー。
 萌歌は、とにかくこの神官が癪に障って仕方がないから。
 それにしても、あの時、フィガロットが萌歌の帰国を許した時のランバートは、あれほど冷たい目をしていたのに、どうして今は、出会った頃のように微笑んでいるのだろう?
 それが、萌歌は不思議でならない。
 ……いや、もしかして、萌歌の迷いをランバートに気づかれている……?
 きっと、あんな薬など飲まされず、言葉がわからないままならば、ランバートの発言に、萌歌もいちいち腹を立てることはなかっただろう。
 ――否。それでも、やっぱり腹は立つ。
 ニュアンスで、この神官がふざけた発言をしていることくらい、萌歌でもわかってしまうから。
 ならば、やはり、言葉を理解し言い返した方が、幾分、萌歌の気分はすっきりする。
「だから、説明しろと言っているでしょう! そんなことは今はどうでもいいから!」
 座っていたソファーをばふんと両手で打ちつけ、萌歌は明らかな憤りをみせる。
 萌歌は、この神官と話をしていると、どうにも遊ばれているように感じられてならない。
 ぎろりと見つめる萌歌の視線をさらりとかわし、ランバートはふと表情をひきしめた。
「そのままですよ。我々は……フィガロットさまは、決してあなたを諦めるつもりはないということです。――ねえ、フィガロットさま」
 ランバートが、妙に艶かしい視線を、すっとフィガロットへ向ける。
 すると、フィガロットは、まっすぐに萌歌を見つめた。
 瞳には、真剣でいて、強い情熱をにじませている。
「ああ。ここまでくれば、もうやぶれかぶれだ。長期戦で攻め落とすことにしたんだ」
「な……っ!」
 フィガロットまで、そう言って、にっこり微笑む始末。
 それにしても、それは、やぶれかぶれとは言わない。
 まったく、どうにでもなれという気持ちにはなっていない。
 むしろ、どうにでもなれと思ってしまっているのは、萌歌の方で……。
 嗚呼、もう、本当に、どうにでもなれ。
 ここまでしつこいと、思わず、萌歌はそう思ってしまう。
 そう思ったが最後、萌歌はもう終わってしまうというのに。
 人間、追い詰められると人知の及ばない力を発揮することがあるというけれど、萌歌の場合、追い詰められるとなげやりになる、が正解だろう。
「それにしても、本当に、ヴィーダガーベにいた時とは、態度がやけに違いますよね? 今のあなたからすれば、あの時は、まるで借りてきた猫。思いのほか、気が強いお嬢さんだったようですね」
 ふと目を細め、ランバートが萌歌へ視線を流す。
 やはり、その顔は、萌歌にはとっても皮肉っているように見えて仕方がない。
 事実、皮肉っているのだろう。
 何故、ランバートはここまで執拗に、萌歌にからむのだろう。
 ――嗚呼、答えは、簡単。
 だって、この神官は、萌歌がヴィーダガーベにいた時に、たしかこう言っていたはずだから。
 フィガロットの願いをかなえたい、と。
 そのようなランバートの思いなど、萌歌にすれば、どうでもいい、関係ないこと。
 そのはずなのに、そう思うと、萌歌の胸はずきりと痛む。
「当たり前じゃない。ホームグラウンドにいれば、こっちのものよ」
 萌歌は、ソファーにしずめていた両腕を胸の辺りまでもってきて、そこでがっちりと組む。
 同時に、さらに深くソファーに身を沈める。
 できる限り精一杯、偉そうな態度を装ってみる。
 なんだか、下手に出るのが、とってもおもしろくないから。この神官相手だと。
「ふふ。果たして、そううまくいきますかね……?」
 しかし、この神官は、萌歌のそのような挑発にはのらず、逆にあおる。
「どういう意味よっ!?」
「萌歌が元気になっていたようでよかったということだよ」
 あっさりランバートの挑発にのり、瞬時に毛を逆立てた萌歌を、フィガロットはそう言ってなだめる。
 にっこり微笑んだフィガロットのその顔が、なんだか嘘くさい。
 だけど、何故だか、萌歌の胸はじんわりあたたかくなる。


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update:08/02/03