恋するマリオネット
(58)

 いよいよ、明日に学祭が迫ってきた。
 明日から三日間、キャンパス全部を使って行われる。
 萌歌たちの似非文化研究サークルももちろん、活動費を稼ぐため……というよりかは自分たちが楽しむために学祭に参加する。
 第二講堂まるまるひとつ使っての巨大お化け屋敷。
 しかも、それ、妙にリアルで生々しいと、前評判も上々。
 さすがは、偶然の産物、血飛沫やら血溜りの芸術作品なだけはある。
 あのようにふざけていて、このような傑作が出来上がるなど、……世の中、なめている。
 忙しく準備にあたるメンバーを下に、萌歌と真央子は講堂三階にあるバルコニーに来ていた。
 そこからは講堂全体の様子を見渡すことができる。
 そこで、進行状況を見てきて欲しいと大谷に頼まれ、二人は今ここにいる。
 真央子の手には、通話をしようとポケットから取り出したばかりの携帯がもたれている。
「わあっ。かたちになってきたねー」
 バルコニーのてすりに両手をかけぐいっと上体をのりだし、萌歌は感嘆の声をもらす。顔がぱあと輝いている。
 予想以上のその大作に、萌歌は驚いてもいるらしい。
 あのようなはちゃめちゃな過程で、このような立派なものができあがりつつあるなど、……世の中、馬鹿にしている。
「当たり前じゃない。かたちにならなきゃ困るのよ。学祭は明日なのだから」
 ぱかっと携帯を開き、多少馬鹿にしたような視線を、真央子は萌歌に送る。
「それにしても、すごいよねー。大きい」
 だけど、萌歌はさっぱり真央子の話など聞いていない。
 真央子の言葉よりも眼下に広がるその活気ある光景に、萌歌は心奪われてしまっている。
 まったく、子供じゃないのによくそこまで無邪気に楽しめるものである。
 ……まあ、真央子も実はとっても楽しんでいるけれど。
 年に一度のお祭り騒ぎができるとあっては、楽しまなければ損。
 少しあきれた、だけど見守るように萌歌を見ながら、真央子は携帯の操作ボタンに手をかけていく。
 真央子の目のはしに、てすりにそってふらふら横へ移動していく萌歌が見える。
 その時、真央子がふと何かに気づいたように、メモリを出してこようと操作していた手をぴたりととめた。
「萌歌、それ以上そっちへいっちゃ駄目よ。そこのてすり、腐っていて危ないから。萌歌はにぶいから特に近寄っちゃ駄目よ」
 まるで子供に言い聞かせるようにそう言って、真央子は携帯に視線を戻していく。
「悪かったわね!」
 ぴたりと動きをとめぷうっと頬をふくらませ、萌歌は一言余分だと真央子に抗議する。
 しかし、真央子はさっくり萌歌を無視して、大谷に進行は順調と報告している。
 そして、ぶちっと携帯をきり、ふくれる萌歌に何事もなかったようにさらりと声をかけた。
「それじゃあ、戻るわよ。あんまり長居していると、大谷のお馬鹿にどやされるわ」
 ぐいっとポケットに携帯をしまいながら、真央子がにやりと微笑む。
 一瞬ぽかんとして、萌歌もふふっと不敵に笑う。
「そうだね、大谷くん、妙にやる気だものねー」
「そうそう、あの男はお祭り馬鹿だから」
 ひらひらと手をふりながら、真央子はけらけら笑う。
 真央子の背をぽんとたたき、萌歌もくすくす笑う。
 本当に、その通りよねーと。
 それから二人、手に手をとって、階下につづく階段へ楽しそうに駆けていく。


 階段を降り、萌歌と真央子が一階まで戻ってくると、ちょうどそこを通りかかったのか、光也とばったり会った。
「ああ、戻ってきた戻ってきた。お疲れ、萌歌、真央子」
 そう言って、隙間なくびっしり矢がささった落ち武者の血みどろ人形を持ち、光也は萌歌と真央子に微笑みかける。
 なんとまあ、ミスマッチというかアンバランスというか……。
 そのような不気味なものを抱えて、ほがらかに微笑まないでほしい。
 思わず、萌歌と真央子の頬がひきつる。
 光也は、よいしょっと、その落ち武者人形を血飛沫たっぷりのすぐ横の壁にたてかけ、同時にその下においていた紙の束を萌歌たちにおしつける。
「何よ、これ」
 もちろん、真央子は遠慮なく怪訝に顔をゆがめる。
 ようやく三階バルコニーの任務から解放されたばかりだというのに、また仕事をおしつける気かとでも言いたげに。
 光也の向こう側では、サークルのメンバーたちが、とんてんかんと、日曜大工に励んでいる姿など真央子の目には入っていないらしい。
 三階バルコニー任務が、それにくらべるといかに楽かなど当然気づきもしない。
 しかし、不満げな真央子などさらっと無視して、光也はにっこり微笑む。
「次なる任務、ポスター貼り部隊、ゴー!」
「ゴーって、あんた……! っていうか、大谷の奴、とことんわたしたちをパシリに使う気ね!」
 光也のその言葉に、真央子は「うがー!」と叫び爆発してしまった。
 いかにも真央子らしい反応に、光也はくすくす笑う。
 ぐいっと、その手に、問答無用でポスターの束を持たせながら。
「あはは。まあ、いいから行けって。ほら、みんな今、あの金髪野郎に群がっているから。萌歌は気づかれたら集中砲火だ」
 どこか困ったように微笑み、光也はとんと真央子の背を押す。
 その言葉に、真央子もはっと何かに気づいたように、ふうっと息をはきだした。
 そして、しぶしぶポスターを抱えなおす。
「……ああ、なるほどねー……」
 それから、真央子はちらっと萌歌へ視線を移す。
 すると萌歌は、頭ひとつ突き出た金の髪がちらちら見える女子学生の群れをじっと見つめていた。
 どこかうかない――きゅっと唇をかみしめて。
「萌歌……?」
 その様子がいつもの萌歌と違いすぎて、真央子は顔をくもらせる。
 なんだか、今の萌歌は、真央子の目にはとても苦しそうに見える。
 その目は、フィガロットをとらえたままはなれようとしなくて……。
「萌・歌! ほら、さっさと行けっての!」
 真央子の視線の先で、光也がそう言って萌歌に画びょうのケースをぐいっとおしつける。
「え? あ、うん。ごめんね、光也くん」
 萌歌ははっと気づき、慌てて光也からそれを受け取った。
「こういう時は、ごめんじゃなくてありがとうだよ、萌歌」
 ふわりと、光也は萌歌に優しく微笑んでみせる。
 それから、萌歌と真央子の背をぽんと押した。促すように。
「あはは。ありがとう、光也くん!」
 それに、素直に萌歌も答え、たっと駆け出した。
 どうやら、萌歌にもわかっているらしい。これは、光也と大谷の配慮だと。
 わざわざ使い走りのようなことをさせて、女子学生の目に触れないように、そのような仕事ばかり与えてくれているのだと……。
 そのさりげない優しさが、つんと萌歌の胸に染みる。
 駆け出した萌歌をやれやれと見ながら、真央子もその後を追うように足を踏み出した。
 同時に、ちらりと光也を振り返る。
「……おひとよし」
 そして、ぽつりとつぶやく。
 光也は、真央子に困ったように微笑み返した。まるで図星をさされたかのように。
 それにしても、この扱いの差には、真央子は何だか他意を感じてならない。
 どうして、真央子には重いポスターの束で、萌歌にはてのひらサイズの画びょうケースなのか……。
 そう思うと、真央子はどことなくおもしろくない。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:08/06/01