恋するマリオネット
(46)

「まあ、安心してください。今回、フィガロットさまがやってこられたのは、あなたをむりやり連れ戻すためではありませんから。たしかに、それも目的のひとつではありますが、今は、あなたの気持ちを大切にして、待つとおっしゃっています。……しかし、長い間はなれているのはお辛いのでしょう。そばで……見守りたいと」
 ふと妙に優しげな眼差しをして、ランバートがそう萌歌に告げる。
 その横でソファに腰かけるフィガロットも、身を乗り出し、どこか切なそうに萌歌を見つめていた。
 その目から、その微笑みから、萌歌は目がはなせない。
 どうして、そんなに優しげに萌歌を見つめるの?
「え……?」
「わたしとしては、不本意なのですけれどね。今すぐにでも、あなたを国へ連れ帰り、式をあげていただきたいくらいです」
 困ったように眉尻を下げた萌歌にめざとく気づき、ランバートはにやりと微笑む。
 同時に、萌歌の顔が、ぼんと真っ赤にそまっていた。
 もちろん、フィガロットの顔も。
「ランバート! からかうな!」
 さすがに、それには耐え難い恥ずかしさを覚えたのか、フィガロットがランバートをにらみつける。
 だけど、それさえも、この神官はさらっとかわして楽しんでしまうらしい。
「くすくす。本気ですのにねー」
「ああ、もうっ」
 ぼふんとソファに勢いよく倒れこみ、フィガロットは、呆れたように諦めたように、がくりと肩を落とす。
 どうやら、さすがの王子様でも、この神官にはかなわないらしい。
 まあ、それくらい、萌歌ですら、出会ってすぐに気づけてしまえていたけれど。
 それにしても、本当、この神官は……。
 これで神職者だというのだから、……世も末。
「萌歌。こいつの言うことは気にしなくていいからね。わかっているとは思うけれど、この神官はくさりきっているから」
 きっと顔をひきしめ、ずいっと体を乗り出して、フィガロットは妙に真剣に言う。
 その迫力に、萌歌は思わず気おされてしまった。
「う、うん」
 素直に、そう返事ができてしまえる程度に。
 やはり、その主である王子にすら、くさりきっていると言われてしまうほどこの神官は終わっているのかと、萌歌は妙にしみじみしてしまった。
 もしかしたら、この人たちは、それほど敵視しなくても、警戒しなくてもいいのかもしれない。
 だって、たしかに、この会話を、心のどこかでは、ちょっぴりだけれど、そう絶対にちょっぴりだけれど、楽しいかもしれないと、萌歌は感じてしまっているから。
 あのような出会い方さえしなければ、萌歌だって、もっと……。
 もっと素直に、この人たちを受け入れられたはずなのに。
 だって今、萌歌はこんなに楽しいのだから。
 そう思うと、少しだけ、惜しいような気もする。
 フィガロットも、とても楽しそうに笑っている。
 いつだったか、ランバートが言っていた。
 フィガロットは、気を許せる人の前でだけ、フィガロット≠ノ戻ると……。
 じゃあ……?
 それに、フィガロットは、何だかんだと言いつつ、このくさりきった神官から、萌歌を守っているようにすら感じられて……。
 それじゃあ……?
 もしかしたら、萌歌が思っている以上に、フィガロットに大切にされている……?
 一目ぼれというのは、本当? 本気?
 ふと、そんなことが、萌歌の頭をよぎった。
 フィガロットが、優しい微笑みで、萌歌を愛しそうに見つめていることに気づいたから。
 どうして、今までその微笑みに気づけなかったのだろう?
 ……そのような余裕がなかったから?
 知らない異国の地で、あのような状況にあったから……。
 こうして、落ち着いて見てみれば、フィガロットは、ランバートが言うように、萌歌を大切にしているように見えないこともない。
 どうしてそう思うようになったのか、萌歌にもわからないけれど……。
 きっと、離れていたこのひと月が、萌歌にそう思わせるのだろう。
 それに、フィガロットは言っていた。
 薬の力などに頼らず、萌歌の国の言葉で話をしたいと。
 それはすなわち、何ものの力もかりず、ありのままで、萌歌と話をしたいということ……?
 たった二ヶ月で異国の言葉を覚えてしまえるほど、ここまで使いこなせるほど、フィガロットは萌歌を……?
 それほどまでに、強い思いだというのだろうか?
 きゅうと、萌歌の胸がしめつけられる。
 だけど、ほんわりあたたかい。
 思わず、萌歌はきゅっと両手をにぎりしめていた。
 胸に押し当てるようにして。
「ね、ねえ。ところで、このこと、学校には……?」
 ふと、萌歌はそれに気づいてしまった。
 まさか、フィガロットはヴィーダガーベという国の王子で、萌歌を連れ戻すために留学してきた……なんて、そんな本当のことを話されでもしていたら……。
 まあ、そこまで馬鹿ではないと信じたいけれど、だけど……。
 この神官の入れ知恵か何かで、それすらも利用して、萌歌を捕まえてしまうかもしれない。
「ああ、それでしたら、言っていませんよ。動きにくくなるだけですからね。ただ、国では身分ある方だとは伝えてありますけれど。そうでないと、我々も護衛をしにくいですからね」
「そう……」
 萌歌の問いに、ランバートがけろりとそう答えた。
 すうっと、萌歌の顔が曇る。
 安心したはずなのに、だけど、なんだか違和感を覚えてしまい。
 本当は、そんな答えではなく、もっと別の……?
 ううん。そんなはずはない。
 きっと、意外にも常識……理性があったので、萌歌はそこに驚いているにすぎない、……はず。
「どうしたのですか? 気に入りませんか?」
「ううん。そうじゃなくて……」
 さすがに、萌歌の覇気のない反応を、ランバートは不思議に思ったらしい。
 少し首をかしげながら、萌歌の顔をのぞきこむ。
 萌歌は、ランバートからすいっと顔をそらし、そのままじっとフィガロットを見つめる。
 もの言いたげに。
 萌歌の視線の先では、フィガロットがおだやかに微笑んでいる。
 その微笑みを、萌歌は妙に愛しく感じてしまう。
 ――嗚呼。本当に、もう終わりかもしれない。


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update:08/02/12