恋するマリオネット
(66)

「もう、仕方がないなー」
 胸の中、フィガロットの顔を見上げるように、萌歌はくいっと首をかしげてみせる。
 それをまねるように、フィガロットもまたくいっと首をかしげ、どこか得意げに微笑んでいる。
 次に出る萌歌の言葉を待ちわびるかのように。
 もたらされるその言葉を、重々承知しているかのように。
「まだ……結婚とかは考えられないけれど、とりあえず、フィガロットを受け入れることだけは容認してあげる」
 萌歌が意地悪げににっこり微笑んだ。
 驚いたようにわざとらしく目を見開き、フィガロットはくすくす笑い出す。
「ずいぶん不遜ですね」
「これでも、十分譲歩だと思うのだけれど?」
 すぐさま、萌歌がそう切り返した。
 すると、フィガロットはくすくす笑うことをやめ、何故だかにやりと微笑んだ。
 そして、ずいっと、萌歌の顔に自分の顔を近づける。
「ああ、そうだね。――必ず、僕なしではいられなくしてあげるから」
「な……っ!? フィガロットのばか!!」
 瞬間、萌歌の顔が真っ赤に染まっていた。
 それと同時に、愛しそうに萌歌を見つめるその顔が重なっていた。
 びくりと、萌歌の体が大きくゆれる。
 だけどすぐに、自らをゆだねるように、抱き寄せるフィガロットの背にその手がまわっていく。
 はじめは、触れる程度に。
 だけど、それは次第に深く長くなっていき、萌歌はその胸の中で思わずみじろぎをしてしまった。
 すると、それに気づいたフィガロットが、くすくすと楽しそうに笑いながら萌歌を解放していく。
 とりあえず、その触れる唇だけ。
「……ばかあ……」
 目にたっぷり涙をため、萌歌は非難するようにフィガロットをにらみつける。
 これ以上染まりようがないというほど、その顔を赤く染めて。
 フィガロットはただ、萌歌を愛しそうに見つめている。
「萌歌、愛しているよ」
 そうささやき、また唇を重ねていく。
 抗おうとしたけれどすぐに断念して、萌歌もまたその身をゆだねていく。
 まだ不安はあるけれど、フィガロットが守ると言ったから、だから萌歌も歩み寄ることにした。
 なんだかやっぱり流されているような気が萌歌はするけれど、だけどこのまま意地をはっていても同じだから。
 ならば、少しくらい素直になってもいいかもしれない。
 ゆっくりでも、わずかでも、状況が変わっていくのならば。
 萌歌が抱く思いは、こんなにも大きく変わってしまったのだから。
 何よりも、今はこの手をはなしたくない。
 ふわりと互いに触れるそこを放していき、ちょっぴりばつが悪そうに、恥ずかしそうに、くすりと肩をすくめ合う。
 まだそこに触れたりないと、互いに互いのそこに目を奪われた時だった。
 いきなり、医務室の扉ががらりと開かれた。
 瞬間、心臓が口から飛び出しそうになる。
 抱き合っていたその腕を勢いよくはなす。
 そして、そろーりと、扉の方へ視線を移していくと……。
「ラ、ライヒ!?」
「これはこれは、お邪魔でしたか?」
 そうにやにやと笑うライヒが、そこに立っていた。
「うるさい。それよりも、お前、一体何をしに来た!?」
 頬を染めてなみだ目で、フィガロットはぎろりとライヒをにらみつける。
 腕ははなしたもののライヒの死角になっているであろうそこで、さりげなく萌歌の腰を抱きながら。
 フィガロットはぐいっと上体をだし、その背に萌歌を隠し、ライヒから守ろうとしているようにすら見える。
「ひどいなー。せっかく朗報を持ってきてやったのに」
 フィガロットのそのさりげない行動に気づき、ライヒの頬がひくりとひきつる。
 歓迎はされないだろうとは承知していたけれど、まさかここまで嫌がられるとはライヒも思っていなかった。
 コツンと、わざとらしく音を鳴らせ、ライヒは一歩足を踏み出す。
「……何?」
 すうっと陰湿に微笑むライヒに、フィガロットの顔が瞬時に険しくなった。
 すると、一歩一歩近づいてくるライヒをおしのけるように、ランバートがやってきた。
 その拍子にライヒの体が少しゆらぎ、同時にランバートをぎろりとにらみつけていた。
 まるで憎しみにも似た、汚らわしいものでも見るかのようなその眼差しで。
 だけど、ランバートは気にするふうなく、ライヒをおしのけたそのままで、すたすたとフィガロットへ歩み寄る。
 そして、萌歌を守るように抱き寄せるフィガロットを、ずいっと見下ろす。
 ランバートには珍しく、どことなく青い顔をしている。
「フィガロットさま、少々まずいことになりました。すぐに帰国してください」
 ランバートは、ためらうことなく、さっくりとそう本題を告げる。
「は? ランバート?」
 さすがに、あまりにもあっさりと告げられたその聞き捨ててはならない内容に、フィガロットの顔があからさまにひきつる。
「帰ってください」
 ランバートは、戸惑うフィガロットの腕をつかみ、ぐいっと引き上げる。
 有無を言わせぬその態度、そして、いつになく真剣に見つめるその目に、フィガロットの眉が瞬時にゆがむ。
 そして、静かに答えた。
「……わかった」
 フィガロットは、ランバートの手からするりと腕を抜き取る。
 それから、もう少しだけ萌歌を抱き寄せる。
 すると、フィガロットの諾の答えを聞き、小さく胸を撫で下ろしたように見えたランバートは、今度は萌歌へ視線を向けた。
 それに気づき、萌歌はびくりと体を震わせ、たじろく。
 なんだかとっても嫌な予感がしてしまったから。
「萌歌さんもご一緒に」
 そして、萌歌のその嫌な予感は、次の瞬間には見事に当たってしまった。
「え? ちょ、ちょっと待ってよ。どうして、わたしまで……」
 萌歌はぎゅうっとフィガロットに抱きつき、断固として拒否の意志をあらわす。
 だけど、そのようなことはランバートには関係がない。
 ぎらりと、その目が不気味に輝く。
「力ずくでも」
 あっさりと、やはり不気味にそう告げながら。
 さあと、萌歌の顔から色が失せた。
「って、だから、どうしてまたそうなるのよー!!」
 萌歌はそう叫び、フィガロットの胸へ顔をぐいっとおしつけていく。
 なんだかとっても、萌歌は頭痛がしてきてならない。
 フィガロットは、気の毒そうに萌歌を包み込む。
 この悪徳神官には誰も逆らえないのだから諦めようと、そう言うかのように。
 フィガロットの胸の中で、恨み言をたっぷりこめ、萌歌はわんわん泣き声を上げる。


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update:08/08/08