恋するマリオネット
(60)

 十一月に入った頃。
 この時分になると、そろそろ寒くなってくる。
 キャンパスの向こうに見える山々も、にわかに色づきだしてきた。
 この山は、これから真っ赤に燃え上がるだろうと思うと、胸がどきどきしてくる。
 春の桜もいいけれど、秋の紅葉もやはり捨てがたい。
 学祭当日。
 キャンパスは、学生だけでなく、一般客の姿もよく目にする。
 いつも以上に、活気があり、にぎわっている。
 その中でも、とりわけ第二講堂辺りは、また違った意味でにぎわっているよう。
 萌歌たちのサークルの出し物は、予想通りというか予想に反してというか、人気を呼んでいる。
 やはり、妙にリアルなその血のアートたちが、人の目をひきつけているのだろうか。
 ……だったら、ひきつけられふらふらやってきた人たちは、よほどの物好きか趣味が少々おかしいということになるだろう。
 いや、しかし、それよりも何よりも、客寄せのその人選が、パーフォーマンスが、抜群だったのだろうか。
 特に、夢見る乙女たち相手の人選が。パフォーマンスが。
 そのおかげで、お客の半数以上が乙女のみなさんという異常っぷり。
 普通なら、野太い声で喜声を発する男性グループだとか、思わずはりたおしたくなる程度のいちゃいちゃっぷりを披露するバカップル辺りが定番なのだろうけれど、何を間違ったのか、ここのお化け屋敷は乙女のみなさんたちばかり。
 ――そう、お化け屋敷のはずなのに、調子にのった大谷の仕事によって、真央子がいうところのキラキラ王子が、王子様の扮装をして客寄せに使われているものだから……。
 その他、サークル内では見目よい方に入る数人の男子学生たちも犠牲になっている。
 キラキラ王子が王子様なら、他の男子学生たちは、ギャルソンだとか、海賊だとか、若侍だとか、将校だとか、ある種、個性的な趣味をお持ちのお嬢さんたちをターゲットにしているとしか思えない扮装ばかり。
 もはや、おばけ屋敷の影はない。
 ここでこれから、お化け屋敷ではなく、仮装行列でもはじめようというのだろうか?
 まあ、キラキラ王子に関しては、その扮装が似合って当たり前かもしれない。
 誰にも内緒だけれど、キラキラ王子ことフィガロットは、正真正銘、王子様なのだから。
 国へ帰れば、それこそ、いたれりつくせり、ちやほやされ放題だろう。
 どうやら、フィガロットのそのキラキラぶりが、乙女のみなさんの気をひいて仕方がないらしい。
 見事なまでの金髪碧眼は、さすがに珍しいらしい。
 これでは、動物園の珍獣と扱いがさほどかわらないような気がしてならないけれど。
 そして、これは、ある意味重大な事実。
 フィガロットがしている扮装は、本当は王子様ではなく吸血鬼の仮装らしい。……大谷に言わせると。
 それでも、やっぱり何かが間違っているような気がする。その他の男子学生さんたちといい。
 たしか、お化け屋敷だったと思うのだけれど……?
「……やっぱり、本性は隠せないのね……」
 文化研究サークルのメンバー以外は立ち入り禁止にしている、第二講堂三階バルコニーで、壁にもたれかかりながら、じとりと冷たい眼差しを向ける萌歌がいる。
 その眼差しの先には、命からがら逃げてきましたといういでたちの、フィガロット。
 どうやら、フィガロットがやって来るまで、ここには萌歌一人でいたらしい。
 ぽりぽりと、つまらなそうに萌歌はチョコスナックをかじっている。
「……それは、どういうこと?」
 今にもぜいはあと荒い息が聞こえてきそうなほどへろへろのよれよれになりながら、フィガロットがよろりと萌歌へ歩み寄っていく。
 ただでさえ暗くて危ないというのに、その足元がおぼつかないのでは、危険で仕様がない。
 ここには、あちこちに、サークルのメンバーたちの荷物が打ち捨てられている。
 いつ、その一つに足をとられるとも知れない。
 ……いや、一つなんてけちなことは言わず、三つや四つや五つかもしれない。
「まったく、やっとの思いで抜け出してきたのに、萌歌にそう言われると悲しくなっちゃうよ……」
 萌歌の前まで歩いていくと、フィガロットはがっくりと肩を落とす。
 すると、暗がりの中うっすらと浮かぶ萌歌の顔が、楽しそうに笑みをのぞかせる。
「いいじゃない、似合っていると言っているのだから。それに、もてもてじゃない」
 楽しそうに笑みを浮かべたかと思うと、次の瞬間、萌歌は皮肉るようにフィガロットを見ていた。
 萌歌のその微妙な変化に、フィガロットは目を見開き、困ったように、だけど嬉しそうに頬を染める。
 その言葉の裏に隠された、恐らく、萌歌自身にも気づけていないその微妙な思いに、フィガロットは気づいたのだろう。
 だから、そのような複雑な表情をのぞかせたのだろう。
 だって、それはまるでやきもちのような感情に、フィガロットには思えてしまったから。
 まあ、都合のいい考えかもしれないけれど。
 だけど、萌歌のその微妙な表情、言葉の端々に、小さな変化を感じ取れてしまうことは本当。
 そしてそれが、フィガロットを嬉しくさせる。


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update:08/06/17