恋するマリオネット
(63)

 フィガロットが萌歌を残し、飲み物を買いにここを去ってすぐ、入れ違うように女子学生たちがやってきた。
 その女子学生たちは、よく見知った顔をしている。
 だって、萌歌と同じサークルで、ひと月ほど前までは光也に、そしてひと月前からはフィガロットによく声をかけている女子学生たちだから。
 それだけじゃない。
 先日、学祭の準備をしている時に、萌歌に調子にのるなと言ったあの女子学生たち。
 ……なんだか、萌歌はとても嫌な予感がする。
 とりわけ、彼女たちが浮かべるその表情から。
 憎々しげに、萌歌をまっすぐににらみつけている。
「ねえ、あんた、何様のつもりよ? フィガロットくんに近寄らないでよね」
 ぺちょっと床に座る萌歌を威圧的に見下ろし、女子学生の一人がそう言った。
「っていうか、何なの? 光也くんだけじゃなくフィガロットくんまで。おとなしそうな顔をしてけっこうやるわよね? 調子にのるのもたいがいにしなさいよ!」
 それから、もう一人がそう言って、萌歌の腕をぐいっとつかみあげる。
 さすがに、三人に取りかこまれ見下ろされては、萌歌も圧倒されそうになる。恐ろしい不気味なものを感じる。
 女子学生たちはすでに理性を失いかけているようにすら見えるから、萌歌は余計にそう感じる。
 萌歌は、つかまれていた腕を強引にひきあげられ、立ち上がらされる。
 多少よろりとよろけながら立ち上がると、女子学生たちは「にぶいわね」と小さくつぶやき、馬鹿にするような視線を惜しみなく萌歌にそそぐ。
 それに、萌歌が胸の内でため息をついていると、女子学生の一人が今度はどんと萌歌の体をおした。
 また、よろよろっと、萌歌の体がよろける。
 つんと、背にあたるものを感じる。
 どうやら、よろけたついでに、萌歌はてすりへと追い込まれてしまったらしい。
 これでは、この三人の女子学生たちに、にぶいと言われても仕方がないかもしれない。
 萌歌は、そこにちょっぴり哀愁を感じる。
 だけど、哀愁を感じたところで、この状況を回避できるわけでもない。
 前には、恐ろしい形相の女子学生が三人。そして、後ろには、てすり。
 これでは、前にも後ろにも進めない。逃げられない。
 だけど、女子学生たちは、じりじりと萌歌に迫ってきて……。
 ならば、横へずれようかと思ったけれど、どうやら、三人に一人ではそれもかないそうにない。
 だからといって、ここで下手に騒ぎを起こすわけにもいかず、誰にも助けを求められない。
 だって、今は、このすぐ下で、お化け屋敷をしているから。
 他のサークルのメンバーも、やってきてくれたお客さんたちも、のりのりで楽しそうにしている。
 ……まあ、のりのりで楽しそうなのは、サークルのメンバーだけのような気もするけれど。
 お客さんの方は、むしろ、いい迷惑かもしれない。
 無意味にリアルなその演出に。
 まあ、それはひとまず横へおいておいたとしても、せっかくの大盛況ぶりに水をさしてはならないだろう。
 悔しいけれど、ここはぐっとこらえた方が賢明だろう。
「ちょっと、あんた聞いているの!?」
 そうして、萌歌がいろいろ考えていると、女子学生たちからすると、まるで無視をされているように映るらしく、またどんと萌歌の肩をおす。
「いた……っ」
 さすがに、後がないところでそのようなことをされると、腰のあたりにてすりががつんとあたって痛い。
 萌歌は思わず、小さくそうつぶやいてしまった。
「かわいこぶるんじゃないわよ! この牝狐(めぎつね)!」
 女子学生の一人が乱暴に萌歌の腕をひき、ぐいっと引き寄せようとする。
 さすがに、萌歌もこれはやばいだろうと思い、慌ててつかまれた腕をぶんとふりはらった。
 すると、勢いあまり、体が大きく後方へゆらいだ。
 その時、錆びて腐った金属が折れるような不気味な音が鳴り、背にしていたはずのてすりがそこから消えた。
 同時に、萌歌の体は、消えたてすりを追うように、ずるりとバルコニーの外へ放り出される。
 ふわりと、萌歌の体が宙を舞う。
 瞬間、萌歌に詰め寄ってい女子学生たちの悲鳴が、お化け屋敷でにぎわう――にぎわう?――第二講堂にとどろいた。
 しかも、運がいいのか悪いのか、その時ちょうど、飲み物を買いに行き戻ってきたところのようで、フィガロットがその場面を目撃してしまった。
「萌歌……!?」
 瞬時に、フィガロットの顔が真っ青になる。
 両手に持つカップのジュースを放り出し、走り出す。
 駆け寄るフィガロットに気づき、女子学生たちはふるふる震える体をかき抱き、じりじりと後退していく。
 その震えは、自分たちがしでかしてしまったことを瞬時に悟り、いかに大変なことか理解したものによるらしい。
 フィガロットが後退する女子学生たちを突き飛ばし萌歌に駆け寄るけれど、遅い。
 萌歌の体は、すでにバルコニーの外に放り出されている。
 そして、そのまま落下していくと思ったその時、どこから現れたのか、この暗がりに輝くように映える黄金の髪を持つ男が、萌歌の腕を辛うじてつかんでいた。
 ふいっと、男の顔が、駆け寄るフィガロットへ向けられる。
 瞬間、その場にぬいつけたれたかのように、フィガロットの足がぴたりと止まった。
「……ライヒ……!?」
 驚愕の色をあらわにし、フィガロットは叫ぶ。
 けれど、次にははっと我に返り、再び足を動かす。
 そして、萌歌の腕をにぎる男――ライヒをぐいっとおしのけ、その手から萌歌の腕を奪い取る。
 同時に、一気に萌歌をひきあげる。
 フィガロットの胸にぼすっと飛び込んだ萌歌は、力なく小刻みに震えている。
 ぐったりと、その胸に顔をあずける。
 さすがに、このような目にあってなお気丈でいられるほど、萌歌も気が強いわけではない。
 下から、何か悲鳴のようなものが聞こえて来るけれど、今のフィガロットの耳にはまったく入っていない。
 もちろん、萌歌も耳に入れる余裕などない。
「萌歌……」
 胸に抱く萌歌を、フィガロットはぎゅうっと包み込む。
 すると、その抱かれる胸のあたたかさに安心したように、萌歌はすうっと気を失っていった。
 そのような萌歌を確認して、フィガロットはふうっと大きく息をはきだした。
 それから、先ほどおしのけたライヒへ、ゆっくり視線を移していく。
「……ライヒ。何故、お前がここに……?」
 フィガロットは不審げに、ライヒに冷たい眼差しを向ける。
 おしのけられ、半分あきれるようにフィガロットを見ていたライヒが、ふと表情をひきしめた。
「ああ、実は――」


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:08/07/16