恋するマリオネット
(73)

 窓辺で、眼下に広がるこの城の庭園をながめている。
 月光にてらされた姿は、昼間のそれとはまた違った味わいをかもしだしている。
 月の雫をあびたその花々は、妙に妖艶に咲き誇る。
 まるで、夜空に舞う蝶を見ているようにすら感じる、その艶ある庭園。
 不気味なほどに――。
 さわさわ吹き込んでくる夜風が、萌歌の長い黒髪をゆらしていく。
 そこへ、ふわりと、夜の匂いとは違う香りが、萌歌の鼻をかすめた。
 ふと香りが香ってくる方へ顔をむけると、いつの間にやってきたのだろう、フィガロットが立っていた。
 すうっと、萌歌の顔に笑みが浮かぶ。
「どうしたの? フィガロット。元気がないじゃない」
 そして、すっと立ち上がり、フィガロットへ歩み寄る。
 すると、瞬間、ふわりとその腕の中に萌歌は包まれていた。
「萌歌……。この状況で、元気を出せると思う?」
「んー、思わない。でも、考えたってどうにもならないことじゃない」
 がっくり肩を落とし、ちょっぴり非難するように見つめるフィガロットに、萌歌はちょっとだけおどけてみせる。
 そして、くりっと、その胸に頭をおしつける。
 なんだか、そうしたくなってしまったから。
 フィガロットの腕に包まれた時、そのぬくもりで、萌歌のざわついていた胸がすっと凪いだような気がした。
 ……ううん。実際に、今は時化ていない。
「どうにもならないことを、どうにかしなければならないのだろう」
 つんと萌歌のおでこを人差し指でおし、フィガロットはやっぱりちょっぴり非難がましく萌歌を見つめる。
 その目は、非難をしているはずなのに、妙に優しくて穏やかな光を宿している。
 フィガロットは包む腕をすっと解き、萌歌の肩へ移していく。
 そして、ゆっくり歩き出す。前方のベッドへ向けて。
 瞬間、萌歌の体がびくんとふるえた。
 それに気づき、フィガロットはくすりと小さく笑い体をゆらす。
 もちろん、次の瞬間には萌歌の目がすわっていた。
 だって、仕方がないじゃない。
 今向かっている先にあるベッドが、その存在を妙に主張しているように萌歌は感じてしまったのだから。
「そうだったっけ?」
 ご機嫌をほんの少しななめにした萌歌は、いじわるで返す。
 だけど、それに応戦などせず、フィガロットは困ったように微笑んだ。
「もう、萌歌は……」
 同時に、萌歌のちょっぴりとげとげしていた胸が、ベルベットのようになめらかになってしまった。
 なんだか、萌歌はそれが悔しい。
 だけど、胸がぽかぽかもする。
 とても、おかしな気分。
「……昼間のこと、見ていたわよ。でも、フィガロットには策があるのでしょう?」
 ベッドに座るように促されつつ、萌歌はじっとフィガロットを見つめる。
 すると、フィガロットの顔が少しくもったように見えた。
「え?」
「信じているわよ」
 萌歌はふうとひとつため息をもらし、諦めたように、だけどきっぱり告げると、フィガロットの顔が今度はくしゃりとくずれた。
 どこか切なそうに、だけどとても嬉しそうに、おかしな微笑みを浮かべる。
「あはは。萌歌にはかなわないな」
 そして、そう言いつつ、萌歌の横にぽすんと腰をおろす。
 肩と肩が触れ合い、瞬間、萌歌はフィガロットに抱き寄せられた。
 同時に、萌歌の手も、フィガロットを求めてその胸へのびていたことは、この際気づかなかったことにする。
 その胸の中があたたかくて優しいことを、萌歌は知ってしまっている。だから、ついつい、無意識に求めてしまう。
 認めたくなんてないけれど、だけど、それが今の萌歌の本当。
「……ねえ、この国のことは、ランバートから聞いてちょっとは知っているつもりだけれど……。どうして、そんなに儀式にこだわるの? わたし、わからない」
 こてんと肩に頭をもたれかけ、萌歌は上目遣いにフィガロットを見る。
 すると、少し困ったような、だけど愛しそうに萌歌を見つめるフィガロットの目が向けられた。
「萌歌は気にしなくていいよ。萌歌が信じてくれるなら、俺は頑張れるから」
 そして、ふわりと、フィガロットはその胸の中へ萌歌を引き寄せる。
 きゅんと、萌歌の胸が鳴いた。
 この頃、フィガロットに触れるたび、触れられるたび、萌歌の胸はおかしな動きをみせる。不思議に鳴く。
 だけど、その奇妙な変化は、萌歌の胸を同時にわくわくさせてしまう。ぽっとあたためる。
 だから、きっと、この変化は悪いことではないのだろう。
「フィガロット……?」
「たとえどのようなことをしようとも……。それに、いざとなれば……。王族は俺一人ではないからね?」
 くいっと首をかしげる萌歌に、フィガロットはそのようなことを告げる。妙に鋭い光をこめたその目で見つめながら。
 萌歌の顔が怪訝にゆがむ。
 だって、フィガロットが告げたその言葉の意味が、萌歌にはいまいちよくわからないから……。
 いや、そうではなくて、わからないようにしているから。
 それは、すなわち――。
「それはそうと……」
 まっすぐに見つめる萌歌からすっと目をそらし、フィガロットはもじっと体をよじる。
「……ん?」
 その様子に、萌歌の眼差しからも、訝しげな光がすっと消えた。
 同時に、ぞくりと身震いが起こった。
 やっぱり、萌歌はわかってしまったから。わかってしまったような気がしたから。体が。本能的に。
 この後に続くであろう、フィガロットのその言葉が。
「ごめん、萌歌。この状況は、ちょっと……我慢できない」
「はあ!?」
 脈絡ないフィガロットの発言に、萌歌がすっとんきょうな声を上げると同時に、ぐいっと抱き寄せられていた。
 それに驚く間もなく、フィガロットの唇が萌歌のそこにちょっぴり強引におしつけられていた。
 同時に、ぼすんと、ベッドへ倒される。
 おしつけられたそれがはなれたかと思うと、また次の瞬間触れていた。
 だけど今度は、優しくいたわるように。
 ゆっくりと、また唇がはなされていく。
「ちょ、ちょっと、フィガロットー!?」
 突然の出来事に目を白黒させ、萌歌はフィガロットを非難する。
 ぐいぐいと、その胸を押し返す。
 だって、この状況は危険すぎる。
 よりにもよって、ベッドに押し倒されてしまっているなんて……っ。
 フィガロットを受け入れると覚悟は決めたけれど、だけど、そこまではまだ勇気がない。覚悟なんて決められない。
「操り人形なんて、もう嫌だ!」
 おろおろする萌歌に、苦しそうなフィガロットのその言葉が降ってきた。
 瞬間、ぐいぐい押し返していた萌歌の手が、ぴたりととまる。
「フィ、フィガロット……?」
 やっぱりおろおろとフィガロットを見つめる萌歌の顔が、何かを悟ったようにふとおだやかになる。
 困ったような微笑みを浮かべ、その背へ手をやりぽんぽんとなでてやる。
 すると、フィガロットはばつが悪そうに、だけどすがるように萌歌を見つめて、もう一度求めるように唇をかさねていく。
 萌歌も、気づけば、その求めに応じるようにフィガロットの背に両腕をまわしていた。
 ぎゅっと、抱きしめる。
 この腕をふりほどくことなんて、体をおしのけることなんて、萌歌にはできない。
 だって、今、どうしようもなくこの人が愛しいと感じてしまっているから。
 できるならば、この人が抱く苦しみを、少しでもやわらげられればいいのに……。
 萌歌の目も、また苦しげにぎゅっとつむられる。


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update:08/09/19