恋するマリオネット
(61)

「フィガロット……?」
 何とも言えぬ表情を浮かべるフィガロットを、萌歌は不思議そうに見つめる。
 そのような反応が返ってくるなど、思っていなかったらしい。
 ぴくりと動き、壁につけていた萌歌の手が、少しだけフィガロットへ近づく。萌歌の気づかぬうちに。
「うん、嬉しいなーと思って。萌歌、それってやきもちをやいてくれているのだよね?」
 しかし、この王子様は、どうやら、最後の最後、詰めが甘いらしい。
 思いっきり、的を射抜いたそのような言葉を投下してしまった。
 そのようなことをすれば、あとはどのようになるかは目に見えているようなもの。
 萌歌の顔が、一瞬にして真っ赤に染まった。
「な、何ふざけたことを言っているのよ!」
 同時に、フィガロットからぷいっと顔をそらした。
 手に持っていたチョコスナックの袋を、フィガロットの胸へくしゃりとおしつける。
 フィガロットは、萌歌を愛しそうに見つめながらくすくす笑う。
「ねえ、萌歌。僕、こういうイベントってはじめてだから、案内してくれるよね?」
「はあ?」
 フィガロットは、胸におしあてられたチョコスナックの袋を、萌歌の手ごとふわりと包み込む。
「よし、決まりだね」
 それから、そう言って、きゅっとその手をにぎりしめる。
「って、ちょ、ちょっと……!?」
 さすがに、いきなりのそのわけがわからない行動には、萌歌もそらしていた顔をもとに戻さずにはいられない。
 ぐるんと首をまわして、フィガロットをぎょっと見つめる。
 その時、ぱちりとフィガロットと目が合ってしまい、瞬間、萌歌は思わずぷいっとまた顔をそらしてしまった。
 だけど、すぐにゆっくりと戻していく。
 視線を戻したそこでは、変わらず、フィガロットが優しく萌歌を見つめていた。
 萌歌の胸が、きゅんと鳴く。
 フィガロットに握られた萌歌の手が、妙に熱っぽい。
 フィガロットのその微笑みから、目をそらせない。
 萌歌がフィガロットをじっと見つめてしまっていると、ふいに握られていた手がぐいっとひかれた。 
 それと同時に、王子様……いやいや、吸血鬼の仮装のまま、フィガロットは歩き出してしまった。妙に弾んで軽い足取りで。
 萌歌はあっけにとられてぽかんとしてしまったけれど、すぐにそれはなんだか諦めのような感情にすりかわってしまった。
「もうっ、強引なのだから! だけど、そのままじゃあ目立っちゃって、またもみくちゃにされるわよ!?」
「萌歌が一緒なら平気だよ」
 萌歌がそう忠告するも、フィガロットはあっさりとそのように返した。
 これではもう、萌歌には二の句がつげない。
「いや、わたしが平気じゃないから!」
 かと思いきや、さっくりと二の句をつげた。
 だけど、フィガロットは気にせず、ただ優しい眼差しを萌歌へ向けていた。
 どのようなことでも、こうして萌歌と会話ができれば、一緒にいられれば、フィガロットはそれで幸せだというように。
 惜しむことなく思いを向けるフィガロットに、萌歌は切なそうに顔をゆがめてしまう。
 萌歌はにぎられていない方の手で、フィガロットの衣装のマントをきゅっとにぎる。
 かしゃりと、チョコスナックの袋が落ちた音が足元でした。
 マントを小さくつんとひかれたことに気づき、フィガロットは不思議そうに萌歌を見つめる。
「萌歌……?」
 すると、ふいっと顔をそらすようにうつむいて、萌歌はどこか苦しそうにつぶやく。
「……わからないよ。どうして、あなたは……」
「僕もかわらない。ただ……僕は、萌歌を見つけた瞬間、好きになっていた。そして、萌歌を知れば知るほど、思いをとめられなくなった。――それじゃあ、駄目?」
 フィガロットはうつむく萌歌の頬にふわりと触れ、くいっと顔を上げさせる。
 顔を上げた萌歌のすぐ目の前には、萌歌の全てを理解したような優しい瞳があった。
 瞬間、萌歌の胸はどくんと脈打ち、息ができなくなった。
「え……?」
 かすれた声で、萌歌がわずかにつぶやく。
「そういうものかもしれないよ?」
 にぎる手とマントに触れる手を同時にひきよせ、フィガロットは萌歌をぽすんと胸の中に包み込む。
 また、萌歌の胸がおかしな動きをする。
 フィガロットの胸の中、きゅっと唇をむすび、目をつむる。
「……わからないよ」
 だけどすぐに、くぐもった声で萌歌はそうつぶやいていた。
「いいよ。ゆっくりでいいから、少しずつでいいから、僕を見て?」
 フィガロットは、その胸に萌歌をぎゅっと押しつける。
 萌歌を包む、その両腕によって。
 萌歌はもう、何がなんだかわからなくなりつつある。
 頭がぐちゃぐちゃになる。
 胸が飛び出してしまいそうなほど脈打っている。
 少しだけ、頭をフィガロットの胸に預けてみる。
 ……それに、もう遅い。
 すでに、萌歌はこんなにも、フィガロットを見てしまっているから。
 だから、少しずつなんて無理。
 これから、もっと見られるだけの容量も萌歌には残っていない。
 もういっぱいいっぱいまで見てしまっているような気がする。
 ただ、どうして萌歌なのか……。
 フィガロットは一目ぼれと言うけれど、萌歌は人並みの容姿しか持っていないのに、それでも……?
 そして、このまま流されてしまっては都合がよすぎる。
 萌歌はそう思っていたはずなのに、そのようなことはもうどうでもよくなりつつある。
 流されることに耐えることが、もうできなくなってしまってもいる。
 萌歌の中で、フィガロットをこのまま受け入れてはいけないと、何かが警鐘を鳴らしている。
 だけど同時に、受け入れてもいい、受け入れたいと、そう何かが言っている。
 そのようなものを蹴散らして、飛び込みたいと。
 その何かがわからないことには、萌歌は不安なままなのに。
 今では、その何かが何なのかすらわからない。
 その歯止めすらも、崩れ落ちはじめている。……ほとんど崩れてしまっているかもしれない。
 もうずっと前から、萌歌の目はフィガロットを見ている。追っている。
 萌歌を抱きしめるこの腕が、この胸が、愛しい。


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update:08/06/28