恋するマリオネット
(71)

 ぽかぽかとあたたかい陽光が差し込む回廊。
 この回廊は、再生の神・ヴィーデにつかえた代々の王をまつる霊廟へとつづいている。
 そして、その向こう、城の最奥部には、この国の唯一神・ヴィーデをまつる神殿がある。
 どこからともなく舞ってきた七色蝶が、萌歌のまわりを楽しそうに歌い舞う。
 この光景は、三ヶ月前にも萌歌は目にしたことがある。
 たしかその時、ギリッシュが、この蝶に気に入られると幸せになれると言っていた。
 それが本当なら、萌歌は幸せになれるはずなのに、今おかれている状況はとても幸せとはいえない。
 その後、ちらっと耳にしたことによると、この国の王妃は、代々その蝶に気に入られていたという。
 ならば、姿を見つけるたびにやってくるこの蝶たちの行動から、萌歌だって気に入られていると思ってもいいだろう。
 気に入られているならば、萌歌もまた、代々の王妃の一人となる資格があると思っても……。
 そのような訳がない。
 だって、萌歌は儀式で選ばれていないのだから。
 ならば、何故、蝶たちは萌歌のもとへやってくるのだろう?
 そう首をかしげた時だった。
 胸にすっと冷たいものが通りすぎた時だった。
 この地へはじめて民たちを連れてきた王のブロンズ像の向こう側から、きらりと金色に光る輝きが萌歌の目にとびこんできた。
 このてりつける太陽よりももっとまぶしい、その光。
 すっと視線をそらすと、この国の言葉が聞こえて来る。
「フィガロットさま……! お戻りだったのですね!」
「ちょうどようございました。王子にお聞きしたいことがございます」
 萌歌が理解できない、この国の言葉……。
 ということは、すなわち、萌歌の近くにいる人ではないということだろう。
 萌歌の近くにいてくれる人たちは、みんな言葉が理解できる。同じ薬を飲んでいるから。
 そう思い、ブロンズ像の向こう側の人たちに気づかれないようにさっさと退散しようと、萌歌が一歩後退した時だった。
 今度は、萌歌の理解できるこの国の言葉が耳に入ってきた。
「ええ、わかっています。あの根も葉もない噂のことでしょう?」
「根も葉もない?」
 その耳に心地いい声に、萌歌はふと足をとめる。
 さっきの目がくらむような金色の光は、フィガロットの髪が陽光に反射したものだったらしい。
 萌歌は目を細め、まぶしいはずなのに、その光をじっと見つめてしまう。
 とくんと、胸がさえずる。
 ブロンズ像の陰から、フィガロットと、そして数人の重臣らしい姿が現れた。
 慌てて、萌歌はすぐそこの柱の陰に隠れる。
 いくらフィガロットがいるといっても、重臣たちに見つかるのはあまり得策ではない。
 ならば、大人しく、与えられた部屋に閉じこもっておけばいいだろうということになるかもしれないけれど、それはなんだか負けたような気がして、悔しくてできない。
 フィガロットやランバートたちにはあのように言ったけれど、本当は、萌歌にできることなら、多少の危険をおかしてでも協力したいと思っている。
 だって、これは、フィガロットたちだけの問題ではないから。
 萌歌がフィガロットと一緒にいるための戦いとも思えるから。
 少し前までの萌歌なら、喜んでこのどたばたにまぎれてフィガロットから逃げていたはずなのに……。そのはずなのに、今は、自らその戦いの渦中へ身を投じようとしている。
 本当だけれど知られてはいけないあの嘘を真にするために。
 儀式で選ばれたわけではないけれど、抱く思いは偽物ではない。本物――。
 そう思えるようになったから。フィガロットと一緒にいたいから。
 だから、萌歌が堂々と、この城の中を歩きまわっていれば、嘘から出た真になるかもしれない。
 でも、やっぱり、直接対決をする勇気はまだなくて、このような中途半端なことになってしまっている。
 そのような自分が、萌歌はもどかしい。
「そうですよ、根も葉もありません。どうしてわたしが、そのようなことをしなければならないのです? 次期王となる身だと重々自覚していますよ。ランバートに聞いてください、彼がその力によって召喚しましたので」
 ブロンズ像から姿が現れたと同時に、フィガロットはそこでぴたりと足をとめ、後についてきていた重臣たちへ振り返った。
 どこか威圧すら感じる、さわやかににっこりと微笑み。
 そのフィガロットの様子に、重臣たちはたじろいだような様子を見せる。
「しかし……」
「では、召喚せずに、どのようにして、あのような遠くはなれた異国の女性を選べると?」
 たたみかけるように、フィガロットはそう続ける。
 ここでひいては、ひるんでは、嘘を見破られる可能性もないとは限らないので、強引に押し通すつもりらしい。
 さすがに、清々しいまでに自信たっぷりに告げられては、それが本当なのだろうかとひるんでしまうだろう。
 そして、それを繰り返していれば、人間とは不思議なもので、いつの間にかそれが真実にすりかえられてしまう。
 きっと、てはじめに、フィガロットはそれを試してみるつもりなのだろう。
 できるならば、穏便に事をすすめたいだろうから。
 事を荒げたくないならば、はじめからこのような不正をしなければいいのに……。
 そう思うけれど、そのようなことまでしてでもゆずれないものなのかもしれない。フィガロットにとっては。
 ……ううん、ゆずれないものだと萌歌は信じている。
 そうだと思えたから、だから、萌歌はこうしてフィガロットについてきている。
 萌歌がフィガロットのゆずれないものだと、そう信じて……。
「そ、それは……」
 どんどん迫っていくフィガロットに、重臣たちはさらにたじろぐ。
 たしかに、召喚の儀式なくして、遠くはなれた日本の女性と出会う機会など普通はないだろう。
 しかも、フィガロットは王子という不自由な身なのだから、なおさら日本の一般人と出会う機会など皆無に等しい。
「そのようなこと、簡単ではありませんの? フィガロット王子」
 優位に立っていると確信し、少しの余裕がうかがえるフィガロットに、そのような声がかかった。
 声のする方へ視線を移すと、そこには一人の令嬢が立っていた。
 回廊の白い柱に手を触れて、そこからすっと姿を現す。


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update:08/09/08