恋するマリオネット
(68)

「ふーん。でもそうか。君、フィガロットの運命の乙女じゃないのかー」
 ライヒのいやらしい視線から守るように、フィガロットは萌歌を抱きしめる。
 そして、ぎんと厳しいにらみをライヒへ向ける。
「ライヒ、萌歌に何かしてみろ。ただではおかないぞ」
 いつになく険しいフィガロットの形相に、ライヒは真丸く目を見開く。
 それから、くすくす楽しそうに笑いながらすっと立ち上がる。
 そうして、ランバートとジョルーをさらりとすり抜けて、フィガロットのもとまでやってきた。
「ああ、はいはい。わかっているよ、王子様。だから、そうにらみつけないでね?」
 ライヒはおどけるようにそう言って、フィガロットのおでこをつんつんつつく。
 瞬間、フィガロットの体から、だあと力が抜けていく。
「お前なあ……」 
 フィガロットはがっくり肩を落とし、責めるようにつぶやく。
 すると、ライヒの顔がにっこりと楽しそうに笑みを浮かべた。
「あの時のフィガロットはおもしろかったよ? あのフィガロットがあそこまで取り乱した様なんて、国じゃあ絶対にお目にかかれない」
 ライヒはそう言って、くすくす笑い出す。
「お前、この上なく楽しんでいるだろう」
 恨めしそうに、フィガロットの視線がライヒへじとりと向けられる。
 ライヒはやっぱりにっこり微笑み、きっぱり言い切る。どこか得意げに。
「もちろん」
 瞬間、悔しそうに、フィガロットは奥歯をかみしめる。
 ぎらんと、今にも射殺してしまわんばかりにするどい眼差しをライヒへ投げつける。
「でもまあ、よかったよ。お前にも感情というものがあるとわかって」
 ライヒは、にらみつけるフィガロットの頭を、今度はわしゃわしゃとなでる。
 ふうっと優しい笑みを浮かべて。
「……え?」
 その不可思議なライヒの行動に、フィガロットは一瞬豆鉄砲を食った。
 それはあまりにも意外な言動だったから。
 意外というか、意味がいまいちよくわからない。
 一体、ライヒは何を言いたいのか……。
「だからこそ、許せないのだよなー。儀式が終わった≠フに、いまだにこんなくされ外道を側においておくなんて」
 不思議そうに見つめるフィガロットをさらっと無視して、ライヒはぐるんと振り返り、すぐ後ろにいるランバートをにらみつける。
 その目にこめられた光は、変わらず汚らわしいものを見るよう。
 ライヒの視線にランバートももちろん気づき、にっこりとざわとらしく微笑む。
「ライヒ殿下は、本当にフィガロットさまがお好きですね?」
「いや、たんにお前がこの上なく嫌いなだけ」
 間髪をいれずライヒもにっこり微笑み、さわやかに言い切る。
 それからまた、清々しいまでのにっこり火花ばちばちの争いが開戦された。
 そのような二人をぐいっとおしのけて、ジョルーがフィガロットの前に立つ。
「それはそうと、明日は早いですから、みなさん、ちゃちゃと寝てください」
 ジョルーは無表情にさっくり言い放つ。
 そして、ぱんと、一つ手を打った。
 しかし、不毛な争いを続ける馬鹿野郎二人の耳にはさっぱり入っていない。
 呆れたようにふうとため息をもらし、フィガロットがすっと立ち上がる。
 それから、当たり前のように萌歌の腕をひく。
「え? え? フィ、フィガロット!?」
 腕をひかれつつソファから立ち上がりながら、萌歌はあたふたと慌てる。
 不安そうにフィガロットをじっと見つめる。
 すると、フィガロットはくいっと首をかしげ、にっこり微笑む。
「萌歌も一緒に、ヴィーダガーベへ帰るからね」
「ああ、もうっ。それはもうあきらめてあげるけれど、だからって、この手は何!?」
 萌歌は腕を握るフィガロットの手をべちんとたたきながら、ぎっとにらみつける。
 その頬がほのかに染まっていることは、この際無視をして。
 本当に、この握る手は一体何でしょう?
 そして、フィガロットの足が向けられているその先にある扉は……。
「……え? だって、寝なきゃいけないでしょう? だから、一緒に寝室へ行こうと……」
「いや、だから、そうじゃなくて。寝るなら、わたしは家へ帰って……」
 つかむ手をぐいぐいひきはなしながら、萌歌は真剣みを帯びた眼差しをフィガロットへ向ける。
 真剣みを帯びたというよりは、不安にその目がゆらゆらゆれていると言った方が正しいかもしれない。
 にぎるフィガロットの手をはなそうとする萌歌の手が、小刻みに震えているような気もする。
 だって、だって……今、フィガロットがさらっと告げたそれって、つまりは――。
 とんでもなさすぎるっ!
「ああ、それはご両親には連絡済みですのでご心配なく。明日は小紅さんも来てくれますよ」
 争うライヒをさらっと放置し、ランバートがにっこり微笑みそう割って入る。
 背にぎゃあぎゃあとランバートをののしる言葉を吐き続けるライヒを従えて。
「この極悪神官ー! わたしを売り渡す気か!」
 フィガロットの手をぎゅっとにぎりしめ、萌歌はそう絶叫していた。
「ふふ。今さらです」
 ランバートがとっても楽しそうにきっぱり言い切った瞬間、萌歌の全身から血の気がさあっとひいていた。
 がっくりと、力なくその肩が落ちる。
 するりと、フィガロットの手を握っていた手が放されていく。
 同時に、ふわりと、フィガロットの胸の中に萌歌は抱き寄せられてもいた。
 それにはっと気づき、びくんと萌歌の体がはねる。
「フィ、フィガロット、な、何もしないわよね?」
 そして、すがるようにフィガロットを見つめる。
 顔を真っ赤にして、その目がおろおろとフィガロットを見つめている。
 とても不安そうに、目をうるませている。
 そのような萌歌を見て、フィガロットはふうっと切なそうに顔をゆがめ、だけど次にはきょとんと首をかしげ、にっこり微笑んでいた。
「ごめんね。自信はないよ」
 などと、そのような爆弾を投下しつつ。
 同時に、萌歌の中で何かが終わった。
 さらさらさらーと、灰のように、萌歌の体が風にさらわれていく……ような気がした。
 すべてが風化してなくなった瞬間かもしれない。
 萌歌はもう抗う気力さえなくなり、フィガロットになされるがまま、目の前に見える恐ろしい部屋へと続くその扉へ連れて行かれる。
 その扉のノブに、ふわりとフィガロットの手がかけられた時だった。
「萌歌、本当にごめんね。萌歌を手に入れてしまったら、僕、もう自分がとめられないんだ」
 萌歌の耳元で、妙にあまくそうささやかれた。
 ぼんと、また萌歌の顔が――全身が真っ赤に染まる。
 それと同時に、がちゃりと音が小さくなり扉が開けられ、萌歌はその中へ連れ去れてしまった。


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update:08/08/20