恋するマリオネット
(59)

 真昼の陽光が、さんさんと差し込んでくる。
 さすがに、十一月ともなると、夏場あれだけじりじり身を焦がしてくれたその陽光も、優しくやわらかになっている。
 手のひらに画びょうケースをのせ真央子に差し出しながら、萌歌はふと窓の外に広がる秋空を見上げる。
 そこには、空いっぱいにうろこ雲が浮かんでいた。
「ねえ、どうしよう。真央子……」
 窓の外の景色を見ながら、萌歌がぽつりとつぶやく。
 すると、掲示板とポスターと格闘をしていた真央子が、手をとめ萌歌へ顔を向けた。
 真央子が目にした萌歌は、どこか淋しそうに窓の外を見ている。
「何が?」
 萌歌のその様子に、真央子の胸も淋しさを覚えたけれど平静を装う。
 そして、かしゃりと音を鳴らせ、萌歌の手の上にある画びょうケースから画びょうをひとつつまみあげる。
「わたし、このままでいいのかな……」
 変わらず、空を見つめたまま、萌歌はつぶやいた。
「は? ああ、はいはい、それね。いいんじゃない? だって、あんた、あのキラキラ王子が好きなのでしょう?」
 真央子は、はじめ萌歌が何を言おうとしているのかいまいちわからなかったけれど、すぐにその答えに行きついた。
 今萌歌が悩んでいることくらい、真央子にはわかってしまう。
 萌歌はずっと、ヴィーダガーベで行方不明になり、そして帰国してから、そのことばかりを考えている。
 そして、真央子は確信した。
 約ひと月前、学生食堂でフィガロットといる萌歌を見て。フィガロットに対する萌歌の思いを聞いて。
 本人は気づいていないけれど、きっと……間違いなく、萌歌はそう≠ネのだろうと。
 どうして気づけないのか、いや、恐らく、萌歌もそろそろ気づいているだろうけれど、あと一歩を踏み出せないのだろうと、真央子はそこにはもどかしさを感じる。
 二人の間に何があるのか真央子にはわからないけれど、誰がどう見ても、二人は惹かれあっている。
 それなのに、何故……?
 まあ、さすがに、そこまで踏み込むほど、真央子も野暮じゃないけれど。
「す、好きって……!? っていうか、キラキラ王子!?」
 ぐるんと首をまわして、萌歌はぎょっと真央子を見つめる。
 さすがにその言葉には、萌歌もぼんやり空とにらめっこをしてはいられなくなったらしい。
 萌歌の顔が真っ赤に染まっている。
 まだ太陽が中天辺りにある昼間だから、それが夕陽によるものでないことは明白。
「だって、あいつ、やけに髪がキラキラしてまぶしいじゃない。それで、どこか身のこなしが優雅というか、洗練されているというか……。だから、キラキラ王子よ」
 真央子はにやりと微笑み、画びょうケースからまた画びょうをつまみあげ、掲示板にぽちっと押し込む。
 そのたんたんとした真央子の様子に、萌歌の頬がひきつる。
 ……いや、ひきつっていたのは、その言葉の内容にかもしれない。
 だって、真央子が言ったことは……。
 どうやら、隠していても、結局ばれるものはばれるらしい。
 まあ、ばれていると言っては語弊があるけれど、なんとなく感じてはいるらしい。
 フィガロットが王子だということを。
 だから、理由はまったく違うけれど、キラキラ王子なんて言葉もでてくるのだろう。
「……ねえ、本当にいいと思う? だって、光也くん……」
 手のひらにのせる画びょうケースをきゅっとにぎり、萌歌はすがるように真央子を見つめる。
 すると、真央子はすうと困ったように肩をすくめ、画びょうケースをにぎる萌歌の手をふわりと解いていく。
 そして、そこから、またひとつ、ひょいっと画びょうをつまみあげる。
「いいのよ、あの男は好きでああしているのだから。萌歌が気にすることないわ」
「でも……」
 真央子に解かれたばかりの手を、萌歌はまたきゅっと握り締める。
 どこか納得がいかないと、じっと真央子を見つめる。
 やはり、そのような萌歌に、真央子はため息をつかずにはいられない。
 真央子はこれまで、萌歌の色恋に関することは聞いたことがなかったけれど、いざ聞いてみるとなんて不器用なのだろうか。
 まあ、これも悪くはないとは思うけれど、とにかく萌歌は考えすぎている。
 もうちょっと楽に考えられないものだろうか。
 時には、理性ではなく、感情で行動することも必要だというのに。
 それに、もうちょっと楽に考えないと、逆に……。
「あのね、萌歌、ふった奴のことをそう気にかけちゃ駄目よ。それはかえって相手を傷つけることになるわ。下手に優しくしちゃ駄目。生殺しになっちゃう」
「あ……っ」
 かあと、萌歌の顔が恥ずかしそうに染まる。
 どうやら、真央子に言われてはじめて、そのことに気づき、自分を恥じているらしい。
 ちゅうぶらりんな状態が、いかに相手に対して失礼かということに。
 そのような萌歌を、真央子はやはり困ったように見つめる。
 そして、最後の画びょうを掲示板に差し込む。
「まあ、急すぎたのよね、キラキラ王子が現れてから。でも、いいんじゃない? あんたがあのキラキラ王子を好きだっていうなら」
 萌歌の手のひらにある画びょうケースに、真央子はぱかっとふたをする。
「す、好きって、だから〜……」
 萌歌はすいっと真央子から視線をそらし、きょろきょろとさまよわせる。
 どうやら、かなり動揺しているらしい。真央子の言葉に。
 たしかに、先ほどから、フィガロットを好きでしょうと、真央子はけしかけているような気がする。
 だけど、でも、今の萌歌を見ていると、もどかしくて仕方がない。
「何? あんた、この期に及んで否定するの?」
 ふたをしめたそのまま、画びょうケースごと、真央子は萌歌の手をぎゅっとにぎりしめる。
 このまま逃がしてはやらないぞ、とばかりに。
 ずいっと、顔を寄せる。
「……この期に及んでって……。でも、うん、ありがとう、真央子。なんか吹っ切れそうかも」
 すると、萌歌はどぎまぎしつつも、ふと柔らかい表情を見せた。
 萌歌の中で、何かしらのわだかまりがひとつ解けたよう。
「そうかいそうかい。それはよかったね」
 そう思うと、自然、真央子の顔もゆるんでいた。
 これまで意地悪を言ってきたけれど、それも萌歌に幸せになって欲しいから。
 好きだと思うなら、素直に飛び込んでいけばいい。
 幸い、両思いなのだから。
 ならば、遠慮などいらないだろう。
 ……本当に、真央子の親友は、なんて不器用なのだろうか。
 だけど、にっこりと微笑む真央子とは対照的に、萌歌はどこか複雑そうに顔を曇らせた。
 それには、真央子は気づいていないらしく、ぐいっと萌歌の肩を抱き寄せる。
 そして、ひょいっと顔を近づける。
「ねえ、どう? この際、面倒な男なんてやめちゃってさ、いっそわたしにしておかない?」
 真央子はにやにやとたち悪く微笑みながら、楽しそうにそう耳打つ。
 萌歌は、ぽかんと呆れたような表情をのぞかせたけれど、すぐに、同様ににやーりとたち悪く微笑む。
「そうねえ、それもいいかもね?」
 そして、そんなことを言ってのけた。
「でしょー? 萌歌のことをいちばん愛しているのは、わたしだものね」
 真央子は楽しそうにそう言って、そのまま萌歌をぐいっと抱き寄せる。
 それから二人、顔と顔を見合わせ、くすくす笑い出した。
 だけど、またすぐに、萌歌の目がふと切なげにゆれる。
「……うん、そうよね。フィガロットなんかじゃなくて、真央子よね……」
 それはまるで何かのまじないのように、ぽつりとつぶやかれた。
 そのような萌歌を、真央子はただ怪訝に見つめるしかできなかった。
 せっかく萌歌の中で何かが動き出したと思ったのに、結局何も変わってはいないのではないかと、そう思ってしまい。
 どうして、そこまで、フィガロットの思いを受け入れないことにこだわるのだろう? 萌歌は。


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update:08/06/08