恋するマリオネット
(67)

 ぶすっと頬をふくらませる萌歌の姿が、フィガロットたちが滞在しているホテルの部屋にある。
 カーテンがぴしゃりとしめられ、月明かりも街のネオンも入ることを阻んでいる。
 横に座るフィガロットの袖を、萌歌はそっとつまむ。
 ぴっとり寄せられた二人の体の間で。
 その萌歌のさりげない行動に、ランバートは目ざとく気づき、一瞬表情をやわらげた。
 だけど、またすぐにきっとひきしめる。
「ランバート、一体どういうことだ?」
 きゅっと袖をつまむ萌歌の手に、フィガロットは反対側の手をふわりと重ねる。
 すると、ぷうっと頬をふくらませるそこに隠すようにして浮かべられていた、萌歌の不安そうな表情がふとやわらいだ。
 それから、相変わらずすねた顔のまま、その体をもう少しだけフィガロットにぴとりと寄せた。
「昼頃、国から連絡がありまして……。あらぬ噂が流れているらしいのですよ」
「あらぬ噂?」 
 フィガロットは、袖をつまむ萌歌の手をそっとはなし、解放された手を萌歌の腰へまわしていく。
 そして、ぐいっと抱き寄せる。すぐ前に立つランバートを険しく見つめながら。
「はい、それが……」
 ランバートはどこかためらいがちに言葉をにごす。
「お前が儀式を穢したと言われているのだよ。運命の乙女は儀式で選ばれていないと」
 すると、ランバートのすぐ後ろのソファにどすっと座っていたライヒが、はき捨てるようにそう言った。
 瞬間、フィガロットもランバートも、そしてそこにともにいたジョルーの体もびくりとゆれ、明らかな動揺の色をみせる。
 萌歌もびくりとはしなかったものの、思わずフィガロットにぎゅっと抱きついてしまっていた。
 四人のそれぞれのその反応を見て、ライヒの口のはしが意地悪く上がる。
「ライヒ……? それで、お前は……」
「ああ、もちろん、おもしろそうだから見物に来た」
 ライヒはくいっと上体をおこし、にっこり微笑む。
 がっくり肩を落とし、フィガロットは懸命に気力を立て直す。
「だけど、どうしてそのような噂が……?」
 ランバートはにやっと楽しそうに笑みを浮かべ、ジョルーは頭痛でもしてきたのかこめかみ辺りをおさえている。
 萌歌にも言っていることが理解できるということは、恐らくライヒも例の薬を飲んでいるのだろう。
「さあ? そこまでは俺にもわからないよ」
 ライヒは面倒くさそうに、再びぼすんとソファに体を沈める。
 同時に、目の前に立つランバートをどかっと蹴りつけていた。
「……というか、一体いつまで、こんな奴をそばにおいておくつもりだ? 神経を疑うね」
 ライヒはじとりと汚らわしそうにランバートをにらみつけ、はき捨てるように言う。
 すると、妙に黒いオーラをおしみなく漂わせながら、ランバートは首をぐるーりとまわしライヒへ顔を向けた。
 どろどろした雰囲気をまといつつも、ランバートは清々しいまでの微笑みを浮かべる。
 ライヒただ一人へ向けて。
「おやおや。それはお言葉ですねー、ライヒ殿下」
 瞬間、ぴくりと、ライヒの額に青筋が浮かび上がる。
 ひくひくと頬をひきつらせながら、やはり汚らわしそうにランバートをにらみつける。
「お前にその呼び方をされると、なんかむしょうに腹が立つ」
「当たり前ではないですか。わざとなのですから」
 にっこりとしたランバートの笑顔の攻撃が、また惜しみなくライヒに注がれる。
 瞬間、その場に、目にとっても見える火花がばちばちと飛び散る。
 ライヒの右手が、今にも殴りかかりそうな勢いでぐっとにぎりしめられる。
 もちろん、殴りかかりたいその相手は、ライヒのすぐ目の前でにっこり微笑むこの悪徳神官。
「まあまあ、今はそれはおいておいて……。フィガロットさま、早速、明日の朝帰国できるように、ギリッシュに手配をさせております」
 にらみ合うランバートとライヒを無視して、ジョルーが二人とフィガロットの間にすべるように入ってきた。
 そして、さっくりとそう言ってのける。
 まるで、このような馬鹿どもは放っておきましょう、とでも言うかのように。
「っていうか、ちょっと待ってよ。それってやっぱり、わたしも行かなきゃだめなわけ?」
 ばちばちと火花を飛び散らせる野郎二人をバックに、妙に落ち着いた表情ですぐ目の前に立つジョルーを、萌歌はうんざり気味ににらみつける。
 そのようなことを聞くのは今さらのような気がとってもするけれど、だけどやはり、萌歌は素直に認めてなどやれない。
 無駄だとわかっていても、最後の最後までどうしても抗ってしまう。
 だって、それが萌歌だから。
 フィガロットを受け入れることを容認はしてあげたけれど、それとこれとは話が違う。
 またヴィーダガーベへ連れて行かれては、もともこもない。
 フィガロットを受け入れる勇気はできたけれど、ヴィーダガーベへ行く勇気は、萌歌にはまだできていない。
「当然です。あなたが運命の乙女でないなどという、とっても失礼な噂を訂正するためにも」
「……いや、でも、それ事実でしょ?」
 呆れたようにそうぽつりつぶやく萌歌の口が、真っ青になったフィガロットに慌ててふさがれた。
 ジョルーも同様に顔の色を失い、それまでの涼しい態度が嘘のようにそこで硬直している。
 しかも、今の今までくだらないにらみ合いをしていたランバートでさえ、その背に焦りの色が見える。それでも、どことなく余裕も感じるあたり、さすがランバートと言えよう。
 萌歌は、そのような三人を不思議そうに見ている。
 何故、急にこのようにかたまってしまったのか、わからないでいる。
 口を押さえるフィガロットの手に、萌歌はそっと両手をそえる。
 そして、次に、三人の視線はゆっくりとライヒへ注がれる。
「ああ、やっぱりねー」
 三人のどぎまぎした視線を蹴散らすそうに、ライヒはあっけらかんとそう言い放った。
「ラ、ライヒ……!?」
 びくりと大きく体をふるわせ、フィガロットが恐る恐るライヒを見る。
 すると、ライヒはにやりと微笑み、意地悪い眼差しをフィガロットへ向けた。
「そういう感じがしたのだよねー。だって、花嫁に逃げられちゃうし、フィガロット」
「な……っ!?」
 フィガロットの顔が、かっと真っ赤に染まった。
 それは、恥ずかしさからではなく、明らかに怒りのために。
 その目が瞬時につりあがったから、間違いないだろう。
 まったく、ライヒは何という暴言をはくのだろうか。
 逃げられたなどと……そのような暴言。――嘘。
 フィガロットの反応を見て、ライヒはまた楽しそうににやりと笑う。
 それから、どっさりと、ソファの背に両手を広げる。
 そして、興味なさそうに、頭もぽてんと背にのせる。
「でもまあ、いいのじゃいないの? 俺には関係ないし」
 ライヒはどうでもよさそうにそう言い切ると、またくいっと顔を上げた。
 にたにたした笑みを浮かべ、萌歌をじろじろ見つめる。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:08/08/14