恋するマリオネット
(70)

「まあ、萌歌は気にしなくていいよ。ただ、ちょっと利用させてもらうかもしれないけれど」
「り、利用って……!?」
 抱き寄せる萌歌の頬をふわりと包み、フィガロットは妙に優しくそう語りかける。
 すると、瞬間、萌歌の顔がいびつにゆがんだ。
 萌歌が今言われたそれは、とってもひっかかるものがあるから。
 利用させてもらうとは、一体……?
 おしげもなく、萌歌の不審げな眼差しがフィガロットへそそがれる。
「大丈夫。悪いようにはしない。重臣たちを騙すのにね、ちょっと……」
 フィガロットはにっこり微笑み、そこで言葉を切った。
 その含みのある言い方に、萌歌は大きく息をはきだす。
 間違いなく、フィガロットはろくでもないことを考えているのだろう。
 そして、それに反対しても無駄だろう。
 そう、萌歌は瞬時に確信してしまった。
 これまでも、散々なことを、ここにいる王子や神官たちはしてきたのだから、今さら多少人の道からはずれた悪道くらいで、萌歌も慌てたりはしない。
 下手にとめたりなど、もっとしない。
 そんなことをすると、さらに窮地へ追い込まれるから。
「まあ、別にいいけれど。でも、わたし、危険なことはしないわよ」
 だけど、そこだけは、釘を打っておく。
 ここで許して無条件で協力をするとでも言ったが最後、なんだかいろいろと終わりそうな気がする。
 まあ、このように、フィガロットに心を許してしまった時点で、いろいろと終わっているのだろうけれど。
 再びヴィーダガーベへと連れてこられているのが、いい例。
「うーわー。フィガロットさま、これでは先が思いやられますね? 普通、こういう場合は、どんな危険なことでも協力するわ、とか言うのでしょうけれどねー。伴侶ならば」
 ずいっと上体をつきだして、ランバートはにやりと笑い、意地悪くそのようなことを言う。
「ランバート! からかうな!」
「まだ伴侶じゃないわよ!」
 すると、同時に、フィガロットと萌歌の非難の声があがる。
 二人、ちぐはぐなその非難の声。
「……ほほう。まだ≠ナすね」
 そのうちの萌歌の方を採用したらしく、ランバートはそちらに言葉を返す。
 にっこりと、妙に清々しく微笑んで。
 瞬間、悔しそうに、萌歌のこぶしがにぎりしめられる。
「く……っ。揚げ足をとらないでよ」
 この神官は、たちが悪すぎる。
 そして、どうしたって、萌歌をフィガロットからはなそうとはしてくれないらしい。
 それにしても、そんなところでいちいち揚げ足をとるなんて、本当にたちが悪い。
 だってそれは、あくまでまだ≠ネだけで、これから≠ヘわからないということだから。
 ううん、そうじゃなくて、まだ≠ネだけで、近々≠ニいうことかもしれない。
「おい、悪徳神官。それくらいにしておけ。というか、お前、消えろ。お前がいると話がまともに進まない」
 萌歌をからかいはじめ、話を脱線させつつあるランバートの背をどんと一蹴りして、ライヒは汚らわしそうにはき捨てる。
 すると、蹴られた拍子によろりと少しよろけたその上体をぐるーりとまわし、ランバートは不気味なくらい清々しい微笑みをライヒへ向ける。
「ライヒ、あなたはいつも……。兄に対してその言い草は何かな?」
「けっ。誰が兄なんて認めたよ、このくされ神官!」
 すぐさま、この上なく顔をゆがめて、ライヒが応戦する。
 妙にぴりぴりした空気が、ライヒのまわりにまとわりつく。
 一方、ランバートのまわりには、ひょうひょうとした空気が漂っている。
 ランバートは、楽しげにライヒを見ている。
「ええー!? 二人って兄弟だったの!?」
 楽しい兄弟のふれあいをしているところへ、そのようなすっとんきょうな言葉が投げかけられた。
 見れば、フィガロットの腕の中、目を見開き、あんぐりと口をあけている萌歌がいる。
 なんとまあ、間抜けなその姿だろう。
 だけど同時に、ランバートの中に愛しさのようなものがこみあげてくる。
 どうやら、ランバートの想像以上に気が強いだけでなく、想像以上に無邪気――子供っぽい部分を、萌歌は持っているのかもしれない。
「おや? 言っていませんでしたか?」
 だからこそ、からかうととっても楽しい。
「聞いていない、聞いていない」
 にっこり笑い嫌味っぽくランバートがそう言うと、萌歌は妙に真剣にぶんぶん首を大きく横にふった。
 どうやら、通じると思っていたその嫌味は、今回ばかりは萌歌に通じなかったらしい。
 このような素直な反応をされると、ランバートもこれ以上萌歌をからかえなくなってしまう。
「いい加減にしろよ! どうしてそう、いつもへらへらしているんだよ。お前もこの国の犠牲になっているのに! むりやり神官なんてものにされて、生涯伴侶を得ることも禁じられたのに……!」
 座っていたソファからがばっと立ち上がり、ライヒはランバートの胸倉をつかむ。
 目は憎らしそうに細められているけれど、その奥には果てのない悲しみのようなものもうかがえる。
 きっと、ライヒの中でのランバートに対する思いは複雑なのだろう。
 ライヒ自身も理解できないほど、いろいろな思いがないまぜになって。
 ランバートを思っているからこそ。
 ふっと、ランバートの顔がほころぶ。
 それから、にっこりと楽しげに微笑む。
「ああ、それならば平気ですよ。欲求不満にならない程度に遊びはしていますから」
 そして、ランバートはそのようなとんでもないことを、さらっと事もなげに言い切る。
 瞬間、ライヒの頭がぼんと噴火した。
「よ、欲求って……っ!」
 かあと顔を真っ赤にして、憎らしげにランバートをにらみつける。
 せっかくライヒが心配――悔しいけれど――してやっているのに、ランバートときたらそれをひやかしたりするから。そのようなふざけた言葉で。
 それが、ライヒは腹立たしくて仕方がない。
「おやおやー? ライヒ、かわいいですねえ。これくらいで照れちゃって」
 しかも、そのように、つんつんと頬をつつきながら楽しそうにライヒをからかう。
「照れてなどいない! このくされ外道がー!」
 瞬間、ぼぐっと、ランバートのみぞおちにライヒの拳がしずめられていた。
 あまりもの怒りのために。
 だけど、拳をくらったというのに、何故だかこの人外魔境の男はひょうひょうとしている。
 ライヒはこんなに思ってやっているのに、この兄ときたらいつもこんなふざけた言葉ではぐらかす。
 ライヒの憤りは増すばかり。
 だから、くされ外道だというのだ。
 ぜいはあと荒い息をして憤るライヒに、ランバートはふと小さな笑みを浮かべる。
「……大丈夫ですよ。わたしには、あなたのように思ってくれる弟がいますから。それに、わたしよりももっとお辛いのは、フィガロットさまの方……」
 ランバートはそう言い終わると、萌歌を抱くフィガロットへすっと視線を移す。
 その目が、悲しげにフィガロットを見ている。
「兄貴……」
 ライヒはきゅっと唇をかみしめた。
 こみ上げてくる思いを、必死におしこめるように。
 結局、このくさりきった兄は、ライヒの思いをわかっていて、あえてそのようにふざけてはぐらかすのだろう。
 本当は辛いはずなのに、そのように何でもないふりをしてみせる。
 ランバートを思う人を思って、平気なふりをする。それすらも楽しんでいるふりをする。
 それがわかってしまうから、ライヒはこんなにも憤ってしまう。胸が苦しくなる。
 どうしてそう、悲しいまでに強がってみせるのだろう?
 この兄にも人並みの幸せを与えて欲しいと、ライヒはそう願ってしまう。
 この国の王もそうだけれど、兄もまた、同じくらいの苦しみを与えられているから。


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update:08/09/01